『…捨て…て………甘さは……心を…許しちゃ…駄目…だ』



そう言い捨てて、はまた動かなくなった。







規則正しい寝息が零れる。
まるで死んでしまうかのように眠ってしまったに八戒は少しばかり慌てたが、その寝息を聞いて脱力した。
三蔵は立ったまま煙草を吸い、腕を組んで見下ろしている。



「…また眠っちゃいました」


「だろうな」



見れば分かる、と言っているかのように紫煙を吐き出す。
しかし眉間の皺は減り、空気は幾分かよくなっている。
八戒は苦笑を零して、その場に座りこんだ。

銀の髪はさらさらと揺れ、長い睫にかかる。
美人、という部類ではないが、整った容姿だ。
特にこの月明かりがよく似合う。



「…どう思います?」


「さっきの言葉か」


「ええ」



意識を失う前に発した言葉。
八戒の気遣いを『甘い』と判断し、忠告した台詞。

だが、あの台詞とあの表情を照らし合わせれば簡単なこと。



「…大方、自分に言い聞かせたんだろう」



途中までは確かに八戒への注意だった。
だが、最後の一言との表情は、彼へのものではなかった。
面倒そうだった紫苑の瞳が、悲しみに揺れた一瞬。
それを二人は見逃さなかった。



「…僕も、そう思います」



優しさを拒んだ。
表での付き合いしかしない。
加えて、先程の言葉と表情が示す答。



は…誰かと深く関わることを恐がっている」


「…どちらかというと自分が傷つくのを恐がっている、だろうがな」



深く関わることで精神は保たれる。
しかし、それを拒絶されたときの悲しみはそれと比例して深くなる。


はそれを恐がっている。

それが感じ取れた。




「その理由は、…の『正体』が関係しそうですね」





人間でもなく妖怪でもなく。
勿論神でもない『存在』。






「多くのことを秘密にしてるのは、面倒なだけではなくてそういうこともあるんでしょうね」


「…面倒くせぇ」


「でも三蔵が連れて行くって言ったんですよ」



拉致までしてきて強制的に連れてきたんですからね?

と八戒はイイ笑顔で三蔵を見上げる。
後光すら見える彼の微笑みに、三蔵は思い切り顔を顰めた。


(…ったく面倒くせぇ)


紫暗の瞳は横になっている人間を映し出した。
眠っているその姿はまるで人形のごとく。

いつもの生意気そうな表情はない。
無表情のまま。



きっとは本音を出さないだろう。
本来の表情も出さないだろう。

決して、自分達に深入りしようとはしないだろう。
そして、深入りさせないだろう。
ヒトとの関わりを恐れているならば。


(それはそれで楽なんだがな)


色々と詮索されるよか入り込もうとしない方が楽だ。
実際は三蔵達が何であろうと気にしていない様子である。
自分に迷惑が被らないように上手く逃げてすらいる。

ただ、それを快く思わないのは、まだ精神的に幼い悟空だろう。
今日も白竜に嫉妬していたぐらいなのだから。




まあ、どちらにせよ

関わりたい関わりたくないに関わらず




自分達は自分達で

思ったように行動するだけ





(だから別に、お前のことなんて知ったこっちゃねぇんだよ)


が何も言わないことと同じように。
が彼らに馴染まないようにすることと同じように。
が自分を放っておけと言ったと同じように。

こっちもこっちで好きに動く。



「八戒」


「はい?」


「そいつ持って戻るぞ。逃げない保障はねぇからな」



口から紫煙を吐き出して紫暗の瞳でを見下ろす。
そんな三蔵を見上げながら八戒は苦笑を零した。


(まぁ、僕もさすがにこのまま寝かせるわけにはいきませんしね)


甘いといわれても。

危機感がないと言われても。


このままにしておくわけにはいかない。




「わかりました」



全く力の入らないの両腕を己の肩にかけて、おんぶの状態へと持っていく。
身体を前傾にし、両足を抱えて完了。
背負ったの身体は冷たく、軽い。
そして柔らかさ。

緑の瞳を大きく見開かせた八戒を見ずに、三蔵はさっさと踵を返して進んでいく。
それを見て、すぐに早足で追いついた。
無言のまま二人で並んで歩いていく。
満月が夜道を照らした。



「…三蔵」


「なんだ」



隣で煙草を吸う法師に口を開いたのは八戒。
草鞋の音が静かな夜に響く。
眼鏡越しにちらりと緑の瞳を動かし、背負っているの身体をしっかりと抱える。
そして、重々しく口を開いた。



「……、女の子です」



背負ったの足に無意識に力が入る。
冷たく、軽い体。
そして男には決して無い、柔らかさ。



「…………………………………あ?」




八戒の突然の告白。
唐突なその言葉に、三蔵の呼吸と思考が一瞬止まった。



「ですから…が、女の子なんです」


「…何?」


「細い腕だなとかは思ってましたけど……背負って分かりました」



まさかとは思いましたけど。

そう冷静に付け足す八戒の隣で瞳を大きく見開かすのは、勿論三蔵。
あまりの驚きに煙草を口から落とすぐらいに。

隣を見やればぐっすりと眠っている
中性的な容姿はダテではなかった。



「…マジでか」


「マジです」


「…男って言ってなかったか?」


「よくよく考えれば、は性別のこと一度も言ってないんですよ。初めて会ったときは三蔵が遮りましたしね」



そう、は一度も性別のことを言っていなかった。
行動や言動から男だと、勝手に四人が認識していただけの話。


(また面倒な…)


これで悟浄が、もしくは悟空が知ったらどうなるんだろうか。
考えるだけで頭が痛い。
いや、もしかしたら二日酔いがきているのかもしれないが。
深い深い溜息が零れる。



「…あいつらには黙っとけ。いずれ気付くだろうがな」


「…ですね」


「ったく…一々面倒な…」



話題の本人は何も知らずぐっすりだ。
いや、もしかしたらぐったりかもしれないが、知ったこっちゃない。

どちらにしろ女だと認識するまでもない。
全くもって女だと意識するモノが何もないのだから。

今までどおりだ。



「…さっさと帰って寝るぞ」


「アハハ、眠くなってきましたしね」



満月が夜空をまだ駆け抜けている中、二人はジープへと向かった。
淡い、と同じ銀の光。

それを背負い、悟空と悟浄の待つ場所へと。