深い眠りの中でも感じられることがある。
これは今まで生きてきた中での、経験が生きているから。

そして、『正体』が教えてくれること。



それは


『殺意』





意識が覚醒される。
瞳を開けば、明るい天井。
耳から聞こえるのは白竜の警告のような鳴き声。

肌で感じるのは、ここへと呼び覚ました『殺意』。


どん、と大きな音が響き、寺院自体が揺れ動く。
起きていたであろう悟空が大きく声をあげた。
同時に妖気が辺りを包み込んでいく。


(…また、か)


寝起きだというのに妙に冷静にモノを考えられる。
ゆっくりと上半身を起き上がらせて、紫苑の瞳を動かす。
いつの間にか自分にかけられていたのか、掛け布団が自分の上で縮こまっているのが見える。
窓の近くでは悟空と八戒、悟浄が外の様子を見ている姿が目に入った。

黒い羽織りは誰かが脱がせてくれたのか、ベッドの上に軽くかけられている。
それをちらりと見やってから、床に並べたブーツへと手を伸ばし、さっさと履き始めた。
途中で脱げないように紐をギュッと力を込めて結ぶ。



「まさか、また刺客かよ?」


「−残念ながら、その様ですねっ!」



履き終わると同時に、悟空と八戒が動き出す。
は傍にあった黒い羽織りを手に取って、我先にと扉を開け放った。
バンと大きな音が響く。



っ!!?」



後ろからは驚いている悟空の声が聞こえた。
しかし仲良く談笑している時間はない。
最早走り出していたは振り返ることすらせず、ただただ広い廊下へと足を運ばせた。



「ありゃ、先越されちゃいましたね」


「つか、何であんなにハリキってるわけ?」



三人も後ろから全速力で走りつつ、八戒と悟浄が妙に暢気なコメントを残した。
数メートル先を走るは黒い羽織りを着ずに、背負う形で全速力で走っている。

先ほどまでぐっすり眠ったとは考えられない。
また、面倒臭いとタラタラやってた今までとは全く違う行動力。



「後ろの三人さぁ、妖怪の方ヨロシク〜」



ひょいひょいと階段を数段とばしながら、何ともやる気なさげな声が返ってくる。
こんな行動をしているのに結局は此方に任せるのか。
悟浄が不満とばかりにそうツッこもうとしたときだった。



は!?」



まるで代弁したかのように悟空が声を出した。
彼は三人の中で一番体力があり、ダッシュも申し分なく速い。
当たり前かのようにの隣にまで追いついていた。

がちろりと紫苑の瞳で隣を垣間見る。
すると、金晴の純粋な瞳と僅かだがかち合った。
階段の最後の五段を、二人で軽く飛び越える。
ダンと二つの音が一つになったところで、が小さく口を開いた。



「死んでいく人を、少なくする」



紫苑の瞳は真っ直ぐ、前を向く。
そこには、確かに光が宿っていて。

見えない決意が見えたような瞬間を、悟空は見逃さなかった。
何をするのかは、今は分からない。
だが。



「…了〜解!!」



信じられるような気がした。
真っ直ぐな、の言葉を。

瞳を。


笑顔で了承すれば、走りながらもは軽く目を瞬かせた。
自分より少し背の高い、隣にいる悟空を見ながらも、走ることに集中して。



「…お人好しっていうか何ていうか…」


「え?何か言った?」



ボソリと小さく呟けばやはり聞こえていない。
悟空が聞き返す中、は別にと返して、視線を前へと戻して足を動かした。
もうすぐ妖気の根源へと辿り着ける。
鉄の匂いが微かに漂ってくる。



「…ま、とにかくヨロシク」


「おうっ!!」



元気な声が聞こえたところで、扉を二人で思い切り蹴破った。
そんなことをしなくても開くんですが、と後ろから八戒の声が聞こえる。

薄っぺらい月が小さく辺りを照らした。






僧正の長期滞在の申し出を三蔵がキッパリハッキリ悪口で返す。
そこに妖怪侵入が知らされている頃。

天上界ではのんびりと新聞を読んでいる観世音菩薩の姿があった。


地上では菩薩に助けを求めて叫ぶ多くの僧の姿があるが、残念なことに聞こえてはいない。
いや、例え聞こえ、見えていようとも何もしない。
それが神である観世音菩薩の仕事のようなものだ。



「菩薩様、何故あの四人を地上の道で行かせたのですか。天竺までならば空の航路が最もてっとり早いはず」



傍に仕える男性が声を出す。
見た目は中年である、二郎神。

観世音菩薩がこうなためか、補佐として充分活躍している。



「ただ天竺に行くだけならな。…ついでにもう五人だ、五人」



新聞を捲り、次のページへ。
聞いていなそうでしっかり聞いていたらしく、訂正まで入った。



「真の目的を遂行する為には今のあ奴らでは、実力も連帯感も極めて乏しい。その為の試練と思えば多少苦難の旅路もよかろう」


「流石、そこまでお考えでしたか」



最もなことを言ってのける観世音菩薩に、安堵の息が零れる。
唯でさえ快楽主義者なのだ。
ちゃんと真剣に考えていたことに嬉しさを覚えるのは側近として当たり前。



「−なんてな」



真剣な声色が反転。
笑みを含んだものに変わる。

嫌な汗が二郎神のこめかみを伝う。



「その方が面白そうだからに決まってんじゃん」


「−か…観世音菩薩……」



嫌な予感的中。
快楽主義者は所詮、快楽主義者。
二郎神は口を引き攣らせた。



「特に、アイツは時間が必要だろうしな」



新聞を静かに畳んで、観世音菩薩は笑みを深めた。
目を瞑れば脳裏に浮かぶ銀の髪。
面倒臭そうな紫苑の瞳。



「…それは、あの『死神』のことですか」



辛いか、という問いに簡単に「別に」と答えた、あの人物。
『死神』

ニィッと笑んだ後、観世音菩薩は椅子から立ち上がった。
外を見れば桜の花が枯れず、満開のまま花びらを散らしている。
いつもと同じ眺め。
美しい世界が広がっている。



「自分のことすら信じねェ奴だ。連帯感なんて言葉すら皆無だろうな」




地上の様子を見れば、三蔵達と行動を共にしている姿はある。
確かに壁は薄くなってはいるものの、完全に壊れることは皆無とばかりの厚い壁。
心まで許す様子はどこにもない。

むしろ、いつでも抜け出せるような間柄を保っている。



「『死神』は三蔵一向と括っても宜しいので?」


「さァな」



クツクツと笑えば二郎神は少々戸惑う。
その様子を見て、また観世音菩薩は下で咲き誇る桜を見つめた。



「ダメだったらダメで面白いだけじゃねェか」


「…観世音菩薩……」



溜め息が聞こえる。
彼は苦労性なため、放っておくと一日中溜め息を吐く。
もしくはずっとグチグチと説教をするかだ。



「まァ、どうせすぐに『答え』が出るだろうよ。『お互い』にな」



どちらかが傷つくことになっても。
どちらも辛いことになっても。

いずれ時は来るもの。









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