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目が覚めれば、青い空が見えた。 綺麗な、綺麗な。 「お、起きたかよ、おチビ」 「……おはよう」 青い空が深紅に遮られた。 綺麗な綺麗な、深い紅。 上機嫌らしい彼は、ニィっと笑って銀髪をグシャグシャと乱暴に撫でた。 遠くからは八戒らと、半おばさんの声がする。 どうやら村に帰ってきていたようだ。 「…旬麗は?」 「気絶したまんま。でももう出発するってよ」 「そか」 グシャグシャになった髪を整えながら、顔をあげる。 旬麗の家の前。 洗濯物は干されていない物干し竿は、寂しげだ。 もう少しここに居たかった。 だが、そんなことをしていては目的が果たせない。 「…今度来たときは、今以上に沢山の洗濯物が干ささってほしいな」 彼氏の分と。 子供の分と。 旬麗の分と。 沢山の沢山の、想いと一緒に。 「…つか、お前どーした?」 「何が?」 「今回やたら旬麗に拘るじゃねェか」 確かに、寺院のときも必死に動いていたが。 そんな感想を零すことなど、今までなかった。 確かにそうだなぁとはぼんやりと考え始めた。 「きっと」 優しい手が嬉しかった。 優しい笑顔が嬉しかった。 でもそれ以上に。 「…大切な、女性<ヒト>に、似ていたから」 瞳を閉じれば、脳裏にいる彼女。 今の自分を支える光。 。 「…だから、かな」 無意識に、口の端が上がる。 瞳を閉じて、彼女の幻影を追って。 途端、頭の上に重みを感じた。 見なくても分かる腕。 何せ、他に誰もいないのだから。 「…重いんだけど、悟浄」 「あー?チビのくせにいっちょ前に大切な女がいるとか言ってるからだろー?」 頭が重くて、持ち上がらない。 何故そこでそうなるのか分からないが、はただそのままにしているしかなかった。 全く面倒くさい。 重い。 早く他の三人が戻ってくることを祈るばかりだ。 「…お前さ、俺のこと聞かなかったんだって?」 悟浄のトーンが落ちる。 からかいのものではなく、普通の声。 それは八戒から聞いたんだろうか。 内容からして、そうとしか思えない。 「あー、別に興味なかったから」 「オーイ、それはそれで傷つくんだけどー?」 重みが増す。 うっと声をあげるが、それは止まらない。 もはや上半身は沈みきっていた。 「聞いときゃ良かったんじゃねェの?聞くだけタダってな」 「イタタタ…良いだろ別に。俺は話さないから聞かないって決めてんだから」 「……ホンットお前、律儀っていうか、バカっていうか」 「何とでもどうぞ。…ってかイタイって。早くどけろよ」 いい加減首も腰も折れそうだ。 上では喉の奥で笑う声と、煙草独特の香りがする。 乗っかっておいて、暢気に笑って煙草を吸ってるんだろうか。 せめて灰は落とさないで欲しいものだ。 「ガキだねェお前も。アイツ等も俺も」 「何を今更…イタタタタタタ!!」 もうの上半身は悟浄の体重で潰れていた。 背もたれのように扱われては、どうしようもない。 遠くの談笑が酷く憎くなる。 「ったく、可愛いくねェなお前は」 「俺が可愛くなったら世界が滅びるし、可愛いと言った奴は頭が危ない」 「…どんだけ否定してんのよ」 ようやく重みが消えた。 安堵の息が零れ、上半身が元の位置へと戻る。 背筋を伸ばしていると、隣からはやはり笑い声が零れていた。 本当に上機嫌だ。 「…お前には」 「ん?」 「お前には、この紅は何に見えるんだろうな」 チビで、可愛くなくて。 ガキなくせに大人ぶって。 自分を見せまいと必死になってるには。 この紅は どう、見えるのか。 隣を見上げれば、深紅の瞳に深紅の髪が映っていた。 長いその髪を摘んで、その瞳に映すそれはもっと深い紅になる。 笑んだまま銜えた煙草の紫煙が、空へと消えていく。 (綺麗な紅) もしそれを何かに例えるのなら。 きっと。 きっとそれは。 「トマト」 「…………………は?」 ピタリと動きが止まり、ゆっくりとへと視線が下りてくる。 は気にすることなく、深紅の瞳を捉えた。 「だから、トマト。八百屋に並んでる、新鮮なやつ」 他にも言い様があっただろう。 夕焼けとか、朝焼けとか。 血とか。 他にも沢山ある中で、トマトとしか出てこなかった。 静かになるジープの中。 それが消えたのは、が首を傾げてからだ。 「熟して、美味しいやつ」 「……トマ、トってお前………ブッククク……マジかよ…猿よりバカじゃん…ハハハハハ!!!」 真剣に考えって言ったのに、問題を出した彼は大爆笑。 腹を抱えて笑い始めてしまった。 (あれ、これまたデジャブ) 観世音菩薩に似ているかもしれない。 こっちは真剣だというのに、あっちは大爆笑というこの構図。 ここまで来ると慣れの方が早いかもしれない。 笑い続ける悟浄を無視して、は玄関を見つめていた。 本当に、早く三人来ないかなと。 「あー…ホンットに変な奴だよ…ククッやべ、腹痛すぎ……」 「よかったなー」 もうどうでもいい。 また軽く頭に腕の重みを感じる。 今度は手加減しているのか、重くはない。 クツクツと喉の奥で笑いながら、悟浄は紫煙を思いっきり吐き出した。 「『出来そこない』のやつにしろ、『トマト』にしろ、面白いヤツ」 「はいはい、良かったすね」 玄関からはようやく、三人が出てくる。 半おばさんに挨拶をしながら、歩みを進めてくる。 が起きていることに気付いた悟空は、笑いながら走ってくる。 「悟空が気に入る理由が、分かった気がするわ」 面白い発言。 時々口から零れる、言葉。 これがまた、ツボに入ることを感じて。 は頭をグシャグシャに撫でられる手を感じながら、その言葉は聞かなかったことにした。 心を抉る言葉を、頭に留めないように。 面倒臭いという言葉で、その心を括って。 |