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雨がまだ降り続く中、はゆっくりと動き出した。 傷口が酷く痛むが、そんなのは関係ない。 町の中へと入っていって、幾つかの家の中に入る。 お目当てのもの、ポリバケツを見つけて、ずるずると引き摺る。 ポリバケツに入った液体を町にばら撒く。 それを何度も繰り返した。 何時間も。 勿論入口にも、紅に染めた死体にも液体をかける。 「…………ごめん、なさい」 かけるもの全てにかけて、はライターを取り出した。 液体からは、独特の臭いがする。 はそこに火のついたライターを、放り投げた。 雨や風に当たって消えることなく、火は引火する。 灯油に当たった火は、大きな音をたてて、一瞬にして辺りを炎となって包み込んだ。 どんよりとした世界の中、そこだけが炎に包まれて明るい。 炎による熱と、そこから出される燃えカスが肌を掠めていく。 雨の中轟々と燃える町。 それは止まることを知らない。 遺体の焼ける匂いが雨に溶けていく。 「…一人じゃ、全員のお墓作れないから…これで許して……」 前と違うのは、がひとりであること。 そして、怪我が酷く、どうやっても彼ら全員の墓を作ることは出来ない。 だからこそ、この弔い方しか出来ない。 血ではない、紅と熱が全てを包み込む。 が殺した人々も。 偽りの町も。 はそれを見てから、自分の手元へと視線を落とした。 蜂窩と書かれた看板とマジック。 それを炎を点ける前には抱えてきていた。 雨に濡れて重くなっていく木の看板。 は『蜂窩』の部分をマジックで黒く塗りつぶした。 『蜂窩』は三年前に消えた。 ここは偽りの町。 悲しみに溢れた町。 『哀華<アイカ>の町』 哀しみが華のように溢れた町。 そう書いて。 その場に、置いた。 町を包む炎が煙を上げて雨に負けずに、燃え上がる。 それが哀しみの華のように見える。 血と同じ色を宿した炎が。 はそれを見上げた後、背中を向けた。 それを背負うように 振り向かずに フラフラと、は歩き続けた。 雨のせいで酷く身体は重い。 心も、重い。 傷口は開くし、他の傷も痛みを増す。 浅い息と脂汗が、自分の状態を語っている。 しかし、死ぬまでは至らないだろう。 「ハァッ……」 大きく息を吐いて、また顔をあげる。 祖母の待つ家まではあと数分。 あとは坂道だけだ。 もう少しだというのに、グラグラと視界が歪む。 「お姉ちゃん!!!」 誰かが駆けてくる。 自分より酷く幼いが、自分に似ている少年。 はその姿に、目を大きく見開かせた。 「…おま、え……」 「お姉ちゃん、大丈夫!?…ってお腹痛いの?!」 流音。 紫苑の瞳をクリクリと動かせて、腹部をしっかりと見つめている。 がそこを押さえているためにそれは分かるらしい。 初めて言葉を交わすのに、どうしてこうも馴染んでいるのか。 それすら分からないが、それをつっこむ気力もない。 ただただ驚くしか出来ないを放っておいて、雨に濡れながらも、少年はそのまま薬を取り出した。 「はいこれ!とりあえず痛み止めと増血剤!おばあちゃん、もう少ししたらこっち来るからね!!道具持って!」 僕は足が速いから、これとお姉ちゃんの荷物だけ持ってきたんだと流音はさっさとをその場に座らせた。 木の幹に背中を預けて、は静かに息をつく。 その間、流音は持ってきた水と薬を渡した。 「はい、飲んで!!」 「…さんきゅ」 どこか必死な少年に、断ることは出来ない。 は小さく笑って薬を飲み干した。 視線を戻すと、どうやらの荷物をガサガサ漁っている。 何だろうと思ったら、そこから亀が現れた。 「龍さんも連れてきた!!」 「………………あ、そう」 さすがに自分の荷物に亀を入れられても…とは若干顔を顰めた。 しかしそれには気付かない。 少年は嬉しそうに亀を抱えている。 はそのまま、町があった方へと視線を向けた。 雨の中、まだ朦々と煙をあげるそこ。 きっと一日中、燃えて止まないのだろう。 燃えるものが、なくなるまで。 流音も、促されるようにそこを見つめた。 雨でも消えない、そこを。 「…町の人達、殺しちゃったの?」 子供の純粋な言葉が心を抉る。 だが、はそれを表情に出さなかった。 むしろ、ここで差別してくれた方がよっぽど良い。 例え義弟であっても。 「…ん」 「町も、全部燃やしてきたんだね」 「………ん」 しばらく雨の音だけが耳で聞き取れていた。 二人の視線はただ煙を見上げるだけ。 