ジープと化した白竜がいなくなり、悟空が眠りにつき。
は静かに酒を飲んでいく。

三蔵たちの会話に混ざることなく。
ただ夜空を見ながら。
静かに、静かに月見酒を味わう。


の周りに転がる空っぽの酒瓶数本。
実はかなり飲み干していた。



「…しかも酔ってる気配全くナッシングよ?」


「八戒と良い勝負だな」


「あはは、仲間が増えて万々歳です」


「トランプは悟空以上に弱ェのになぁ?」



会話にはの話題が時折顔を覗かせたが、は全く関心を持たなかった。
ただただ一人で空を見上げて酒を身体に浸透させた。

お酒をこんなに飲んでいるのに酔わない。
酔えない。


(…むしろ今は酔っ払いたい気分なんだけどな)


白竜が自分を好いてくれたときから。
悟空が自分の羽織りを抱きしめてくれたときから。
ペースを早めて自棄酒と化したのに全く変化が起きない。
それが今は、無情にも思えた。

上を見上げれば満月がを照らす。
随分と高く、それは昇っていた。


(…そろそろ、かな)


銀の光を放つそれはもう天の真上を通ろうとしている。
グラスに残っていた酒を一気に飲み干して、それを地面へと置く。
カツンっといい音が鳴ったところで、はゆっくりと立ち上がった。
ジーンズのポケットに両手を突っ込んで、足が動き出す。



「どこへ行く」



彼らに背を向ければ三蔵がすぐに声をかけた。
は止まることなく、そのまま歩き続けた。



「トイレ」


「逃げるんじゃなくてか」


「何度言わせんの。荷物置いて追いかけっこなんてしてらんねぇっての。ちなみにちょっと遅くなるからな」



ピラピラと軽く手を振って退場。
は森の中へと消えた。
鋭い眼光と、訝しげな視線を受けながら。




暗闇の森は大分足場が悪い。
茂みが生い茂り、木々の隙間から木漏れ日のように月明かりが零れる。
それがどうにか足元を照らしてくれた。

彼らがいた場所から数分歩いて着いたのは魚を取った川。
梟の鳴き声と虫の鳴き声を優しく包むようにせせらぎの音が響く。
少し広がった空間からは、クッキリと満月が見えた。


(…うん、誰もいないし…ツけられてもいないみたいだな)


三蔵達の気配も、他の人間や妖怪達の気配もない。
それが安心をもたらす。

はそこらをキョロキョロと見回して椅子代わりの石を見つけて、そこに座った。
ひんやりとしたその石を優しく撫でる。
見上げればある、天を巡る満月。

銀の光が、空の頂点へと昇った。






「『時』はきた」







辺りの音は全て消える。
生き物の声も、川のせせらぐ音すらも。


完全な静寂。



「…あぁ…また増えたんじゃないか?…結構多いもんな」



紫苑の瞳に映るのはただの森ではなくなっていた。

月の光に触発された蛍のように、闇がなくなりそうなほどの光の球。
淡い光のものもあれば激しく輝くものもある。
それぞれ特徴はあれども、大きさは同じ。

しかし数は幾千幾万を通りこしているであろう、かなりの量。
それが辺り一帯に広がっていた。



「まぁ、こんな世の中になっちまったからしょうがないけどな…でも出来るだけ命を大事にして欲しいもんだ。俺だって辛ぇし」



光が一層増す。
は自分を抱きしめて、紫苑の瞳でそれらを見据えた。



「……おいで」



口がその言葉を紡いだ瞬間。

それらは我先にと争うようにへと飛び掛ってきた。

はそれを避けることなく。




「…………っ!!!!!!!!」



声のない悲鳴をあげながら

受け入れた。












頭の中に流れ込む多くの情報


感情


環境






(あぁあああああぁぁぁぁぁっ!!!!!!)






一人の者だけではなく


多くの者の







(やめろやめろやめろおおぉぉっ!!!!!)







幸せ

嬉しさ

悲しみ

苦しみ

怒り






(いやだぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああっっ!!!!!!!)






身体に走る激痛

息苦しさ

流れ出す自分の体液

身を焦がす炎

身を凍らす冷たい氷水










生まれたときから


死ぬときまでの




全ての軌跡












それが全部












の中へと















入り込む


















「ーっ!!!!!!!!あ……っはっ……ハァ………ハァッ……」



流れるのは脂汗。
切った口内から零れた鉄の味。
紫苑の瞳からは透明な雫。

口からは浅い息が早く出る。
脳内は真っ白で、身体は酷い疲労感に襲われた。



辺りからはまるで何事もなかったかのように音が溢れ出す。
多くの光の球は全て消えていた。
満月が空の頂点から身を譲っている。



「……終わっ…た」



頭に流れた全部の映像、言葉も。
身体中に走った激痛も。
心に響く多くの幸せと不幸も。





ここ一ヶ月で『魂』となった彼らの全てを受け入れて

逝くべき場所へと送れた






「…叫び声とかあげないってやっぱ辛いな…。でも三蔵たちに知られたら…これまた面倒だからなぁ…」



安堵と共にグラリと歪む視界。
どさりと地面へと身体は落ち、重力に逆らわない状態になった。
銀色の月が何事もなかったかのように空を通っていく。


(…やっぱこれは辛ぇや。動く気力も体力もなくなりやがる)


汗や涙を拭う力すら起きない。
指先すらも動かないのだ。
ようやく落ち着いてきた呼吸は、溜息へと変わった。




『魂』となった彼らは自分達が生きた『証』をに置いていく。
全ての経験を全部『感じさせる』。
そうすることで『生』を証明し、そして逝く。

その様はまるで『魂を刈り取るよう』。




人でもなく


妖怪でもない






『死神』








「…もう無理」



何も動かない。
疲労はピーク。
今更お酒も効いてきた気がする。

一筋の涙を流して、の瞳は閉じられた。













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