信じて


貴方の全てを受け止めるから


全てを、話してごらん





その言葉を信じて
信じて信じて信じて信じて信じて

裏切られ続けた。


あんな言葉を信じる方が馬鹿だと知りながら、心の隅では信じてしまって。

結局は傷ついて

傷ついて傷ついて傷ついて傷ついて傷ついて

涙も枯れ果てた。



全てを受け入れてくれたのはたった二人だけ。


拾い、育ててくれ、もうこの世にはいないあの人と



君だけ






だから、もういらない。

自分と『関係』を持つ人など。



ただの他人と、自分。

それでいい。










どさり、という大きな音が部屋に響いた。
質素なベッドに、が倒れた音。
銀色の髪は綺麗に散らばり、顔はそのまま枕の中へと吸い込まれる。
紫苑の瞳は閉じられていたが、瞼の中、遠くを見つめていた。

怒りという感情を露にすることは、なんて疲れることなのだろう。
ついカッとなってしまったことに、嫌気がさす。



「……やっぱり、面倒だったな…」



彼らについていくことが。
彼らから逃げるよりも面倒になってきた。

『壁』で防いでいるというのに、じわじわと『領域』を侵されていく。
そんなことすら、感じさせずに。

じわり、じわりと侵食する。
普段の生活に、心を許してしまう。
だからこそ、感情が露になってしまった。



「……畜生」



自分の正体に対する言葉ではない。
ましてや、三蔵達に対する言葉でもない。

いつの間にか侵食されている自分が憎い。
酷く、悔しい。
愚かな自分に対する、言葉。


右手を大きく掲げて、思い切り振り下ろす。
バスンという音を響かせて、拳を力強く握った。
爪が食い込むのも気にせずに。

強く、強く。



「……………………もう………面倒だよ」



いっそここで

突き放してくれたなら



朝日が零れるであろう窓辺。
しかし、その光はへと届かない。
影になる場所で、もっと深い闇を瞼の裏に見ながらも。

は、闇が導く、眠りの世界へと意識を飛ばした。










一方。
が背中を向けて歩いていく姿を見て、三蔵は小さく鼻で笑って銃を下ろした。
銃で狙えば、殺せる距離だというのに。
あちらも鎌で狙えば、こちらを殺せる距離だというのに。

銀色に輝く銃を、懐へとしまう。
紫暗の瞳はもう、普段どおりのものへと戻っていた。



「…三蔵」



不安そうに瞳を揺らす悟空。
逆に、呆れて溜め息を吐く悟浄。
八戒は苦笑を零した。



「今回は、ちィっとやりすぎじゃねェの」


「…まだ酔ってますしね。いつもより目が座りすぎてますし」



二人は知っていた。
未だに三蔵が、微妙に酒に酔っていることを。
普通の酔いと、二日酔いの頭の痛みが混じり混ざっている。

驚いている悟空をよそに、三蔵は煙草を取り出し、紫煙を吐き出した。



「うるせェよ。一応、アイツが敵じゃねェってことが分かっただろうが」


「…怒らせてしまいましたけど?」


「知るかよ。アイツが勝手に怒っただけだ」



太陽は昇る。
きっと今頃、はそれを浴びながら眠りに入っただろう。
そんなことさえ感じさせる、力強い陽射し。

悟浄ものんびりと煙草を吸い始めた。
ついでに手の中にあった消毒液と絆創膏を八戒へと放る。
邪魔だったらしい。



「酔っ払い生臭坊主のお陰で殺されかけたんですけどォ?」


「しくったな。エロ河童だけでも殺させりゃ良かったか」


「ンだと、この外道鬼畜ハゲ坊主!」



言い合いが始まり、普段の姿がある。
三蔵と悟浄が悪口を言っている間、八戒も安堵の息を吐く。
自分の手の中に放られた消毒液と絆創膏を見つめる。
そして、隣にいる少年へと深緑の瞳を向けた。