目を閉じれば、思い出してしまう。 過去死んだ人々を。 今先ほど己の手で殺した人々を。 冷たい雨に、体は隅から隅まで濡れていく。 返り血は全て、流れたか、奥深くに染みてしまった。 あとはもう、石鹸か何かで洗い落とさないと無理だろう。 「…あのね、お姉ちゃん。僕、お姉ちゃんが死神で、人殺しでも別にいい」 雨の音に紛れて、小さく紡がれた言葉。 の手の平には、小さな手が重ねられた。 はそれにゆっくりと視線を戻した。 「…いや、よくないんだろうけど…。でも僕、お姉ちゃんがこの世界で生きててくれるだけで、嬉しいんだ」 と同じ紫苑の瞳が、真っ直ぐを見つめていた。 恐がりもせず、哀しみもせず。 ただ、真剣に。 捉えて、離さない。 「だって、お父さんが自慢してたお姉ちゃんだもん。僕の、たった一人のお姉ちゃんだもん。……家族、だから」 そう、微笑んだ。 嬉しそうに。 嬉しそうに。 「…流…音……」 「ずっと探してたんだよ。お父さんは見つけられないまま死んじゃったけど…でも僕が見つけた」 泣かない。 嬉しい言葉だけれど、泣かない。 純粋さ故の言葉かもしれない。 父親の言葉をそのまま信じ続けているからこその言葉かもしれない。 それでも、嬉しいことには変わりない。 「お姉ちゃん、また旅に出るんでしょ?あのね、それが終わったらまた、一緒に寝て欲しいな」 「流音…」 「それぐらいならいいでしょ?」 一緒に来るとは言わない。 一緒にいるとは言わない。 死神を分かってくれている気がして。 「……っ」 はそのまま手を引っ張って流音を抱きしめた。 自分より小さい身長。 自分より軽い身体。 これがこんなにも、大きく感じられる。 「…お姉ちゃん、温かい」 流音もしっかりと抱きしめてくれる。 それが有り難くて、温かくて。 涙が流れそうになる。 先程、自分が人を殺して冷たさを感じたからだろうか。 この温もりが酷く愛おしい。 「…ありがとう…っ」 嘘でもいい。 死神でも、人殺しでもいいと言ってくれた。 お姉ちゃんだと、言ってくれた。 嬉しい。 ありがとう。 その感情だけが溢れてくる。 「どういたしまして!」 嬉しそうにそう言葉にする弟が愛おしくて。 は抱きしめる腕に力をこめた。 「…オヤオヤ、そうしてると傷口に響くよ」 「おばあちゃん!!」 聞いたことのある声に、二人が顔をあげる。 傘を差して、黒い羽織りと医療道具を持った蓬希がそこに立っていた。 傷口に響く、と聞いた途端流音がすぐにから離れる。 温かさが消える中、はそのまま、自分の包帯を取り始めた。 見えるのは、包帯が返り血以外に赤く染まった理由。 先日刺された腹部の傷が、しっかりと開いていた。 「…ああ、こりゃ無茶したの。パックリ開いてるじゃろうが傷が」 包帯を取れば、見事に開いている傷口。 血が溢れているそこを見て、蓬希は眉を顰めた。 しかし、この間ほど開いているわけではない。 内臓の損傷はないようだ。 医療道具を取り出す蓬希に、はのんびりと声をかけた。 「…三蔵達は?」 「行ったよ。『礼なら直接言え』だの文句ばっかだったがの」 「そ…よかった」 はそこでようやく安堵の息を吐けた気がした。 彼らが残っていたらまた面倒なことになりそうだったから丁度いい。 しっかり頼んだだけあった、というものだ。 そんな様子を見て、流音と亀は微笑み合う。 彼ら四人の後の行動を、知っているからこそ。 逆に蓬希は溜め息を吐いた。 「ホレ、傷口縫うでな、痛むから覚悟せ」 「グッ……!!」 麻酔なしで、傷口を縫っていく。 まだ痛み止めも確実に効いていない。 激しく痛むその感触に、は唇を噛み締めた。 両手は拳を握って耐えて。 遠くからは「お姉ちゃん、頑張れ!」と流音が応援している。 「…全く、無理しなさんなって言っておいたじゃろうが」 紅の瞳はちらりと遠くであがる煙を見やった。 それでもしっかりと、傷口を縫う姿はさすがだ。 薬師を通りこして、医師でもやっていけるだろう。 それほどの腕前だ。 「しかもあちこち傷増やしおって…じゃじゃ馬じゃのう」 「…『死神』だからな」 「『死神』なんぞ関係なかろうが」 パチリ、と糸を切る音が雨音を小さく切り裂く。 しっかりと縫われたそこからは血は、もう溢れだしていない。 痛み止めも効いてきたのか、随分と楽だ。 ようやく傷の手当が終わったことに、は小さく安堵の息を吐いた。 「…全く、困った孫じゃよ」 「…ん、ごめん」 苦笑を零す祖母に。 は謝りながらも心からの笑みを向けた。 |