スリッパがタシタシ、と独特の足音を鳴らす。
廊下を歩いて、さてどこへ行こうとが思っていたところだった。

ごはんを食べていた場所に、明かりがついている。
そして、二つの声が聞こえた。


旬麗の声と、悟浄の声だ。



「で、俺よりイイ男?」


「どーしてすぐそーゆうことを…」



どうやら口説き中らしい。
ここに入るとなると、野暮、というもの。
たとえ旬麗に彼氏がいたとて、それはには関係ない話だ。


(うーわ、どうしよう)


後ろに戻れば、八戒が悟浄の『領域』に一部を喋っているに違いない。
前に行けば、悟浄と旬麗の、もしかしたらピンク色の話に耳を傾けることになる。

そこらの部屋に逃げ込むという手もあるが、勝手に入ってはいけない。
これは礼儀だ。


逃げ道はゼロ。


(…いや、ほんと、どうしよう)


トイレに閉じこもろうか。
だが、それは迷惑になり兼ねない。

あちこち適当に逃げ道はないかと探す。
廊下なのだから、ほぼないと言っていいのだが。


(…こうなったら、外?)


窓。
スリッパを汚すわけにはいかないし、靴下も汚してはいけないのだが。
裸足なら、いけるだろうか。


(……よし、それでいこう)


逃げ道はそこしかない。
スリッパを脱いで、靴下を脱ぐ。
窓を開けて、は冷たい空気の中へと入った。

肌に直接伝わる草の感覚。
大きな、生命力。

夜が確実に深まっていくために、闇は深い。
だが、その分、空は星と月で地面を照らした。
キョロキョロと辺りを見回せば、梯子があった。


(…あ、屋根まで繋がってる)


家に直接くっついている梯子で、屋根まで上れる。
どうせこのままでもつまらない。
はすぐにそれに手をかけた。


冷たい鉄のそれを上りきれば、そこは何も障害のない屋根。
大きく、広い星空。
小さな村だからか明かりが少ない。
だからこそ、頭上の星は酷く輝いた。


(綺麗だなぁ…)


力強く輝く星。
控えめに輝くのは、三日月。

冷たい空気が、逆に心地よい。
近頃は夜での妖怪襲撃が多かったため、こんなに良い夜なんて久しぶりだ。
鉄の匂いがない、この夜が。


温かい、この村。
温かい、旬麗と、おばさん。
まだ見ぬ、旬麗の彼氏の、温かい『ジエン』。


(人間と妖怪の異種間だとかどうだとか、そんなんどうでもいいじゃん、な)


二人が幸せで。
周りも祝福だなんて、なんて幸せな話。

もし生まれてくる子があるのなら。
たとえ深紅の髪と深紅の瞳を持って差別されようとも。
きっときっと、幸せに生きられる。


(愛してくれる人がいるのなら、それが幸せ)


人間でも、妖怪でも。
動物でも、植物でも。

『死神』でも。


が、いるから。あの人がいたから、俺は幸せだよ)


辛いけれど。
だけれど。

今はもう、あの人はいないけれど。

という親友がいて。


自分を、愛してくれたから。



(今は、きっと憎いんだろうけどな、俺のこと)


それでも幸せを感じられる。
歩いていける。

過去の、ものであっても。
それが道標のように、前を明るく照らしてくれる。
闇の、中を。



「…本当に、いい夜」



は屋根の上に寝転がった。
星空が真正面に見えるこの場所は、なんて特等席なのだろう。
遮る屋根も、木々もない。

宝石箱をひっくり返したよう、という言葉のように。
美しい空。



のんびりとそのまま夜空を見つめていると、しばらくして家の中が騒々しくなった。
誰かの名前を呼んでる誰かの声が聞こえる。



〜!?」



呼ばれているのはどうやら、自分だ。
声からして悟空。
なんなんだ、とは屋根の上から下へと顔を覗かせた。



「何〜?」


「あ!?今の声聞こえた!」


「あ〜?いたのかよ」



悟空と悟浄の声だ。
探していたのだろうか。
遠くからは八戒の声まで聞こえてくる。



どこだ〜!?」


「上〜。屋根の上〜」


「屋根の上ェ!?」


「あ、その廊下の窓の下にスリッパがありますよ三蔵」


「ったく。なんなんだあの野郎」



三蔵の声すら聞こえてくる。
窓の方をただただ見下ろしていると、悟空と悟浄が顔を出した。



「よ」


「あ、いた!!何やってんだよそんなとこで!!」


「星空見てただけだけど」


「見てただけってお前…」



それ以外にすることなんてない。
というか、話を聞かないように逃げたらここに来てしまっただけだ。
ピラピラと手を振ると、脱力した二人の姿が目に入った。
隣の窓から、今度は八戒と三蔵が顔を出す。



「ああ、そこにいたんですか。良かったですよ、いて」


「…もういっそそこで寝ちまえ!!」



変わらない苦笑と、青筋。
逃げたとでも思ったのだろうか。
まあ確かに、家の中にいないとなるとそう考えざる終えなくなるのだが。



「いいから、早く降りてこいよ!寝床決めようぜ!」


「寝床?よう分からんけど、話は終わった?」


「おう、終わった!!」



悟浄が戻ってる自体、終わったということなのだが。
とりあえず確認に意味で訊くと、本当に終わったらしい。
了解、と声を出して梯子を下りる。

タシ、という音と共に地面へと着地して、窓をよじ登ろうとしたときだった。



「オラ」


「うえ?」



悟浄に腕を掴まれて、グンと引き上げられる。
簡単に身体が浮き、窓の中を潜る。
自分自身で入れたのに、とどこかで思いながら足を窓の縁についてから、廊下へと降りようとすると。



「廊下が汚れるだろーが」



そのまま担がれた。
足の裏が汚いので、そのまま廊下へ下ろすと汚れる。
ああ、成程とが納得していく間に、風呂へと歩き出す。



「チビ猿、おチビのスリッパと靴下持ってきな」


「チビ猿って言うな!」


「いやぁ、悪いね」


「悪ィなんて全く思ってねェだろが。このじゃじゃ馬チビガキ!」


「あ、ニューあだ名」



会話しながら歩いていく。
ハァと溜め息を吐いて頭を抱える三蔵と、手を振って笑顔でお見送りしている八戒が見える。
はとりあえず、手を振り返しておいた。



「…本当に、逃げてなくてよかったですね三蔵」


「あー…もう本当、殺してェ…」



大丈夫だと思っていた途端に逃げられたら、大変だった。
そんな会話は窓から吹いてくる、冷たくも優しい風に消えていく。









第6話<<    >>第8話