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冷たい風が吹く。 紫煙が揺れる。 茂みを掻き分けて進む二つの足音。 彼らは無言のままあちこちに視線を彷徨わせながら歩いていた。 先程から歩いてはいるが、全くの姿は見つからない。 「…本気で逃げたんじゃねぇだろうな」 「あははー……そんな気がしないでもない気になってきましたね」 さすがに疑惑は膨らんでいた。 これでもかなり探しながら歩いているのだ。 数十分はかかっている気がする。 やはり逃げたか、という結果に終わろうとしたときだった。 森を抜け、目の前に現れたのは夕食の魚を獲った川。 川自体は細長い、小川のようなもの。 しかし辺りは広場のように広がっていて、中々釣りを楽しんでいたことを思い出す。 (そういえばそのとき、ははしゃぐ悟浄と悟空をあの石に座って眺めていましたっけ) 面倒くさそうに。 どこか呆れながら。 だけれど、どこか楽しげに。 そう思いながらその石を見つめた矢先、八戒は思考を止めた。 草むらの影に、小さく見える銀の色。 こっそりと見える白い小袖とジーンズ。 石の影になって、顔は見えないが。 「?」 八戒の声に三蔵も反応し、彼の瞳の先を見る。 そして、紫暗の瞳を驚愕の色に染めた。 八戒の声に反応しないのはと思われるヒトの姿。 草むらで見えないということは、横になっているということ。 反応しないということは、ここに意識はないということ。 最悪な予想が心を締め付ける。 八戒はすぐに駆け出した。 その後を、三蔵が早足で近づく。 「!」 仰向けに横になっているの姿が瞳に映る。 銀の髪は満月に照らされてキラキラと輝き、冷たい風が優しく撫でている。 白い肌が、その光のせいでもっと白く見える。 八戒はすぐにの首筋に手をあてた。 細い首からは、しっかりと鼓動が感じられる。 息もちゃんとしているようだ。 身体のあちこちを調べてみたが、外傷はない。 「…どうだ」 「大丈夫です。…意識を失ってるだけですね」 つまりは眠っているということ。 ホウッと安堵の息をつく八戒と同時に。 三蔵のこめかみには青筋が一つ増えた。 「この…………っ」 手はふるふると震えている。 青筋は止まることなく、細胞分裂のごとくどんどん増えていく。 八戒はその雰囲気をすぐに感じとって、引き攣った笑いを浮かべながら一歩後退した。 「っっ大馬鹿野郎がぁぁぁぁぁっ!!!!!」 スッッパァァァァァンッッ 大きな白いハリセンと三蔵の怒号。 意識を失っていたはその激痛と大きな叫びに 「うぇぇぇええっ!!!!?」 と彼の声に負けないような悲鳴をあげた。 激痛が顔面全体に走る。 涙が無意識にこぼれ、潰れた鼻が酷く痛い。 何事かと身体を動かそうにもまだ指一本動かない。 は紫苑の涙を宿した瞳で状況判断を行わなければいけない状態になっていた。 目の前には白いハリセン。 それを持つ三蔵。 その傍らに苦笑の八戒。 そして、満月。 微妙な組み合わせには驚き、紫苑の瞳を思い切り見開かせた。 八戒が微笑みながら口を開く。 「おはようございます」 「あ?あぁ、うん、おはようござ………あれ、俺寝てた?」 八戒の言葉に律儀に返す前に零れた疑問。 確かにあの後意識は失いそうではあったが…それ以降は全くもって記憶にない。 三蔵はハリセンを持ったまま、の言葉に反応し、そのまま蹴りを入れ始めた。 「トイレに行ったまま気持ちよく寝てんじゃねぇよこの馬鹿がっ!!!俺をナめてんのか、ああ!!?」 「いてっ!痛いって!ちょ、攻撃やめろって!」 指も何も動かないため、防御もできない。 腹を蹴られて呻いても腕も何も動かないのだ。 それを察した八戒が三蔵の前に手を出して制し、顔を覗きこんだ。 「、…もしかして動けないんですか?」 「あー痛……うん、そう。指先すら動かなくてさ。だから戻ろうにも戻れなくてな」 八戒が試しに腕を持ち上げてみれば成る程、全く力が入っていない。 まるで人形のもののようだ。 指を掴んでみても、冷たいだけで弾力を感じない。 さすがに三蔵は攻撃をやめた。 察しのいい八戒に、は心から拍手だ。 「…一体何やったんですか」 「うーん、ちょっとキバりすぎた?」 「そんなことでこんなになりませんよ」 「正直、俺にもよう分からんくて。気がついたらこんな状態で動けなくなってた」 さらりと嘘をつく。 八戒は訝しげにあちこちを動かしている。 本当に軟体動物になったかのごとくな身体だ。 勿論、骨はあるが。 (あ〜あ、本当に面倒な体質だな〜) 首も動かないのでされるがまま。 動くのは瞳と鼻と口、と内臓だろうか。 溜息がふぃ〜と零れる。 「というわけでな〜戻れなくてごめんな〜。ってか探しにきてくれてありがとさん」 ここはお礼。 はへらりと緊張感のない笑みを浮かべると、八戒も苦笑して「いいえ」と答えた。 少し遠くでは三蔵が未だに怒りを発散しきれない表情でいる。 それこそ、は小さくプッと笑いながら口を開いた。 「あ、そうそう。ってなわけで俺動けないから放っておいていいから」 「はい?」 八戒の動きがピタリと止まる。 そしてゆっくりとの顔の前に顔を出した。 わぁ近いなぁ、とおどけながら、はまた言葉を紡いだ。 「いや、だってさ。動けねーし。明日の朝には動けるようになってる気がするし。動けるようになったらそっちに戻るからさ」 動けないのに動けという方が無理だ。 だからこそ戻れない。 いっそこのまま眠っていた方がいい。 目の前にある顔は歪んだまま。 遠くの顔も微妙な表情。 「…動けない、というのなら僕が運びますよ?」 「……八戒は優しいな」 優しい八戒の言葉に、は微笑んだ。 心は、酷く抉られていくのとは反対に。 「気持ちは有難いけど遠慮するよ。…悟空もそうだけど、八戒ももっと、警戒心を持った方がいい」 『ナニモノ』か分からない自分を 放っておいて 取り込まないで お願い、だから 「…俺が本気になれば…いつだって…お前らを殺せるんだから……」 また疲労が身体中を回り始めた。 脳も急速に働かなくなってくる。 もう何も考えられない。 瞳が閉じていく。 「…捨て…て………甘さは……心を…許しちゃ…駄目…だ」 受け入れたら 傷つく |