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誰かが自分の鎌によって、倒れる姿が見えた。 物が落ちるかのように響く音。 そこでようやく、視界が開けた。 紅に染まった世界が見えた。 「…はっ……ハァッ……ハァッ………」 紫苑の瞳には、紅が映っていた。 まるで地面を埋め尽くすかのように倒れている人々。 それが紅に染まって冷たくなっていく。 「……ハッ………ハァッ……………」 息切れが酷い。 あの日のような錯覚すら起きそうになる。 頭が酷く深く痛んだ。 自分の持つ鎌や、自分は紅の液体を被って冷たくなっていく。 それが酷く悲しみを増長させる。 死んでいった人達の顔を見る度に、本当の蜂窩の町の人達の、魂の解放を思い出す。 八百屋のおじさんの魂に刻まれていた、弟の思い出。 牧場のおじいちゃんの魂に刻まれていた息子、娘の思い出。 糸を紡ぐおばあちゃんの魂に刻まれていた従姉妹の思い出。 商店街のおばさんの魂に刻まれていた妹の思い出。 公園で遊んでいた子供達の魂に刻まれていた両親、叔父叔母の思い出。 全員、見知った顔だった。 全員、知っている人達だった。 彼らがどんなに大切で、想っていたかなんて測り知れない。 だからこそ、無情さがまた増した。 それでもまだ止まらぬ波。 次から次へと、恐れずに飛び込んでくる人々。 息の根が止まるまで、止みはしない。 「死ねェェェ!!」 「殺してくれるわ!!」 狂気の中、も揺るがずに鎌を振るう。 生き抜くために。 己のために。 向かってくる全ての人々に、死を。 己に、罪を。 「うらああぁあああ!!!」 どしゃり、と最後の一人が倒れる。 波はもうどこにもない。 ただ、地は紅に染まった屍だけが転がっている。 まるで地獄絵図。 まるで、過去のあの日のよう。 「は……ハァッ……ハァッ……」 もう立つのも限界。 己の鎌を振り下ろし、地面へとめり込ませる。 そこに全体重をかけて、息を整える。 頭の中は混沌と化し、酷く痛む。 生温い液体は冷たくなって、乾いていく。 同時に、心もどんどん冷え切っていく。 「……ク…ソッ……」 「……」 倒れている人々の地面から、悔しがる小さな声がした。 『死神』だからこそ、誰が生きているのか分かっていた。 鎌を仕舞い、そこへと向かって、しゃがみこんだ。 ヒュウヒュウと口から零れる息が、もう死に近いことを意味する。 誰か、なんて分かるに決まっている。 琥珀の短い髪が紅に染まっても、瞳は染まらない青空のままなのだから。 「………青暗<セイアン>、さん……」 最後にが鎌で斬り裂いた人物。 大切だった人の弟。 は紅に染まった両手で、彼の片手を握った。 「……知ってたのかよ、名前」 嫌そうにしながらも、彼は動けない。 瞳しか、動かせないでいる。 はしっかりと握って、コクリと頷いた。 「…お兄ちゃんの、魂の解放のときに見たよ。…お兄ちゃんの、弟さん、だろ…」 青明の魂の解放のときに、彼はいた。 三つ離れている、青明にそっくりの弟。 いつも一緒で、手を繋いで歩いた森の道。 遊んだ広場。 優しい両親と四人暮らしで。 幸せそうだった。 「………兄貴、俺のこと、忘れてなかったのか……」 「忘れるはず、ないじゃん……大事な、弟だったよ、お兄ちゃんにとって」 「ハッ……どうだか」 自嘲気味に笑う青暗は、酷く悲しそうに瞳を揺らした。 その理由を、は知っていた。 「…兄貴は……俺のために殺しちまったんだ……人を……」 お互い信頼し合っていた兄弟。 ある日、青暗がヤクザの団体に絡まれて生きるか死ぬかの大怪我を負った。 そのとき、青明の感情は囚われた。 自分達と同じ、あの闇に。 ヤクザの団体に乗り込んだ彼は、誰一人逃すことなく殺した。 囚われたままの感情が赴くままに。 「俺にとって…大事な兄貴だったのに……俺のせいで……」 死の淵から起きたときには、青明の姿はどこにもなかった。 ヤクザの団体の大量虐殺を行ったとして捕まってどこかへ行ってしまった。 どんなに捜しても、消息はつかめないで。 「謝りたかった。俺のせいで兄貴の人生が狂っちまったから…それだけだった」 せめて一言、言いたかった。 それだけだったのに。 「…やっと捜しあてたとき…死んでたなんて……許せなかったんだよ……」 優しい両親を振り切って捜して、捜して。 