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開けた救急袋は若干小さくなっていた。 八百鼡に消毒液と包帯を渡したからだが。 まだ、これは使う。 ゴソゴソとまた漁り、新しい消毒液と絆創膏、そしてティッシュを取り出す。 「大丈夫ですか、悟空?」 怪我しているのは、消えていった紅孩児だけではない。 頬にかすり傷を負った八戒と、吹っ飛ばされて鼻血と口の端を切った悟空がいる。 「悟浄〜」 「ああ?」 幾分か不機嫌な悟浄は無傷。 下にいる彼に、はそのままポイと手の中にあったそれらを落とした。 何を落としたのか分からなかっただろうが、持ち前の反射神経でしっかりと受け取る。 「っと!オイおチビ!落とすならそう言え!!」 「ナイスキャッチ〜」 文句を言う悟浄にピラピラと適当に手を振っておいた。 勘の良い彼ならば、そのまま八戒や悟空へと届けてくれる。 これで用件は終わり。 下では悟空がゆっくりと起きあがっている。 身体は小刻みに震え、拳をしっかりと握りしめて。 悔しさに震えているように見える光景。 だが、それは全くの間違いだった。 「あいつ…強えッ」 「え?」 「無茶苦茶強えじゃんかよ…!」 嬉しさに震えていた。 超える壁が高ければ高いほど、燃えるときがある。 今回のこれは、そういうことなのだろう。 は小さく、誰にも見られないように笑った。 荷物を整理し、肩に背負う。 低い屋根だからこそ、はそこから軽く飛び降りた。 トンと小さな音が鳴る。 三蔵はいつの間にやらより先に下りてきていたらしい。 消毒液などを持つ悟浄の隣に並んで、頭を抱えている。 「……あの顔は…」 「新しいオモチャを見つけた子供<ガキ>の表情<カオ>だな」 「楽しそうで何よりです」 三人が三人とも、呆れたり苦笑したりと多々。 これも毎度のこと。 だが、彼らもまた戦いの意思を新たにする言葉を声に出す。 それを耳にしながらも、は背を向けて酒場の中へと入っていった。 未だお酒の香りが漂うそこは、グチャグチャだ。 あちこちで何かが壊れている。 そんな中に、薬で眠らされているセクハラ男達と店主。 一応首筋を触って脈を確認し、呼吸も確認する。 鼾をかいているあたり、別に確認しなくても眠っていると分かることなのだが。 その後に怪我がないか調べる。 手当てするものではなさそうだ。 小さく安堵の息が零れる。 とりあえず椅子をたてる。 重たいその身体を引き摺って、そこへとかけさせた。 大の男五人と、店主。 一人一人を、しっかりと。 そのまま身体が傾いて倒れても、破片では怪我をしないように。 場所を考えたり、テーブルを無理やり移動させる。 「…美味しいお酒、飲む機会をくれてありがと。でもセクハラはもう駄目だよ?」 聞こえていないだろうに、そんなことを呟く。 そして今度は店主に。 「美味しいお酒だったよ。店グチャグチャだけど、ごめんな」 さすがに建て直せない。 頭を下げてから、は思い切り伸びをした。 重い大の男を六人も運んだのだ。 腰も痛くなる。 酒場から見える外の明るさ。 眩い太陽の光を見て、思わず欠伸が零れる。 (…それにしても、紅孩児、かぁ) まさか本人に出くわすことになろうとは。 しかも、命を助けてもらった。 好感を持てる男だ。 勿論、八百鼡も良い女性。 もし。 もしがそこにいたのなら。 (…少しは、救い、かな) ひとまず、安心は出来るというのに。 でも、それは確認できる事柄ではない。 まだまだ遠い、目的。 (…まぁ、また会ったときにでも確認すりゃいいことか。三蔵達に聞こえないとこで) フ、と小さく笑む。 また会える日が楽しみだ。 暢気な鼾を聞きながら、酒場を出る。 酷く太陽が眩しい。 陽があたるそこはまるで、自分の来る場所ではないみたいに。 いや、自分の来る場所ではなかった。 「………何の真似?」 「それはこっちの台詞だ」 眩しい太陽。 それと同じ髪の色。 向こうには亜麻色の髪。 深紅の髪。 漆黒の髪。 見慣れた面々が見える中。 に見えたのは、三蔵がの頭に突きつける銃の光。 鋭く光るのは、瞳の中の紫暗。 動くつもりはない。 何かを話すつもりもない。 ポケットに両手を突っ込んだまま。 ただ目の前に光る彼らを、他人事のように見つめていた。 「…お前は、紅孩児のとこの刺客じゃねェのか?」 「違うっつったじゃん」 「その確証はねェな」 「そうだな」 このやり取り。 いつもの言い合いと同じ。 だが、違うのは銃がつきつけられていること。 他の三人が、ただじっと、疑いの目で見つめていること。 いつもより、皆の視線が鋭いこと。 「じゃあいい加減、正体現しやがれ」 その時は来たのか。 『もしも』の ときが。 カチリと、銃が動く。 いつでも撃てるようにと。 彼の人差し指が少しでも動けば、の脳天に穴が空く。 「言っただろ。俺は俺のために生きてるって。だから三蔵、お前が例え苛立っていても話す気はない」 「ああ。だが俺も俺のために生きてるんでな。…俺を邪魔なものは殺す」 「あっそう…」 はただのんびりと見つめていた。 冷静を保って。 いや、冷静を通り越している。 今の自分の状況でさえ、第三者。 「……」 遠くから聞こえてくる悟空の声でさえ。 ただの雑音。 「で、俺の正体が分からないことが、お前を邪魔するってこと?」 「物分りが良くて助かるな」 「これでも一ヶ月は一緒にいたからな」 青い空が広がっていく。 紫苑の瞳にはそれが映っても、目の前の彼には映らない。 風が優しく髪を撫でても、今はそれが心地よいとは感じない。 光輝く世界は、俺の生きる場所ではない。 酷く、影が恋しく感じた。 |