御飯を台無しにされて怒るのは誰だってそうだが。
彼は特にそうだった。



「やっちゃイケねェことやったな!!?絶対許さねエッ!!」



悟空がおじさんに突っ込んでいく。
それに悟浄も続いた。

も言ってやりたいことは山々だ。
お酒もパー。
食事もパー。
そして、女性のセクハラ。


(で、残ったのはこの水、と)


本当に酔っ払いはこれだから困る。
はとりあえず、それを投げつけたい衝動を堪えた。

適当にそこらに置いて、二人の喧嘩を見やる。
彼等への制裁はこれだけで良さそうだ。
中々の暴れっぷり。



「オイ、妖怪どころか人間とまで争ってどーする」


「血気さかんですねェ」



お客達が金を置いて逃げる中、呆れながらも止める気はゼロの三蔵と八戒。
彼等はそんな連中だ。

はとりあえず、目の前で座り込んでいる店員を見た。
何やら思い詰めているような、そんな空気が漂っている。



「…大丈夫?」



自分のせいで店内が、とでも思ったのだろうか。
はしゃがんで、顔を覗き込んだ。
何か、呆れているような、そんな表情のような感じがするのは気のせいだろうか。



「…あ、大丈夫、です」



覗いてくるに気付いたのか、彼女はさっと顔をあげた。
戸惑いの、表情。
この状況に戸惑いを感じているのか、それともに戸惑いを感じているのか。
どちらにしろ、ここにいては、何かが飛んでくるかもしれない。



「怪我は?」


「ない、です」


「そ、よかった。じゃあ下がってた方がいいよ、色々飛んでくるかもしんないから」



色々割れる音がする。
皿やらコップやらだろう。
この調子では店内崩壊は免れないかもしれない。



「セクハラ、恐かっただろ?もう大丈夫だから」



ポンポンと優しく背中を叩けば、零れる安堵の息。
どうやら緊張していたようだ。
はニコっと笑って彼女をゆっくりと立ち上がらせる。

背は高く、スラっとした体型。
出るところは出て、凹むところは凹んでいる。
全くとは正反対だ。

しかし、はそんなことを気にする性格ではない。



「あ、指、血出てる」


「え?」



よく見れば、店員の人差し指から血が出ていた。
小さい傷だが、もしかして食器で切ったのだろうか。
だったら、血は出やすい。



「ちょっと待っててな」



そこらに置いてあったワンショルダーバッグを拾いあげ、開ける。
少数の着替えと、少量の食料と水。
そして。



「あ、あった」



何かあったときの、救急袋。
といっても、あるのは消毒液とさらし用の包帯、絆創膏だけだ。
はとりあえず、消毒液と絆創膏、ついでにハンカチもポケットから取り出した。



「はい、消毒するから沁みるよ」



シュッという小さな音と一緒に、少量の液がかけられる。
沁みるとばかりに、小さく震える身体。
はハンカチで余分な消毒液を吸い取っていく。

そして取り出すは小さな絆創膏。
紙をはずして、綺麗なその指に巻きつける。



「これでオッケ。今日は水仕事は出来るだけ避けときなよ。痛いから」



我ながら綺麗に手当て出来た。
自己満足で微笑んで、上を見上げる。
キョトンとした顔の店員が目に入った。



「あ、の」


「ん?」



何か質問をしようとしているようだ。
首を傾げると、彼女は意を決したように口を開いた。



「貴方は、彼等と一緒に旅をしているのですよね?」



彼等、とは三蔵一行だ。
真っ直ぐな、よりも濃い紫の瞳がしっかりとその彼等を見ている。
真剣な、それ。



「うん?まぁ、確か一緒に旅してるけど。俺だけはワケアリだけどな」


「ワケ、アリ?」


「行く方向が同じだから、乗せてもらってるだけなんだ俺」



本当は拉致された、と言えればいいのだが、何せ相手はただの酒場のバイトさん。
彼女に言ったところでどうしようもない。
のんびりと喧騒を見ながら、は取っていた白い手をゆっくりと離した。



「あーあ、本当に店ん中グチャグチャだな」



悲惨なものだ。
割れるものは割れ、壊れるものは壊れて。
でも止めないのは、セクハラした男が許せないのもあるが、主な理由は面倒臭い。
救急袋をまた荷物に詰め込んで、はそこらに置いた。

店主がようやく止めに入っている。



「飛さん、やめとくれよ!店がボロボロになっちまうっ」


「るせえ!!」



まだ怒りは治まっていないようだ。
彼の仲間だろう人たちは、呻きながら転がっている。
悟浄と悟空は、心なしかサッパリしたようだ。



「勝負をつけたきゃ、いつものヤツにすればいいじゃないか!な?」


「いつもの勝負ぅ?何だそりゃ」



店主の言葉に疑問を持つのは当然。
カードやら麻雀やら、勝負の方法はいくらでもある。
悟浄が聞き返す中、ものんびりと前へと出た。

ところで、いつ勝負になったのか。
喧騒のときだろうか。
そんなところに、は首を傾げている。

セクハラしていた男はフンと鼻息荒くして、席へと座った。
片手にある、ビンをドンと置いて。



「酒場の男の勝負といやあ、決まってんじゃねーか。飲み比べよ」



そう、言い切った。


ピタッと綺麗に空気が止まる。
そして呆れの雰囲気があちこちから漂った。
お酒が好きな、三蔵一行らから。



「…お前ら今、あからさまにイヤな顔しなかったか?」


「いや…何となく…」



悟浄でもヒいたらしい。
店員の女性もどうしよう、と止まっている。



「…なんつーか、男がつけばどんな勝負でも格好いいと思ってるよな」


「何か言ったかそこのガキ!」


「うん、男がつけばどんな勝負モガ」


「ハイ何でもありませんよね、



再び言おうとしたの口を八戒が塞ぐ。
正直に言っただけなのに、何故そこで止められるのか。
だが、塞がれているのに無理に声を出すほど面倒なことはない。
とりあえず、もう言わないとばかりに両手をあげておいた。

すると、ゆっくりとそれははずされる。
それを見たセクハラをした男は、また鼻で笑って見下した。



「ま、最初<ハナ>っから勝負にゃなんねェか。そっちにいるのはガキ二人と、見るからに貧弱な坊主だもんなあ」



ガキ二人、というのは悟空と
貧弱な坊主、というのは三蔵。

悟空はポカンとしたままだし、はああそうかとのんびりしたまま。
しかし、三蔵は違う。



「…店主」


「は?」



懐から取り出されたのはクレジットカード。
誰のかは分からないが、それは輝いて見える。
紫暗の瞳は、ギラリとそれよりも深いところで輝いた。



「…この店中の酒、一滴残らず持ってこい」


「は…ハイッ!!」



勝負受ける気満々。
売られた喧嘩は買う。
鋭い眼光に店主が耐えられるわけもなく、ダッシュで厨房へと駆け込んだ。












第2話<<    >>第4話