一方、悟空は遠くを見つめていた。
が戻っていった道の向こう。
勿論、もうその姿はない。



「悟空?」



八戒の声にすら、反応しない。
聞こえて、いないのだ。

亜麻色の瞳は、遠い遠い、向こうへと。


彼の脳裏を巡るのは、の言葉だけ。

怒りを露にして、叫んだ言葉。
憎しみに歪んだ瞳。
それよりも。



「…凄ぇ、悲しい目してた」



揺れていた。
誰とも相容れないと言ったときも。
『関係』なんていらないと言ったときも。

声は、しっかりとしていた。
表情も、しっかりと三蔵を睨みつけていたのに。


紫苑の瞳は。



「なぁ、八戒」


「…はい」


があんな目ェしてたのは……あの言葉は心からのじゃないってことだよな?」



本心ではない。
言い切ったのに、どこか迷いはある。
だからこそ、瞳が揺れた。


八戒も、促されるようにが消えた道を見つめた。
陽が照らすそこは、全てが明るいわけではない。
数々の障害物が濃い影を作り、伸ばしている。

陽を、蝕むように。
の歩いた道を包むように。



「……そうですね。でも、嘘でもないでしょう」



揺れている。
嘘と本当の間で。

絶望と希望の間で。


ほぼ絶望と化しても、本当に括れてはいない。

だからこそ悲しい瞳に闇を映し、小さく光を灯す。



「……は、大切な女性<ヒト>がいると言っていました」


「…うん」


「その女性が、何故『特別』なのか。それはきっと、『正体』に関係あると思うんです」



だとすれば。
きっと。

『優しさは捨てて。心を許しちゃだめだ』

あの満月の夜に零した言葉をも考えるのなら。
きっと。


三蔵も悟浄も言い合いはもう止めていた。

ただただ、四人全員で。
が歩いた道を、見つめるだけ。



「信じて信じて…心を許して心を許して。『正体』を、話したことがあると思います。沢山の、人に」



過去。
沢山の人がいたと考えられる。
心を許さないまでも、社交性が高いところを見れば。

それでも。

が、心を開かなくなったのは。



「相手も、それを承諾して聞くはずです。お互い、信じてた。もっと親しくなろうとした。それでも」



信じてくれと言ったのは誰?
心を許したのは誰?

お互いに何を欲した?

信頼?
友情?
関係?


ああ、そんなもの。



「『正体』を話せば、それがことごとく裏切られた」



たかが『正体』。

されど。


にとっても。
相手にとっても。



大きな『正体』だったのだ。




「…だからこそ、は『関係』を望まないんだと思います。もう、信頼など出来ないと」



ことごとく、ことごとく。
信じては、傷ついた。

だからこそもう、誰も信じない。



「…で。大切な女性ってのは」


「ええ。恐らく、受け入れてくれた人なのでしょうね」



誰もが遠ざける『正体』を知っても尚。
受け入れてくれた人。

だからこそ、探しているのだろうか。
行方不明になった、その女性を。



「……俺だったら、受け入れるのに」


「本当に、そう言えますか?」



悟空が、遠くを見て言う言葉は。
本当に聞こえるけれど。

真剣な瞳で八戒が見下ろす。
真面目な、声でしっかりと言い切って。



「悟空が一番恐いと、思うモノでも?」



人でもなく、妖怪でもなく。
神ですらなく。

孤独とか、そんなものでもいい。



「大切なモノを破壊していく、モノでも。悟空は全てを受け入れることができますか?」



人々が恐れ慄くモノ。
遠くへと去らざるおえないモノ。

それでも、本当に全てを受け入れられるか?



「それは……」



もし戸惑いを覚えるのなら。
今の悟空のように、揺れるのなら。



「そうでなければ。…そういうことを、言わない方がいいでしょうね」



が、傷つくだけなのだから。


















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