ドンドンと、玄関の扉を叩く音がする。
皆が視線を寄越す中、女性の声が聞こえた。



「旬麗<シュンレイ>!アタシだよ、入っていいかい?」


「あ、おばさんだ。どうぞ!!」



この女性は旬麗、というらしい。
何と綺麗な名前。
が洗濯物を全てたたみ終えると同時に、扉は開かれた。

中年の女性。
頭の上におおきなお団子を作って、人の良さそうな笑顔が印象的だ。



「お隣の半おばさん。料理が凄く上手いんです」


「お昼ごはん作ってきたよ!皆で食べとくれ」



彼女の手には大きなお鍋。
料理を作ってきてくれたらしい。
それにすぐ飛びついたのは悟空。
嬉しそうな声を聞きながら、はたたんだ洗濯物を持ち上げた。



「この洗濯物は、どうしたら?」


「あ、ごめんなさい手伝わせたままで!こっちよ」



促されるのは三蔵達四人が着替えた部屋。
は何ともなさそうにその後に続いた。

その部屋のタンスに、しっかりと仕舞いこむ。
洗濯物は全て、男物だ。



「寝る部屋はここでいいの?貴方は女の子なんでしょ?」


「あ、別に平気です。女っての、意識しない連中なんで」



先ほど悟空が素晴らしいほどの反応を示していたが、もうそんなことはないだろう。
『女』だということで、彼との『壁』を作れるのならば嬉しいのだが。

そんなことを考えながら、最後の洗濯物を仕舞う。



「そう?じゃあ後でここにお布団敷いておくわね」


「ありがとう、何が何まで」


「フフッいいのよ」



何故か頭を撫でられた。
本当に子供扱いされているらしい。

優しいその手に、は小さく、赤く顔を染めた。



「じゃあ、ごはん食べててね。私はまだ干す洗濯物があるから」


「う、うい」



優しい微笑み。
自分より身長が高い、彼女はまるで姉のようだ。

どこか、に似ている。


皆のいるところに戻れば、悟空は既にごはんを食べる臨戦態勢。
旬麗はさっさと洗濯物を干しに出て行った。
彼女の後ろ姿を見てから、は椅子へと座った。



「さ、たんとお食べ」


「ありがとう、おばさん。いただきます」



パン、とは両手を合わせて礼をする。
が、それをせずに悟空は真っ先にごはんへと手を伸ばした。
礼儀はゼロ。
まったく対照的な二人の見た目少年。

おばさんはカンラカンラと笑って、話好きなのか口を開いた。
何故こうなったのかを聞きたかったらしい。
大体は八戒が応対する、という形に落ち着いた。



「−へえ。じゃあアンタ達は西へ向かってるのかい。この村はいい所だよ。しばらくいるといい」


「少々訳ありでな。先を急いでいる」



ここまできて言葉を出したのは珍しく三蔵。
断わり慣れていることが見受けられる。
その言葉に、おばさんは気を悪くすることなく笑った。



「いいさ。若いうちは旅をするモンだ。それにね、アタシ達に感謝してるのさ」


「感謝?」



どこから感謝が出たのか。
八戒が問い返すと同時に、の頭の上に乗っていた白竜が首を傾げた。
というのも、が首を傾げようにも傾げられなかったから代わりに傾げたらしい。



「ああ…何せ、旬麗の笑顔なんて久しぶりに見れたからね」


「…え?何それ、マジで?」



食べながら悟空が声を出す。
おばさんの瞳が窓の外へと移される。
促されるかのように、の紫苑の瞳もそちらに動いた。

洗濯物を干す、旬麗。

笑顔を浮かべたまま、洗濯物を干す。
青い空と、干していく色とりどりの服。
綺麗な、コントラスト。

笑顔がなかっただなどと、考えられない。



「旬麗にはねえ、そりゃあ仲の良い恋人がいたんだよ。−だけど彼は妖怪だったんだ…」



旬麗は人間。
彼が妖怪であるのならそれは異種間の恋。
交わることは、禁忌。

しかし、この村の人たちはそれを知っていながら、祝福していたらしい。
二人共、本当に働き者で、良い子だからと。



「…だけどそれも、一年以上前の話さ。アンタ達も知ってるんだろう?世界中の妖怪達が急に凶暴化したことをー」



そう聞くと、随分昔の話のよう。
は静かに瞳を閉じた。


一年前、村の妖怪達全てに異変がおとずれた。
彼もその中の一人。
完全に自我をなくす前にと、旬麗をふりきって飛び出していったという。

そしてそれきり、帰ってはこない。
その日から、旬麗の笑顔は消えた、と。



「…じゃあ、この服は、その方の物なんですね」



優しい声色。
はゆっくりと目を開いた。



「…きれいに洗濯してあるだろ?」



旬麗は恋人がいつでも帰ってこられる様に。
淋しさをまぎらわす様に。
いつも、ああやって洗濯をする。



「その大事な服をあんた達に貸したのも、『笑ったお詫び』じゃあなくて、笑顔を与えてくれたお礼なんだろうよ」



柔らかな、服。
優しい、香り。



「…そっか。だから、こんなに優しいんだな、この服は」



あの人への想い。
過去からの想い。
そして、未来への想い。

沢山の想いを込めた、洗濯物だから。



「アタシ達はね、茲燕<ジエン>が生きていることを願うばかりだよ…」


「『ジエン』…!?」



旬麗の彼氏であろう名前に反応したのは、煙草を銜えて火をつけたばかりの悟浄。
八戒も軽く目を見開いているのが、目に入った。



「その男、『ジエン』ってのか!?」


「ああ、そうだよ。いなくなる四年程前にこの村に来たからね。本名かどうかは知らないけどー」



ガタリと立ち上がり、異常な反応を示す。
驚きと、緊張に染まるその表情は初めて見るもの。
おばさんはただ、のんびりと首を傾げた。



「何だ、知り合いかい?」


「−いや、どうなろうな…」



冷静を取り戻した悟浄は静かに答える。
現実に戻ったかのように見える。
が、彼の紅の瞳は遥か遠くを見つめているよう。

過去という、遠くを。


三蔵と悟空が疑問に思い、八戒が何か言いたげに見つめる。
おばさんが戸惑いを感じる。


はただ、窓の外を見ていた。
洗濯物を干す旬麗。

見えざる彼の『領域』に入らないようにと。








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