ようやく噂を聞きつけて辿り着いた蜂窩の町。 しかしそこにはもう、誰の命もなかった。 その町の親戚に会う為に訪れていた人々は崩れて泣いていた。 建てられた墓所の前で。 闇へと陥れられて。 墓には、捜していた兄の名前すら刻まれていて。 ああ、彼の人生を狂わすどころか 終わらせてしまったのだと 分かってしまった 「『死神』…が…蜂窩にいたってことを知ってたから………そうするしか…………」 行き場のない感情。 囚われてしまった心。 会いたかった兄はもういない。 謝罪も、礼も出来ない。 どうすればいいのか分からずに、目の前が真っ暗になる瞬間。 この感情を、どこに向ければいい? 自分のこの罪をどこに償えばいい? なぁ 兄貴… 「『死神』を……怨んで……復讐のために………生きるしか…………」 「………」 青空の瞳から滴が零れ落ちる。 はただ黙って、握っている手に力を込めた。 唇を噛み締めて、泣かないように。 「……兄貴……っ」 どこに行っても、彼はどこにもいないと知りながら。 感情が趣くままに動いていた。 それほど。 彼を、愛していた。 その感情を、は知っていたからこそ何も言わなかった。 手が、どうしても震える。 絶対に泣かないと、決めながらも。 青暗の瞳が、ゆっくりと動く。 揺れる紫苑の瞳を捉えて、口の端を上げてみせた。 「……なに……お前が……泣き…そうに…なってんだよ………バカじゃね……」 その笑い方が、青明に見えて。 逆にまた涙が零れそうになるのをグッと堪えた。 その様子に、青暗はまた小さく笑った。 『死神』である彼女が、泣きそうになっている。 何故か、理由は分からない。 しかし、感じられることがあった。 理由なんてない。 兄を、彼女が照らしてくれていたのだろうと。 そして兄もまた、彼女を照らしていたのだろうと。 「…ハハ…早く気付けや良かった…」 そしたら、また自分には別の道が開けていたのかもしれない。 あの感情に捕らわれないで。 もっともっと、幸せに生きられたのかもしれない。 兄が幸せに暮らしたのなら。 彼女が彼のお陰で、ここに生きていられると知っていたなら。 「………………兄貴が………お前と……会って……幸せ、だったんなら……いいや……」 「………っ」 「いや、幸せ……だったんだろ…な」 青空の瞳が遠くを見つめる。 遠い、遠い届かない空を。 けれど見える、小さな光。 今にも泣きそうな灰色の雲の下に。 銀色の髪を紅に染めて、紫苑の瞳を揺らすそこに。 きっと、これを兄貴は守りたかったんだ。 自分が兄貴の人生を壊した後、照らし続けてくれた小さなこの光を。 死神、とかそんなんじゃなくて。 こいつの『存在』という光を 「……兄貴の…分も……生きとけ………死神…………」 「青…暗…さ……」 喉が痛い。 言葉が詰まる。 冷たくなる手が、一瞬力強くの両手を握った。 そして、彼は。 ニヤリと、笑ってみせた。 「…罪を……背負って……生き抜いて……みせやがれ………それが………兄貴と俺の…………」 『生きろよ、。お前が死んだら、俺がイヤだからさぁ』 これが俺達の 「『 願 い だ』」 は力のなくなった片手を己の額へと押し当てた。 もう青空は見えない。 泣きそうになる感情を押し留めて。 祈るように両手で包み込んで。 辺りを包むのは斬り裂かれた肉体の香り。 湿った空気がそれを宿していく。 血肉で埋め尽くされた地面は赤黒く染まって。 その上で。 は暫くそうするしかなかった。 悲しみを押し殺すしか。 灰色の雲は静かに涙を落とし始めた。 冷たい滴は地面を叩いて、音を奏でる。 遺体も 心も 全てを包み込むようにザアザアと 紅の液体は雨に溶けて地面へと吸われていく。 まるで洗礼のように、遺体にも自分にも透明な涙を落として。 はそのまま、青暗の手を離した。 そっと彼の胸の上で両手を組むようにして置いて、ゆっくりと立ち上がった。 自分にかかっていた紅の液体が綺麗に流れていく。 今更ながら、傷口が開いただろう腹部が酷く痛み始めた。 身体中に、今回のことでついた傷口が多々出来ていることにも気付く。 それが雨に酷く沁みた。 見上げると変わらない暗雲。 の代わりに泣いてくれているかのように、感じられた。 雨に打たれることは嫌いじゃない。 むしろ今は 自分の代わりに泣いてくれる空が酷く愛しく感じた。 けれど 決して笑えは、しなかった |