紅孩児。
それは確か。


(…吠登城の王子……たしか牛魔王と羅刹女の…)


聞いたことがあるはずだ。
目的の場所の、王子の名前。

どこからともなく戦いに来る妖怪は、いつも『三蔵一行』を殺す目的で来る。
だからこそ彼等は『刺客』と呼ぶ。
それらが吠登城から来るということは、どういうことか。



「牛魔王蘇生実験の目的はなんだ?その裏に何がある」



牛魔王蘇生実験。

はその言葉に息を呑んだ。


三蔵達はそれを止めるために西へと出向いているのだ。
それを止めるために『刺客』を送ってくるのだとしたら全て合点がいく。


ということは、目的地は一緒。
そして、その『目的』すらも訳は違えど同じ。


(…だから、か?だからオンは俺に三蔵達と一緒に行けと…?)


目的地が同じならば、結局旅はずっと続くことを意味している。
『正体』を見せない場合。

吠登城に着くまで。
目的を達成するまで。


壁をそのままにしておけるのか。



確実なのは目的を達成すること。
そのためなら何でもすると決めた。

拳を握り締めて、は前を向いた。


壁が壊れる時が来るのならば、その前に逃げる覚悟で。
そうでないと此方が殺されるかもしれない。

『もしも』のときは、この手で。



「…へッ」



妖怪が吐き捨てるように笑った。
あまりにも下賤な瞳が目の前の三蔵と通り越してを見た。



「五人目、ねェ」



どうやら三蔵一行の五人目だと勘違いされてるらしい。
と三蔵は同じタイミングで顔を顰めた。



「それ勘違いだから。俺はこの一行に加わる気はねぇよ」


「こっちもお断りだ」



二人でお互いお断り。
それに妖怪はまた笑った。



「ハッ…まァそうだろうな。五人目の『正体』も『正体』だ。…何せてめぇは」



そこまで彼が話した後、言葉は途切れる。
代わりに悲鳴が辺りに響き渡った。

大きな、男妖怪の悲鳴。
右腕が肩からはずれ、血が噴出す。
傍には赤黒く光って旋回している鎌が一つ。
もう三つはまだ銀の刃を輝かせている。



「余計なことは言わんでよろしい」



低い、低い声。
紫苑の瞳は、鈍く光る。

ただでさえ寝起きを起こされた。
多くの僧が殺された。
目的地が同じことでさえ混乱していて機嫌が悪いというのに。

ここで正体をバラされたら、また面倒になる。



「今度は首刈るからな」


「…クッ…ハッ…クハハッ……教えてやってもいいんじゃねェか」


「お前に指図なんかされたくねぇよ」



四つの鎌が光る。
月の光を反射させて、同じように髪と瞳が光った。



「俺は、誰も『領域』には入れやしない」



凛とした声が夜の闇に響いた。
四つの鎌が頷くようにの手元へと戻っていく。
立てた人差し指の上を、各々静かに旋回して。
その一つを握ったところで、は大きく口を開いた。



「誰であろうとも、絶対に」



自分への誓い。
そして、三蔵達への忠告を含めて。

言い放つ。


悟空や八戒、悟浄の視線が注がれる。
そして、月の光すらも。



「…ククッ…ギャヒャヒャハァ…!!まぁ、お互いさまだろうからなァ…」



痛むであろう右肩を手で押さえながら、妖怪は大きく笑って静寂を切り裂いた。
また何か言うのだろうか。
の紫苑が鋭く光り、傍にある三つの鎌が旋回の速度を増した。
彼はそれを知ってか知らずか、今度は目の前の三蔵へと下賤な目を向けた。



