「−オイ、待ちやがれ!!」



一人の妖怪の声。
振り返れば、銀髪の持ち主で、先程まで倒れていた彼がいきりたっている。
青筋を作って、此方を睨んでいる。



「勝手に持ち帰るんじゃねェよ!!!その女は俺達のエモノだ!!そこのガキもな!!」



どうやら彼等はまだ旬麗を諦めていないらしい。
ナイフを持ってるあたり、攻撃してくるのだろうか。
それよりも。



「…あれ、俺まだカウントに入ってる?」


「なんでお前まで入ってんだ、そこに」


「…さぁ」



三蔵が呆れて返す中、も首を傾げる。
確か先程、鎌を出して威嚇したつもりだったのだが、幻として処理されてしまったのだろうか。
それ以上に見た目、ただの少年のにそこまで価値はない。
美味しくもなさそうだというのに。



「うっせェ!なんならテメエらも、ミンチにして喰ってやろうか?」


「ンだとォ!?」



売り言葉には買い言葉。
悟空がくってかかろうと、前に出る。
元気だなぁとはのんびりと後ろから見てると、悟浄がヒラヒラと手を振った。



「−ああ、今日はヤメとこぉ。今はあんましヒトゴロシとかしたくない気分なの、俺」



声からして本当にやる気がない。
やる気がない、というよりも、何か良い気分だからそれを壊したくないとか、そんなもののような気がする。
とりあえずその言動は珍しいらしく、八戒が瞬きしているのが目に入った。



「だから大人しく帰ってクソして寝ろや。OK?」


「なッ…」



その一言で彼等を煽っていることに気付かないのだろうか。
妖怪の一匹の顔が怒りで赤くなっていく。
しかし、それを気にすることなく、三蔵一行は揃って歩きだした。



「さ、行こか」


「おばさんも心配してるでしょうしね」



そうと決まればの行動が早い。
は彼等についていく前に、ペコリと頭を下げた。



「どっちにしろ、俺美味しくないから。じゃ、さよなら」



変なところで挨拶。
そして彼等に続いて、踵を返して歩を進めた。
しかし、妖怪達の怒りがそこで治まるわけがない。



「−おい、ナメてンのかてめェら!?」


「−おい、ちょっと待て!!あの赤髪の男…」



足が進む中、妖怪達が話を始める。
大きな声で、まるで、三蔵達に聞こえるように。



「俺、昔聞いたことあるぜ。人間と妖怪の間にできた禁忌の子供は、深紅の瞳と髪を持って生まれるってな」


「−何だ。じゃあアイツ、出来そこないじゃねェかッ」



三蔵達はまだ歩みを止めない。
だからこそ、も止めない。


深紅の髪と深紅の瞳を持っているというだけだというのに。
人間と妖怪の子なだけだというのに。
何が出来損ないなのか。

立派に生きているというのに。
下手な人たちよりよっぽどいい。

優しいし、イイ兄貴分だし。
周りを見て、心を汲み取るのが上手だし。
エロいし、ガサツだし、子供っぽいけれど。


(彼は悪くない)


勿論親もだ。
これから親になりえる人たちだって悪くない。

これから生まれてくる、子供だって。



「アソコの毛も赤いのかよ。ええ?出来そこない」



『出来そこない』って。
どういう意味なのか。

分かっているのだろうか。



彼の言葉が終わらないうちに瞬時に動く三蔵達をただ見て。
言い終わった後にすぐさま動く悟浄をただ見て。

はただ、ゆっくりと振り返った。


役割分担をしたわけではない。
だが、しっかりと三人が三人とも、各々妖怪の前へと立っていた。

一人は銃を口に入れて。
一人は両頬をつぶすように持って。
一人は胸倉を掴んで。

そして三人の妖怪の後ろから、小さい鎌の刃が首筋にあてられていた。
あと一つの鎌は、の手に握られている。



「ホラ、『口は災いの元』って、よく言いますよねぇ?」



笑顔の裏に、怒気が見える。
八戒はゆっくりと片手に力を込めた。
両頬が、つぶれていく。



「続きが言いたきゃ、あの世でどうぞ」



語尾にハートマークをつけて、いつもの優しい笑顔。
痛いらしく、妖怪が声をあげている。
悪かった、と謝罪の言葉を述べる彼等をしっかりと睨んでから、はスと彼等の首へ向けた鎌を消した。



「…『出来そこない』の意味、ちゃんと足りない頭で理解してから言いなよ」



の手にある鎌も消える。
紫苑の瞳を閉じて、拳を握った。

『出来そこない』は。
人間と妖怪が仲良くできる世界に生まれるものという意味じゃない。



「悟浄が『出来そこない』だったら、この世に生きる全ての生き物がそれだし、お前達は塵にもなれないよ」



立派に生きてる彼が出来そこないなら。
この世に立派に生き抜いてる全てが出来そこない。



「じゃ、さよなら」



もう言うことはない。

は倒れた三人の妖怪を紫苑の瞳で見下ろした。
恐怖に怯える彼等。
それに背を向けて、はスタスタと歩きだした。

悟浄の隣を通りすぎ、ジープへと向かう。
中では、旬麗が眠っていた。



「−詫びるくらいなら、最初っから言わなきゃいーんだよ。バァーカ」



三蔵のそんな言葉を聞きながら、はジープに乗り込んだ。
白竜が小さく鳴く。
座席を優しく撫でて、隣の旬麗を見てから、はそのまま目を閉じた。


(『出来そこない』は、彼等じゃない)


悲しい瞳をして。
きっと悲しい過去を持っても尚、しっかりと生きている彼等じゃない。


(…それは、俺、かもしれないな)


過去を未だに引き摺って。
ただただ『死神』という観念と、死んだ『彼』と、だけが光。


(…疲れたな)


下手にキレた。
だが、上手にキレれば、あの妖怪達は自分があっさりと殺してしまっていたかもしれない。
ここは、良くやったと言っていいだろう。


(…ああ、面倒くさい)


フゥと溜め息が零れる。
朝早く起きたからこそ、眠気が襲う。


(…でも、よかった)


優しい旬麗を助けられて。
どこかに似た、彼女が無事で。
彼女の彼氏である『茲燕』がここにはいなくて。



「…大丈夫。洗濯物を干して待ってて」



想っていて。
ずっと、ずっと。
彼のことを、待っていて。



「きっと、帰ってくるから」



約束は出来ないけれど。
でも、ここまで想いが強ければ届くかもしれない。


『求めよ、されば与えられん』


どこの誰が言った言葉か忘れてしまったけれど。



「…大丈夫」



貴方達の明るい未来を。
見てみたいから。

頑張るから。



気付けば、の意識はこの世界から切り離された。
朝から走って、疲れたためか。
久しぶりにキレたせいか。

どちらにしろ。
反省していなかった妖怪達が飛び掛って、悟浄に殺されることなど知らずに。
旬麗の、優しい香りに包まれながら。

心地よい夢へと。