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八戒がまぁまぁ、と落ち着けようとしている姿が、霞んで見える。 それを確認した途端、無意識には息を止めた。 「?何だこの霧は…!!」 店内だというのに広がっている霧。 明らかに故意なもの。 それが何の効果があるかは分からないが、は近くの悟空を看た。 「……クソッ頭が急に…」 「目の前が…暗く…?」 「この霧…吸っちゃ駄目です!!」 八戒が大きく声を出すが、もう遅い。 立っていた人々が次々と倒れていく。 何かの薬が入っているようだ。 それは毒薬か。 眠り薬か。 成分や効果はまだ分からないが、近くの悟空はそのまま呼吸を続けている。 (……とすると、眠り薬か) 八戒がまだ皆に声をかける中、はのんびりと立ち上がった。 近くで倒れた店主を看る。 やはり、呼吸が零れていた。 八戒が無事なあたり、彼はあまり薬を吸わなかったことが伺える。 もしくは、酒に酔っていないことで、薬の回りが遅いとかそういうことだろう。 霧がようやく晴れていく。 「…、は…無事ですね」 「悪いね、俺が無事で」 本来ならば、悟浄や三蔵が無事の方がどれだけ精神的に楽だろう。 肩を竦めてみせると、八戒は軽く苦笑を零した。 「いえ、そういう意味では…」 「ハイハイ、そうしておこうか。…大丈夫、眠ってるだけだ」 抱えてられている悟浄にピッと指をさす。 八戒がすぐに首筋に手をあて、脈と呼吸を確認する。 正常なそれに、安堵の息を零す。 「そう、安心して下さい」 女性の声が聞こえる。 先程まで、しっかりと聞いていたような声。 抱えていた悟浄をそこへと寝かせる八戒を見てから、は前を向いた。 「今のはただの睡眠薬です。一般人を巻き込む訳にはいきませんから」 「……………いい心がけ」 はその姿を見て、一瞬目を見開いた。 声からして、確かに彼女しかいないとは思ってはいたが。 だが、分かってみれば冷静になれる。 はポケットに両手を入れて、のんびりと彼女を見上げた。 「あ…貴女がこれを………?」 「薬、かがなかったんですね…」 八戒の言葉に答えたのは、店員だった女性。 アルバイトで、セクハラされた被害者。 悲しそうな瞳で八戒とを交互に見ている。 「……貴女は一体ー」 その言葉に応えるように、女性店員は腕輪を外した。 同時に溢れ出す妖気。 尖る耳と、腕の紋章のような痣。 それだけで分かる、正体。 着ていたチャイナ服が八戒へと投げられる。 視界を奪って、そこへ間髪ない攻撃。 八戒の頬を掠めるのを、はぼんやりと見ていた。 「貴女も、『紅孩児』の刺客ですか」 深緑の瞳に真剣さが増す。 同時に、女性もしっかりと槍を構えた。 「三蔵法師一行の猪八戒殿とお見受けしました。…我が名は八百鼡」 三蔵一行、八戒の名前。 分かっているのならば、刺客なのは決定だ。 「我が主君、紅孩児様の為。貴方がたには今この場で、死んで頂きます!」 「……」 二人が真剣に目を合わせる。 迷いのないように聞こえる、女性の言葉。 しかし、微かに揺れる瞳。 八戒も、どこか迷っているように見える。 「……俺がカウントされてないってことは、ちゃんと三蔵一行じゃないって分かってくれたってことでいいの?」 のんびりと、はそこらの酒を口に含んで言った。 まったくやる気はない。 雰囲気を壊すのを知っていながら、聞かざるをえない。 八百鼡は、今度はに視線を移して口を開いた。 「…まだ、貴方を三蔵一行ではないと決めたわけではありません。ですが」 「ですが?」 「……今の段階では、どちらとも言えませんので今回は殺しません。三蔵一行と同じことをするようであれば、今度は貴方を殺しに来ます」 答えの意味は、方向が一緒だから乗せてもらっているということを一時的に信じてくれるということだ。 これは有り難いこと。 三蔵達がここで倒れていっても、だけは旅を続けられる。 後、彼らがを殺しにやってこようとも。 「うん、ありがとう。えーと、八百鼡さん」 微笑んで、はまたお酒を飲んだ。 緊張感がない雰囲気に、八戒は小さく笑んだ。 三蔵一行では括られない。 だからこそ、戦いには参加しない。 これで括られてしまって攻撃されれば、も戦わざるをえない。 今までの刺客との戦いが、それだった。 今回は、自分に危害がない。 はだからこそ、のんびりと酒を飲んでいるのだ。 「あ、ごめんな戦いの邪魔して。俺を気にせずに、どうぞ」 のんびりと手で次を促す。 呆れを通りこして安堵するのは何故だろう。 八戒から苦笑が零れる。 だが、次の瞬間、八百鼡と名乗った女性の妖怪が動き出した。 「いざ!!」 「ちょっと待っ…!!」 八戒が制止を促すが、聞くはずもない。 彼はまだ戦うことに迷っているようだ。 目の前にいるのは妖怪といえど、女性。 だからだろう。 槍に腕が当たる。 どちらが強いかといえば、勿論槍。 八戒の身体が外へと投げ出された。 ドアが破れる音が響く。 すかさずそこへと駆けていく八百鼡。 「元気だなぁ」 空になったグラスにまたお酒を注ぐ。 開いた扉からは夜の冷たい風が流れてくる。 この調子だと、多くの時間を要せずに三蔵達が目を覚ますだろう。 グラスを持って、玄関へと出る。 ドアがあった場所に背を預けて戦いを見ているだけ。 お酒を時折口に含んでは、見る。 ただの観戦しているお客。 戦いとしては、八戒が優勢だ。 八百鼡はどうやら薬と槍の使い手らしい。 動きも機敏なのだが、八戒の方が素早さとして速い。 爆薬を放っても、防護壁によって阻まれる。 打つ手なし、とまでは言わないが力の差は歴然としている。 どちらにしろ、どちらも戸惑いながら戦っているようだ。 八戒は先程から制止を促しているし、八百鼡は一発も攻撃が入らないことにショックを隠しきれないようだ。 (…どっちも優しいみたいだな) お互いに。 はそんな戦いを見ながら、お酒を口に運ぶ。 夜空は満月に近くなった月が輝いている。 その下の、戦いは続く。 |