「あんた血生臭ェな…今まで何人の血を浴びてきた?『三蔵』の名が聞いてあきれるぜ」



今度は三蔵へ。
彼は鋭い紫暗の瞳で這い蹲る妖怪を射抜いた。



「十点減点。…ゲームオーバーだ」



ゲームオーバーは妖怪の死を意味する。
しかし、妖怪は笑みを濃くした。



「…バーカ。言われなくても死んでやるよ」



小さく、カチリと音がした。
まるで、何かのスイッチが入ったような。



「−よけて三蔵!!」


「!!」



八戒が叫んだ瞬間、目の前は炎の色に染まった。
ドン、という大きな音が、地面を揺らす。
数々の破片が飛び散る中、四つの鎌は自動的にを守るようにそれらを破壊していく。



「何、もしかして自爆したってやつ!?」


「…マジで?」



悟空と悟浄が言葉を出すときには、炎などもうどこにもない。
砂埃が辺りを包む中で、三蔵がただそこに立っている姿だけ確認できた。



「大丈夫かよ三蔵!?」


「ああ、大したことない」



彼はどうやら頬にかすり傷程度で済んだらしい。
駆け寄る悟空を見届けてから、はそこらで回転させている鎌に意識を飛ばした。
もう破片は飛んでこない。


(…戻っといで)


やる気なく、そう心で唱えるとそれらはまるで空気になったかのように消えた。
両手をポケットに入れて、空を見上げる。
月は消えて、東からは太陽が顔を出そうとしているのが見えた。



「あなた達は…何者なんですか!?」



突然の後ろからの問いかけ。
振り向くと、葉がそこに立っていた。
目を見開かせ、恐怖に怯えたままで。



「今までにも沢山の血を浴びた…って、こんな風に殺生を続けてきたのですか!?」


「…っあのなぁッ仕方ねーだろ。ヤらなきゃヤられちまうんだからさぁ!?」



悟空が声を荒げた。
本当は、気にしているのだろう。

彼は、優しいのだから。



「それが良い事だとは僕らだって思ってませんよ。−でも」


「良くないにきまってますよ!たとえ誰であろうと命を奪うという行為は御仏への冒涜です!」



この世界を知らないからこそ言える言葉。
はのんびりとその光景を見るだけに留まった。
ここで下手な台詞を吐けば、また面倒なことになるのだろうから。



「−おい、お前それ本心で言ってんのか?これだけ身内が殺されてもそんなこと言えるのかよ」



三蔵の低い声が良く透る。
誰もがそこを見つめている中、は背を向けた。
そして、怪我をしている僧へと歩み出す。



「そんなに『神』に近づきたかったら死んじまえ。死ねば誰だろうと『仏』になれるぞ。そこの坊主達みたいにな」



そんな言葉を背負いながら、は横たわる僧の顔を見た。
どうやら血液は止まったらしい。
顔色はまだ青いままだが、ここの施設での治療で回復できるだろう。



「…今、他の人たち連れてくる。んでもって、最適な治療を受けんだな」



三蔵達には聞こえないように、耳元で囁く。
すると意識があったのか、コクリと頷く彼の姿があった。

生があることは素晴らしいこと。
はフワリと微笑んで、その頭を撫でながら立ち上がった。


目指すは寺院の中で震えている僧たちに援助を求めること。
両ポケットに手を突っ込んで、地面を軽く蹴り上げる。



「−でもまあ残念なことに」



悟浄の声が聞こえる。
寺院への蹴破った扉を潜ろうとして、一度そこを振り返った。

金色の太陽が、東から昇ってくる。



「俺達は生きてるんだな、コレが」



その光を反射させるかのように、輝く。


三蔵も

八戒も

悟空も

悟浄も



(…やっぱり、俺とお前らとじゃ、相容れないな)


まるでそんなことを知らしめるかのように見える。
彼等は太陽を背負っているかのように、眩しいのだ。
覚悟も、心も。

壁は崩さない。
彼等が太陽ならば自分は夜の闇。
目的が一緒でも、相容れないモノ。


彼等に背を向けて、は寺院の中へと入っていった。
暗い、暗いその中へと。













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