「ぎゃひゃひゃはぁ!!−オラ出てこいよ三蔵法師!!反逆者ども!!早く来ねェと坊主全部喰っちまうぞ!」



男の野太い声が夜空に響く。
凛とした綺麗な空気は鉄臭さで穢れたまま。

地面には数多くの死体。
爪で切り裂かれたものから、頭をかち割られたものまで多々ある。

多くの僧が犠牲になる中、葉は耳を塞いで震えていた。
目を瞑って、辺りを見ないように。
耳を塞いで、何も聞こえないように。
それでも鼻からはあの気持ち悪い匂いが体内へと入ってくる。


目の前で多くの自分の先輩にあたる僧が死んでいく。
喚きながら、狂いながら、経を唱えながら、泣きながら。
次は自分の番なのだろうか。
この世界から意識を遮断させようにも、身体の震えが止まらない。
身体は、動かない。



「じゃあ次いくか」



あの血に染まった手が、自分へと向けられるのか。
喰われてしまうのだろうか。
あの僧達のように、無残な姿になってしまうのだろうか。

絶望が聞こえる。
斧が、振り下ろされた音がした。



「葉っ!!」



次に聞こえたのは誰かが彼を呼ぶ声。
そして金属が各々ぶつかりあった音。

身体が温もりに包まれる。
血ではない、人の、温もり。
自分と同じような腕と、少し大きな身体と小さな浮遊感に目を見開いた。



「…っ!貴方は」



銀色の髪。
それを認めた瞬間に、身体に軽い衝撃が奔った。
地面へと着地したと分かったのは、しばらく経ってからだった。

紫苑の瞳とかち合う。



「怪我は?」



男性にしては高い、アルト。
先ほど聞いたときよりも、柔らかく感じられて。
恐怖で抑えられていた感情が、どっと溢れ出すかのように涙が流れた。



「…あ……兄弟子が……っ……」



言葉が震えて何を言ってるのか分からない。
は目の前で震えて涙を流す少年の頭を優しく撫でた。
くるりと振り返ってやってきた妖怪の辺りを見回す。



「なっ、お、お前は!!」



妖怪がを見て、驚きの声をあげた。
しかし、それを無視して辺りを見やる。
死体がこれでもかと言うほど転がっていた。

怪我人はいるだろうか。
目を凝らしていると、妖怪が小さく動いたのが見えた。



「無視すんじゃねェ!!」



斧を止めていたのは、空中に浮いた小さな鎌二つ。
それが弾き返されるのを見やってから、はクイクイと指を動かした。
遠くへと飛ばされそうになったそれらと、あと二つの小さな鎌が旋回しながら空中に留まる。
まるで妖怪を威嚇しているかのように取り巻いて。



「チッつまんねぇな。今度はムサい野郎一匹かよ。前回みたいな美女のサービスを期待したんだがな」



周囲の鎌に気を取られながらも、その妖怪は声のする方へと振り向いた。
半壊した大きな仏像。
そこに三人の妖怪の姿がある。

葉も小さく、息を呑んだ。



「フン。てめェらが裏切り者の妖怪三人組か。紅孩児様の命により貴様らを始末する!!」



妖怪が彼等に気を取られているその隙に。
は静かに、素早く行動し始めた。

横たわる死体の山から、怪我人を探さなければいけない。
確実に怪我人などいなさそうな中、は神経を集中させて足を動かした。


『死神』だからこそ分かること。
身体に宿る『魂』の有無。

あの死体の山から一つのそれを感じて、その場へと駆け寄る。
若い僧が爪で引き裂かれて血を溢れ出させているのが見えた。



「しっかり」



小さく声をかければ、小さく呻いて瞳を開かせる。
どうやら重症ではあるが命に別状はないようだ。
は僧に肩を貸し、担ぐようにして葉のところへと歩き出した。



「俺様にかかればひとたまりもないわ!!この五人目のようにな!!」



気付いていたのか、妖怪は笑いながら右手に持った斧を目掛けて振り下ろした。
遠くから危ない、と声がかかる。

しかし、その刃はまた金属の音と共に止められた。



「…悪いな、俺はこっちで忙しいから、アッチとヨロシクやってくれる?」



空中に浮いていた四つの鎌が一斉にを守るようにそれを止める。
刃越しに見えた紫苑の瞳は鋭く、射抜く。

斧を弾き返す四つの鎌。
はその姿を見てから、再び歩き出した。
遠くから妖怪のくそぅと悔しがる声が聞こえた。



「−おい、どー思うよ」


「態度でかくてムカツク。減点二十点」


「笑い方が下品。減点十五点」


「あー、ついでに俺ら無視してへの攻撃で減点十点だな」



仏像の上で好きにコメントをし出す三人。
どうやらへの攻撃も減点対象だったらしい。
くだらない会話を聞きながら、は怪我人も葉の傍へと下ろした。



「ち、血が…」


「大丈夫、こんくらいなら死なないだろ」



真っ青になる葉を見ながら、は自分の黒い羽織りへと噛み付いた。
勢いよく引っ張り、布を千切る。
その間にも、魂の有無を探すが、もう他は死んでしまっているらしい。
大きな事実に、は顔を顰めながら千切った布を怪我した僧へと巻きつけた。



「止血しかできねぇけど、悪いな」



黒い羽織りの一部だったであろう布をしっかりと巻きつけて止血する。
そしてまた羽織りを千切っては布を作って止血。

遠くでは三人組と妖怪が戦う音が響いている。
時折聞こえる言葉からして、今回は楽勝のようだ。
葉は目の前で手当てされている兄弟子と、遠くで行われている戦いに目を瞬かせている。



「あの人たちは、一体……」



目の前で行われている死闘。
慣れていないために、どうしていいのか分からないのだろう。
もう一度ビッと羽織りを千切ると同時に、葉は声をあげた。



「三蔵様…」



どうやら遅れて三蔵が参上したらしい。
促されるかのように視線を其方に動かすと、妖怪をストレートで殴る金色の髪が目に入った。
まさかそうなるとは思ってなかったらしく、葉はそのまま動かなくなった。



「倒れ方が不様だ。四十点減点」


「計九十点の減点ですね」



軽く計算していたらしい八戒の声には脱力しながら布を傷口へとあてた。
まだ減点は続いていたらしい。

傷口を圧迫させ、血液がこれ以上流れないように処置する。
全てを終えると、はゆっくりと息を吐きながらその場に立ち上がった。

怪我人を背負っていたため、白い小袖の背中には生々しい血液の痕。
黒い羽織りはボロボロになったまま、怪我人にかける。
遠くにいる四人と妖怪を眺めてから、両手をポケットへと入れてそこへと歩き出した。


勝利は確実とはいえ、油断は大敵。
四つの鎌は未だにあの妖怪を取り巻いて旋回している。
ザリザリという音をたてて歩くと、悟空が駆け寄ってきた。



!」


「おう、お疲れ」



軽く言葉を交わすと、二人揃って妖怪の方へと歩き出した。
八戒と悟浄はすでに三蔵の傍。
妖怪を蹴飛ばす彼の、少し後ろで止まる。



「怪我人は?」


「ほとんど死んでたけど、葉と一人は無事。命に別状はねぇだろ」


「そか!良かったな!!」



悟空から笑顔が零れる。
そんな会話を聞きながら、三蔵は地面へと這い蹲る妖怪に鋭い紫暗の瞳を向けた。



「お前ごときの刺客をよこす様じゃ、俺達はよほど見くびられているらしいな。貴様らの主君“紅孩児”とやらに」



紅孩児。

聞いたことのある名前に、は悟空へ向けていた視線を三蔵へと戻した。








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