寺院の中へと入っていく悟空の背中。
それを見送って三人はそこらの瓦礫に座り始めた。



「…ありゃ完璧に信用しきっちゃってんぞ」


「元々からそうだとは思ってましたけど…ねェ」



見つめる先は同じ。
消えていった寺院の扉。

話題は勿論、そこへ消えていった悟空だ。

出逢った当初から、を気に入っていた。
まずは戦い方に。
また会いたいと思っていて、再会。
そのときに嬉しい言葉を貰った。



「まるで恋する少年じゃねェの。なァ?」



白竜にだけ見せる表情に、小さく嫉妬して。
知れずとも探る三人にイライラして。
『領域』に誰も入れないと言い切ったに、悲しくなって。

それでも『壁』を作ったままでいい、一緒にいたら楽しいだなんて。
ベタ惚れもいいとこだ。
まぁ、が女だとは悟浄も悟空も気付いていないのだが。



「こりゃ『もしも』のとき苦労すんぜェ?三蔵」


「…ハァ…バカ猿が…」



のんびりと言ってのける悟浄の言葉に、隣に座っていた八戒が小さく苦笑を零す。
そこに三蔵の深い溜め息が入った。


は新鮮な存在だ。
謎が謎を呼ぶばかりに、興味関心を持つのは分かる。

年齢は今の悟空と変わりない。
だからこそ親近感がある。
それだけで終われば楽だったのだが。



「…三蔵、本当にこのままと共に行動してもいいんでしょうか」



ボソリ、と八戒の呟く声が聞こえた。
そちらに視線を向けると、深緑の瞳はまるで遥か遠くを見ているようで。
真剣に考えていることが、手にとれて分かる。



「どういうことだ」


「言いましたよね。『正体』が分からない。だからこそ何かあれば僕達が対処できる、という意味で共に行動すると」



放っておけば、何かあったら困る。
だから拉致して、行動を共にするようになった。

三蔵が小さくああ、と声を出す。



「それがどーしたっての」



悟浄が顔を顰める。

深緑の瞳はしっかりと、遠くを。
寺院の扉を見つめていた。



「…ハッキリ言います。『対処』、できるんですか?僕達に」



『もしも』のときは。

『対処』するためだというのに。



「…情でも移ったか、八戒」


「今は『対処』できます。例え悟空が反抗しても、今なら三蔵の言葉で沈めれるでしょう。…けれど」



このまま時間を共に過ごすのなら。

それは、無理になるかもしれない。


その意味を込めて、そこで言葉を止める。
八戒の言いたいことが分かったのか、二人は口を噤んで同じように寺院の扉を見た。
未だ慌しく動く僧が出入りしている、そこを。



「気付いているはずです。此方があっちの『壁』を壊す前に、此方の『領域』が侵されている可能性が極めて高いことを」



『壁』を壊して、本当のを見る前に。
此方の『領域』はすでに侵されて、動けなくなってしまう。
この可能性は、もう立証済みだ。

あの、純粋な悟空で。



「…このまま共に過ごして、『対処』を、ちゃんと出来るんですか?」



空気のように、水のように。
壁はあっても、その隙間からどんどんと侵していく。

系統で言うならば三蔵達と同じ。
気兼ねしなくてもいいとか、遠慮配慮はいらないとか。
そんな存在だからこそ気付けば、『領域』は消えていそうで。



「…神の命令とはいえ、『対処』が出来なくなれば一緒にいる意味はないと思いませんか?」



野放し危険、という意味でも。
逆に一緒にいて危険という意味に成りかねない。


もし『壁』が崩れ去って『もしも』のときが訪れたら。





この手で



殺せるか?








「…『もしも』のときが来て、お前らが反抗するようなら、それでも構わん」



クッと軽く三蔵は笑った。
太陽は陸からその身を離し、大地を照らしていく。
影と光の差が濃くなる中、紫暗の瞳は鈍く光った。



「その時は、俺が殺す」



例え、反抗する悟空の姿があっても。
八戒と悟浄が立っていても。

自分の『領域』が侵されても。


妨げになるようならば、誰だろうと構わない。
除いて、進むだけ。



「…を除いて旅をするっていう項目はないわけね」


「言っただろうが。『野放し危険』だってな」



呆れた悟浄の声に、すぐさま鋭い声で返答が戻ってくる。
眠いために不機嫌なまま。
しかし、口は歪められたまま。

そーでっか、と悟浄が肩をすかす。
八戒も、ようやくここで笑んで、息をついた。



「そうですか。じゃあ、安心ですね」



何かあっても、三蔵が『もしも』を乗り切れるのなら。
自分達をも殺してでも止めれるのなら。

勿論、未だに『領域』を侵させることはしないように行動はするが、いつ崩れるかは分からない。
そのために、訊いたのだ。
しっかりとしたその答えに安堵が零れる。



「ま、一番面倒なのはあの猿だろよ」


「アハハ、しょうがないですよ。同じ年代と、一緒にいる機会が今までなかったんですから」



空気が普段どおりに戻ってきたところで、笑いが零れる。
三蔵もフンと鼻で軽く笑ってからもう一度扉を見た。










一方、部屋へと戻っていた悟空は一気に脱力した。
僧達は着々とあちこちを片付けていて、太陽も陸を抜け出した。
出発の時刻が迫っているというのは分かっていただろうに。



「…なんでまた寝てんだよ…ズリー…」



行く準備は出来ているとばかりに黒い羽織りを着て、ブーツを履いたまま寝転がっている
気持ち良さそうに寝息をたてているそれの向こうには、白竜も同じように眠る姿。



「こっちは一睡もしてねェのにぃ」



プゥと膨れながら顔を覗く。
電気は消えて、窓からの太陽の光が部屋の中を照らす。
銀の髪が、それを弾いて輝いた。



『俺は、誰も『領域』には入れやしない』



隣に立っていたあのときの、紫苑の瞳は閉じられたまま。
低い声を出したあの口は、間抜けにもぽっかりと小さく開いている。



『誰であろうとも、絶対に』



全てで、全てを拒絶する。
それは空気をも震わせていた。

あの雰囲気は今、全く感じられない。


悟空はそれを見たまま、そのまま床に座った。
のベッドに両腕をのせて、その上に顎をのせる。
横顔がの腕の影から少しだけ見える。



「……睫毛、意外と長ェのな」



小さな発見。
それは小さな嬉しさを呼ぶ。

全く起きる気配のないを見て、悟空にも眠気が移ってきた。
大きな欠伸が口から出ていく。
の姿を見ながら、ゆっくりと瞼を閉じる。



「…俺、お前の『正体』とか『領域』とか、どうでもいい」



ゆっくりと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
思考は同じ速度で、止まっていく。
悟空はそれでも、口を開いた。



「今のままでもいい。俺は、一緒にいたいだけ」



本当は『壁』とか、そんなの壊してやりたい。
『領域』だって、いらない。
沢山沢山、知りたい。

けれど、それで悲しむのなら、我慢する。

だって



「友達に、…なりてェだけだから」



同年代ってだけでも嬉しくて。
戦い方も特殊で、面白くて。
面倒臭がりだけど、礼儀正しくて。


何より

一緒にいて楽しいから





そこまで言うと、もうそこに悟空の意識はなかった。
床に座って、ベッドに両手を組んで枕にして。


朝日が昇るその部屋に、三つの寝息だけが、音を成していた。