クスクスクス、と可愛いく笑う女性が目に入る。
手にはカゴと、沢山の服。
彼女は涙を流すほど笑っていた。



「あ…ごめんなさい。あんまり楽しそうだからつい……」



綺麗な女性だ。
笑うと一段と。
は泳ぎをやめて立ち上がり、ペコリと頭を下げて笑顔で「こんにちは」と言葉を出した。

どんなときも挨拶を忘れない。
女性も少し遅れて「こんにちは」と返してくれた。
笑いながら、というあたり本当に面白かったらしい。



「俺をこいつらと一緒にしないでくれ」


「もしかして洗濯にいらしたんですか?スミマセン、水を汚しちゃって」



頭を抱える三蔵と、丁寧に応対する八戒。
そんな二人を見ながらは岸へと泳ぎだした。



「…それよりどーすんだよ。替えの服までズブぬれじゃんか」


「自業自得だろ?少しは濡れたまま反省してなよ、ほんと」



悟浄が岸にあがっている荷物を目で確認して嫌そうに顔を顰めた。
だが、それは悟浄が言える台詞ではない。
言えるのはあの取っ組み合いに携わらなかった三人と白竜のみ。
の言葉に「まったくだ」と珍しく賛同したのは三蔵だ。
それほど頭にキたのだろうことが、良く分かる。



「………あ、服を乾かすならウチの村まで来ませんか?笑っちゃったお詫びに、熱いお茶でも」



ふんわりと優しく微笑む女性。
彼女が洗濯をしにきたというのなら、確かに近くに村があるはずだ。
は顔だけを水の上へと出して三蔵達の決断を待つ。

だが、きっと行くことになるだろう。
このままでは拉致があかない。



「じゃあ、お言葉に甘えましょうか」



八戒がそう言えば、頷く面々。
各々陸へとあがり、出来るだけ自分達の服が吸った水を絞り出す姿がある。
はもう一度顔をつけて岸へと泳ぎ出した。

別に歩いても岸へと着けるのだが、またいつ泳げるかは分からない。
ならば、この綺麗な水を少しでも堪能しておきたいところ。


(本当に綺麗な水…)


水が命を生む。
小さな魚を見つけながら、は自然と笑んだ。
生まれ、育まれることを、久しぶりに感じられたから。

岸へと辿りついて顔をあげる。
水しぶきが太陽の光を反射させてキラキラと輝いた。
紫苑の瞳に青空を映して、銀の前髪をまたかきあげる。



「何気持ち良さそうに泳いで満足しちゃってンのお前は」



瞳を岸へと戻せば、そこには悟浄がいた。
しゃがみこんで、まるで魚を見つけようとしている人みたいに紅の瞳で覗き込んでいる。
その呆れ顔を見ながらは陸へとあがった。



「だって気持ちよかったし」


「そーかよ。お前が泳いでるうちに、あいつらさっさと移動しちまったぜ?」


「ありゃ?」



そう言われて辺りを見回してみれば、確かに他の人物がいない。
濡れたままでは風邪を引くだとか、そういうことでさっさと行ったのだろうか。
きっと悟空は八戒にでも促されてついていったのだろう。

となると。



「もしかして、悟浄が残った俺の監視係?」


「イイ笑顔のアイツに言われて渋々な」



あーあ美女と一緒に行きたかった、と面倒そうに息を吐く悟浄を見ながら、はとりあえず小袖を絞った。
イイ笑顔といえば一人しかいない。
容易に想像できるその顔を思い返しながら、はのんびりと立ち上がった。
傍に置いてあった黒い羽織と、自分の荷物を背負う。



「ありがと」


「ハイどーいたしまして」



悟浄もゆっくりと立ち上がる。
歩き出すそれに、も進む速さを合わせた。

びしょびしょのまま歩いているために、三蔵達のその跡が目印。
二人がその上を歩けば、その水滴の跡は一層濃くなった。



「悟空が、俺が残るってきかなかったぜ?」


「あ、そうなの」



悟浄とは軽い会話が成り立つ。
お互い干渉するのが嫌いなせいもある。
携わりのない会話はお互い得意なせい、というのもある。

のんびりとしたスピード。
心地よい風。
それが紅の髪と銀の髪を優しく乾かしてくれている。



「猿に随分愛されちゃってんねぇお宅」


「色々分かってないだけだろ、アイツは」



淡白な言葉の往復。
のんびりとした空気にはのんびりとした会話。
悟浄はびしょぬれのポケットに両手を入れながら、ふぅと溜め息を吐きながら進んでいく。



「まったく、お子ちゃまは考えが単純でイイねぇ」


「ですね〜」



まったく心が篭っていない返事を返す。
遠くに村が目視できたところで、も同じように溜め息を吐いた。

ここしばらく忙しかったというか、考える暇がなかった。
心には留めておいていた『宣誓』はまだ有効だ。
八戒に目的を話しただけで、アレ以上は大切な何かを零してはいない。
それだけが、唯一の救いにも思える。



「三蔵は三蔵で変にストレートだしィ?」


「うん」


「八戒は八戒でイイ笑顔で探るしィ?」


「うん」



愚痴のような、腹を探られているような。
相槌を打ちながらも、どんどん面倒になってくる。



「で、お前はお前で、頑張って『壁』作って『領域』張って躍起になってってか?頑張るねぇホント」



おにーさんマネできなーい、とどうでも良さそうに言葉にする。
隣を見上げれば、紅の瞳は青空を映している。
本当に面倒そうに言う悟浄を見てから、は前へと視線を戻した。



「そーいう悟浄も色々大変だよな」


「ハァ?」



訝しげな言葉と視線が飛んでくる。
はそれを感じながらも、見ることはしない。



「なんだかんだで、全体を見て、考えて行動してる。そんなこと俺マネできねぇし」



人の扱い方をしっかりと心得ていて。
他人の感情に敏感に反応して行動する。

からかったり、怒ったり、笑ったり、励ましたり。



「イイ兄貴役でないの」



悟空の遊び相手。
三蔵の裏の理解者。
八戒の親友。

それぞれでちゃんと、成り立っている。
三蔵一行の中で。



のんびりと言ってやると、悟浄はぽっかりと口を開けた。
それどころか、紅の瞳を見開いている。
上からの容赦ない視線に、は若干顔を顰めた。



「…何、俺変なこと言った?」



さすがにこんな視線を向けられるのは嫌なんだけど、と顔をあげる。
すると、悟浄はしばらくポカンとした後。
軽く震えて。



「……お前、ホンットにさァ……クククッ」



ケラケラと笑い出した。
面白い、とばかりの大爆笑。
一体何がどうなってるのか、に分かるはずもない。
顔を顰めていくの顔を見て、またもや笑いが増している。



「あーッ…ハーッ…あーウケる」


「そりゃよかったな」



何故だろう。
デジャブを感じる。
あの、観世音菩薩と名乗ったあの神のときみたいだ。

涙を流すまでに笑った悟浄は、息を整えながら顔をあげた。
そして大きな手で、グシャグシャとの頭を乱暴に撫でる。



「わたたたた、何」


「いンや別に?面白いこと言ってくれた礼」


「知らねーし、いらねー」



そう言い放てば、また笑う。
もう一度頭を乱暴に混ぜながら歩み出す。

その歩みは、先ほどよりも軽いもの。



「オラ、さっさと行くぜ?チビ猿よりもおチビなおチビ


「なんなんだよもう…」



促されるまま、も歩みを進める。
変に上機嫌な悟浄の後ろを、同じテンポで歩く。

日はまだ、高いまま。










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