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ごそごそと鞄を漁っていると、紅孩児が動き出した。 何やらもう、帰る様子だ。 「…とにかく、貴様らとはいずれ又会うだろう。その時まで、命を大事にしておくことだな」 「ええ?もう帰んの?」 まだ目当てのモノを探し出せていないというのに。 このままでは借りを作ったままだ。 それだけは避けたい。 何故なら、今度いつ会えるか分からないから。 「ー待てよ!!せっかく来たんだから…」 声を出したのは悟空だ。 それに反応して止まる紅孩児。 紅の瞳が見下ろしている間に、悟空の手には如意棒が握られる。 「エンリョしねーで遊んで行けって!!」 走り出す少年。 それは戦いを意味した。 しかし、紅孩児は慌てずに、手を彼へと向けた。 「開」 唱えた途端、妖気が高まりを見せる。 それは、掲げた手へと集中し、紅に染まる。 深い深い紅に染まったとき、それは爆発するかのように溢れ出した。 紅の風が、激しくも大きな竜巻を奏でるように。 「だッ…あぁアあ!!!」 「悟空…!!」 強い風は全てを吹き飛ばす。 向かってきていた悟空はかなり遠くまで吹き飛ばされ、地面へと打ちつけられた。 八戒の叫びが朝の光に溶ける。 今や紅孩児の手から、八百鼡は離れてペタリとそこに座っている。 緊張が解けたのか。 いや、今の事態に頭がついていっていないだけだ。 「強いなー紅孩児」 「え?え、ええ…」 のんびりとは未だ荷物を探っていた。 しかし、しっかりと横目で戦いを見やりながらだ。 本当に、三蔵一行が戦っていても何も感じないように、実に暢気にしている。 八百鼡が戸惑い、返事に遅れながらも、肯定する。 「チイ!!」 悟浄から大きな舌打ちが吐き出される。 彼の手には錫杖。 鎖が伸びて、その先の鎌が蛇のごとくやってくる。 普通の妖怪ならばそのスピードについていけずに、ザックリと斬られてしまうのだが。 「子供だましだな」 軽く、器用に、紅孩児は人差し指と中指でその刃を挟んで止めた。 余裕とばかりに、それを落とす。 力の差は歴然。 さすがにも目を見開く。 悟浄が恐怖を感じる中、思うことはたった一つ。 (…良かった、敵と認識されなくて) 自分の今の場所は、何せ彼の隣。 これで敵とされていたなら一瞬にして殺されていただろう。 コメカミからゆっくりと滴が頬を撫でて落ちる。 途端、の手には探していた感触。 お、と小さく声を出してそれを取り出した。 「見〜つけた。救急袋〜」 「救きゅ…」 の言葉に、八百鼡が目を瞬かせた。 何がやりたいのか、察したらしい。 救急袋を開けて、取り出すのは御馴染み、消毒液と包帯。 「はい、八百鼡っち」 「…あ、え、ええと…」 ポンと目の前に座っている彼女の手にのせる。 それに戸惑っているのか、勝手にあだ名をつけられたことに戸惑っているのか。 しかし、は気にせず、しっかりと握らせた。 「俺の番か?」 紅孩児が呪文か何か唱える中、八戒が防護壁の準備をする。 その傍ら、はニィっと八百鼡に笑んでみせた。 「後ででも傷の手当て、してやんなよ」 誰の、とは言わずとも分かる話。 手当てされる相手は何せ今は、戦いの最中。 受け取らされたその意味を理解してから、八百鼡は深く頭を下げた。 「……ありがとう、ございます……、さん」 「あ、名前知ってた?」 「あ、はい。三蔵法師一行の五人目として認識してましたので、名前は…」 「そっか。でいいよで。どーいたしまして」 微笑めば、綺麗な微笑みが返ってくる。 ニコニコと笑いあって、のほほんとした空気。 隣では紅孩児がまた術らしきものを放っているというのに暢気なものだ。 バチッと大きな音が響く。 八戒の張った防護壁と、紅孩児の術がお互いにせめぎ合う音。 「くっ…!!」 苦しそうな声があがる。 術に潰されそうになる防護壁。 このまま紅孩児が勝っていくのだろうか。 そうとさえ思えた時。 黄金の光が、射した。 「そこまでだ」 誰よりも低く、殺気の篭った言葉。 瞳を開く紅孩児の後ろ頭には、銃がつきつけられている。 八百鼡が勢いよく振り向く中、ものんびりと視線をあげた。 黄金の光の持ち主。 紫暗の瞳がそれを対照的に、鈍く輝く。 「…よく登って来たな」 「おかげで服が汚れた」 三蔵一行の中心といえる人物。 玄奘三蔵法師。 は「服かよ」と言葉を大にして言いたかったが、我慢した。 空気を読むことぐらいは、出来るつもりだ。 ただただ、見上げるぐらいしか出来ない。 彼が訪れても、紅孩児は決して乱さなかった。 むしろ、冷静すぎるほどに。 「ずい分と派手なご挨拶をどーも」 礼を言っているのに棘があるのは厭味で言ったから。 しかし、そんなことを気にせずに紅孩児は後ろを見ながら口を開く。 「そんな銃<モノ>じゃ俺は殺せん」 「そんくらい見てりゃわかるよ。−あんたには、聞きたいことが山程あるんだ王子様」 ちらり、と紫暗の瞳が此方を向く。 鋭いそれが意味をするのは、のことも含めてだということだろう。 いい加減、この視線は鬱陶しい。 少々イラつきながらも、半開きの瞳で返しておいた。 やる気がないということの意思表示に、胡坐をかきながら。 「生憎だが、日を改めて出直すとしよう。この界隈で戦うと民家を巻き込みかねん」 今までの妖怪は何だったのか。 民家を巻き込み、人を巻き込みだったというのに。 立派な人だ。 …いや、妖怪だが。 「今迄の部下の非礼は詫びておこう。−だが」 紅孩児はを見てから、後ろを向いた。 これは、これからの言葉はにも宛てられているということを促しながら。 「貴様らが我々の計画を阻む限り、必ず貴様らを抹消させてもらう」 宣言するあたり、なんとも真面目な妖怪だ。 嫌いではない。 むしろ、好きな部類に値する。 「人づきあいは苦手なんでな。手短に願いたいもんだ」 「同感だ」 その言葉を放った途端、彼は消えた。 八百鼡も一緒に。 「またな」 聞こえないと知っていても。 は消えた空へと、微笑んだ。 |