偽りの蜂窩の町に住む人々は、目の前に立つ死神をじっと見つめていた。
悪の塊だと思っていたそれの姿は酷く輝いて見える。
曇り空の、下だというのに。


闇にいるのは彼女か。
それとも自分達か。

分かることのない疑問を繰り返す。


それでもこの感情から逃れるために取った手段を行うしかない。
これのために、何もかもを捨ててきたのだ。

家族、友人、故郷、仕事、お金。


何もかもを

捨てて








「死ぬ覚悟…か。そんなん、とっくに出来てるんだよ…」



それは誰の言葉だったのか、もしかしたら自分の言葉かもしれない。
町のどこからかの声に、誰もが頷いた。

この感情に囚われたときから、縛られてから。
全ての覚悟を胸に秘めていた。
最低で最悪の結末すらも覚悟して。



「それでもいいんだよ…それから解放されんならさ…」



苦しいんだ。
悲しいんだ。
憎いんだ。
辛いんだ。

大切で大好きだったあの人は、どこを捜してもいない。
もう会えない、見えない、感じない、聞こえない。


この感情が渦を巻いて自分を取り巻いている。
決して千切れることのない鎖となって自分を縛る。
真っ暗な闇の中、鉄格子から見える輝かしい空だけが希望。
そこへと行くには、この鎖と鉄格子から抜け出さなくてはいけない。


もうここにはいたくない。
禁忌とされる手を使ってでも、あの空へ。



一時だけでも

光の中へと戻りたい







「俺達には、これしかねぇんだ!!!」



武器を取って、復讐の形でしか、この闇から抜け出せない。
他の方法なんて、思いつかない。

開き直ることが出来たらいい。
しかし、そう簡単に出来ることなら苦労しない。
他にも手段として闇から簡単に逃れられるなら、こんな面倒なことなんてしない。


背負うなんて、出来ない。



「一瞬でもいい!!俺達はお前を殺して光へと戻るんだ!!!!」



これが『逃げ』でもいい。
自己満足でもいい。
この暗闇の辛さから一瞬でも解放されるなら。

罪を背負っても構わない。
その後に、どん底に落ちたって構いやしない。

どんなに深い地獄があっても。

別にいいんだ。




「俺達はお前を殺すために生きてきたんだ!!!!それだけが生きがいだった!!!!」


「ここで逃げ出したら、また辛い日々に戻るだけなのよ!!!!」



後戻りは出来ない。
この道を選択してしまったときから。

自分達の光は、そこにしか存在しない。






様々な武器が曇り空の下、現れる。
の持つ大鎌のように、鈍く光る凶器と狂気。

お互いに罪を被る覚悟は出来ている。
誰かが一歩踏み出せば、それが合図となるだろう。
視線と視線が、入り混じる。



「…そか……生きて、欲しかったよ」



は小さく、悲しそうに笑った。
本当は、こんなことにならない方が良かった。
彼らが復讐を諦めてくれれば、一番良かった。

けれど、もう無理なのだ。
が生き抜く限り、もう彼らはあの感情から逃れられない。
恐らく、に関わった者すらも殺してしまう。
義弟や祖母、三蔵一行すらも。


終止符を打つには、これしかない。

これしか、ないのだ。





「『死神』、お前を殺す」



青明の弟が、はっきりとそう口にする。
彼にとってはのあの告白など、嘘だということにしたに違いない。
その方が、精神は揺るがないで済む。

誰かがジャリッと足を進める音を響かせた。
瞬間に曇り空が暗さを増す。


それが合図となった。







「死ねェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッッッッ!!!!!!!!!!!!!」






町の人々が一斉に声をあげた。
大きなそれは地と天をも揺るがし、雷が落ちるかのように轟いて聞こえる。
まるで憎しみの津波のように彼らは押し寄せる。


は動かない。
津波が来るのを待っている。
足音が地響きとなって、地震のように地面を揺らしても。


立ったまま。

波を待っている。





「…ごめん、なさい」



届かない謝罪の言葉を述べて、大鎌を前へと出した。
いつでも誰かを斬れるように構えて。

距離が少しずつ縮まっていく。
先程あった距離の半分を切ったところで、は地面を蹴った。
波に呑み込まれる小石のように、吸い込まれるように。

波の中へと






「うらあああああぁぁぁぁぁァァァァァァァッッッッ!!!!!!!」





轟く声に適わない、声。
しかしそれは小さくとも空に響く。








波と小石が出会う瞬間。
響いたのは何の声で、何の音だったのか。




誰かの悲鳴だろうか。

狂った笑い声だろうか。

怒り狂う怒声だっただろうか。

誰かを悼む泣き声だっただろうか。



武器と武器がかち合う金属音だろうか。

武器と身体が織り成す、不気味な音だろうか。

誰かが倒れた音だっただろうか。

それを踏む音だっただろうか。






混沌の中、見えるのは黒く染まった曇り空。

それを遮るように飛び散る、鮮やかな紅の色。

染まっていく人々の身体。





感じるのは一時の温もり。

永遠の冷たさ。






鼻をつくのは、錆びた鉄の香り。

内臓の気持ち悪い匂い。






その中を、誰もが武器を振るった。
お互いがお互いのために。

闇を抜け出そうとする人達と、闇を背負おうとする死神とが。














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