酒は飲んでも飲まれるな。
これは酒を飲むときの、の定義。

特に今日の夜は、特別、だから。







「…悟空、そろそろ寝たら?」


「う〜…もっと飲む〜…」



そんなの隣では思い切り飲まれた悟空。
顔を真っ赤にして地面に突っ伏している姿はただの酔っ払いだ。
ホロ酔いで、悪酔いではないだけマシだが。

全くもって無防備だ。
これでが『彼らの敵』だったらすぐにでも殺せるぐらいに。


(…ったくもう)


だらしのない笑みを浮かべながら転がっている少年に心から溜息。
それは大人組も同じようだ。


(純粋なのはいいところなんだけどな…行き過ぎると短所になるんだぞ?)


の心は露知らず、彼はまだ飲む〜とごねている。
とはいえ、身体は横になったままで目すら開く気配がない。
このまま眠ってしまうだろう。
下は地面で、夜は冷えるというのに。



「悟空、風邪をひきますよ」


「むぅ…」



八戒もこちらへと出向き、悟空の顔を覗きこむ。
しかしやはり動く気配がない。
遠くから三蔵辺りが「馬鹿は風邪をひかん」やら「放っておけ」やら言っているのを耳にしながら、はまた大きく溜息を吐いた。



「八戒、いつもは皆でどこに寝てる?」


「いつもですか?雨でない日はいつもジープの中でですが…」


「そ。じゃあさっさとジープの中に放り込んでやんな。このままじゃ地面とランデブーだ」



地面と添い遂げそうな勢いの悟空。
さすがにそれは酷だ。


(…全く、世話がかかる子供だこって)


うんざりしながら、黒い羽織りを脱いだ。
白い腰丈ほどの長さの小袖が顔を出す。
半袖であるために、白い腕が目の前の火のお陰で薄ぼんやりと見える。
はそのままぶっきらぼうに黒い羽織りを悟空へと投げ捨てた。
それを八戒がしっかりとキャッチする。



「ついでにそれ、かけといてやって。今夜は冷えるから」


「そうするとが風邪をひきますよ?」


「俺は替えがあるから大丈夫。ついでにその黒い羽織りには何も仕掛けてねぇから。…あぁ、信用できねぇならそこらに放っておいていいから」



白竜がジープへと変わる様子を横目で見ながら、酒をまたグラスへと注いだ。
透明な液体が透明な容器を満たしていく。
最後の一滴がゆっくりと、波紋を作って。


水面に映った満月が、歪む。

見繕った、の表情も。



「…いえ、有難く、使わせていただきます」



八戒がそっとの黒い羽織りを悟空へとかけた。
緑の綺麗な瞳は優しく、もぞもぞと動く少年へと向けられている。
そんな様子をまた横目で見た後に、は紫苑の瞳を閉じた。


(…甘い人だ)


いや、優しいという言葉の方が適している。
の気持ちを酌んで羽織りをかけてくれたのだろうから。

だが、これで羽織りに何か仕掛けがあれば?
毒針などが仕掛けてあれば悟空の命、また八戒の命は泡のように消えてしまうのに。


だからこそは『甘い』という言葉をわざと心に出した。
瞳を伏せて、彼を見ないようにしながら。



「…の匂いがする…」



羽織りに包まった悟空がボソリと呟く。
八戒を甘いと思ったすぐに、この台詞だ。
彼も酔っているとはいえ十分に甘い。
なんだかなぁ、と思いながら瞳は伏せたまま、酒を口に運んだ。



が羽織りを貸してくれたんですよ」


「汗臭くて悪ぃな。嫌だったら返せよ悟空」



口に酒の独特の苦味。
甘い香り。

の心とは正反対の、お酒。
口は相手を思っての言葉を紡ぐのに、心は酷く捻くれているのだから。

すい、と瞳を開くと、月の明かりが空から零れているのが分かる。
あと数時間すれば、満月は空の真上へと上がるのだろう。



またあの『時』がやってくる。



悟空は、目を細めながらを見やった。

月明かりが優しく、あの銀色の髪を映し出す。
やはりこの間の暗闇よりは月明かりがよく似合うだなんて、そんなことを思った。
鼻を擽るのは、が着ていたあの黒い羽織り。
優しい温もりと、何だか優しい香り。
自然と頬が緩んだ。



「違くて……すげー…いい匂い」



手放したくなくなる、この羽織り。
いや、もしかすると。
手放したくないのは…、なのかもしれない。


(…と別れるの、嫌だな…ずっと一緒に旅しててぇな…)












ーやっと、逢えたんだからー













驚いたの紫苑の瞳と、優しく包んでくれる香りを抱きしめて。
微笑んだまま。

悟空はそのままフェードアウトした。


寝息が辺りに響き渡る。
静かな世界に火の燃える音と、それが優しく奏でる。
八戒の腕の中で眠りにつく彼は、何とも幸せそうな顔で眠っていた。



「…確かに放っておいたら地面とランデブーでしたね」



苦笑しながら、彼は少年を抱えてジープへと優しく乗せた。
ジープに乗った後もの黒い羽織りを大事そうに抱きしめて眠っている悟空。
それにまた、苦笑が零れる。



「すっげぇ口説き文句じゃね?ったら初日で中々のモテモテじゃねェの」


「フン、悟浄からウツったんじゃねぇのか」


「悟浄だったらホラ、もっと変な方向に言い回しますよ。厭らしい方向に」


「いや、でもアイツも結構厭らしい言い方だったぜ?」


「ホラ、そういう思考が」


「成る程な」


「ってオイ!」



悟浄や八戒、三蔵が談笑する。
大人三人がこの会話をしている間、はずっと固まっていた。

紫苑の瞳は驚きに開かれたまま、ジープに乗った悟空を見つめている。
真っ暗だからあまり良くは見えないが、気持ち良さそうに眠っているようだ。
鼾まで聞こえてくる。


(………)


ようやく顔を元の場所に戻して、グラスの中に揺れる月を見てから瞳を伏せる。
悟浄の言うとおり、凄い口説き文句だと思う。
純粋だからこそ、思ったとおりに出る言葉だからこそ尚更。

しかし照れや恥ずかしさは起きない。
嬉しさも楽しさも溢れ出ない。


(……バカ、だな)


悟空が、ではなくて。
自分が。

口説き文句のはずが。
心からの彼の言葉が。
まるで凶器のように心を刺して抉る。


(…有難う。でも……俺は君を『受け入れない』)



優しい言の葉は普通の人や妖怪の心を癒す。
言葉を通じることが出来る生き物を慰め、嬉しくさせる。

『普通の人や妖怪』には。



だって嬉しいものは嬉しい。
だが、今のにとっては心を虚しくさせるものにしかならない。



(…俺の正体を知れば、君は絶対に同じことは言わないことを知っているから)




彼らの会話をバックミュージックに。

グラスの酒に浮かぶ自分を嘲笑してから、はそれを全て飲み干した。









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