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ヤバイとか。 危ないとか。 色んな言葉が頭を過ぎる。 だが。 「あ、ダメだこりゃ」 そんな言葉しか実際に声にはでない。 銀色の刃が紫苑の瞳の目の前にある。 手も動かないし、足も動かない。 鎌も出てくる様子はない。 このまま死んでしまうのかとか。 失明してしまうのかとか。 (だけど、ここで死ぬわけにはいかない) 失明だけならまだいい。 死んだら目的は遂げられない。 だが身体は動かない。 遠くで誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。 悟空か、悟浄か、八戒か。 それとも。 死んだあの人が呼んでいるのか。 でもあの人が呼んだのならきっと。 まだこっちの世界に来てはいけないと、叫んでいてくれる。 それだけを感じて。 ナイフを受け入れるか。 紫苑の瞳の前に、銀の刃が光る。 ー確実に、目に刺さる 目を閉じればいい。 だが、は見続けた。 しっかりと、自分の髪と同じ色の刃を。 だからこそ見えた。 その刃を、血を流してまで、誰かが握ったところを。 「!?」 驚きに目を見開く。 銀の刃は褐色の手に握られている。 誰のか、それは紅の風に遮られて分からない。 顔に落ちてくるのは、紅の血。 そして、温かい、誰かの手。 「だ」 誰だ、と叫ぼうとしたが、遮られる。 いきなりナイフの刃の部分を持った手で腹を抱えられ、宙に浮いていた身体が持ち上がる。 誰かの腕と、身体を感じる。 「動くな」 低い声。 初めて聞く声。 紅の風が吹き荒れる中、は見上げた。 反対の腕の方には、八百鼡らしき紫の髪が揺れている。 そして、もっと上。 紅の風と同じような、長い髪。 キラリと微かな太陽の光を反射させる、三角のピアス。 褐色の肌と、逞しく見える男性であろう身体。 見下ろす、紅の瞳。 妖怪である証の耳と、頬の痣。 紅の風が、消える。 「………こ、紅孩児様…!!」 「こ」 腕の向こう側で八百鼡が声をあげる。 つられて、も声をあげそうになった。 吠登城。 妖怪達が忠誠を誓う王子。 牛魔王と羅刹女の息子。 下を見れば、三蔵一行の驚く姿。 勿論、自分も驚いているのだが、抱えられていては動けない。 紅孩児と呼ばれた彼は、そのまま屋根の上へと降り立った。 「三蔵一行だな?ー我が部下を引き取りに来た。用件はそれだけだ」 だったら何故は抱えられているのか。 彼の部下になったことはないし、これからもない。 腕の向こうの八百鼡と目が合い、瞬かし合い。 彼女も良く分かっていないようだ。 「…えーと、俺は部下じゃないよな?いつの間にか部下にされてるなんてことないよな?」 「あるわけがない」 おどおどしながら尋ねると、これまた意外とキッパリと返ってきた。 頬を伝うのは、彼から流れた血。 抱えられたまま、グイグイとそれを拭う。 「えとー、だったら下ろしてもらえると嬉しいんだが。俺、三蔵一行じゃないし」 「…らしいな」 「え」 何故だかあっさり肯定されてしまった。 普通は疑惑を抱くものだが、そんな気はない。 ポカンとしながら見上げると、彼の目はをしっかりと見下ろしていた。 「八百鼡の自殺を、食い止めたろう」 それだけが理由だろうか。 しかし、八戒や悟空が叫んで止めていたのだが。 カウントされなかったのだろうか、彼らの行動は。 「え、八戒と悟空の制止の声はノーカウント?」 「言葉で言うなら誰でもできる。が、お前は行動しただろう」 「え、理由それだけ!?」 「それ以上に、お前が三蔵一行ではないことは先程入ってきた情報で分かっていることだ」 「え、有り難い情報ありがとう!誰か知らないけど!」 誰かが三蔵一行ではないと彼に教えてくれていたらしい。 それは有り難いことだ。 これで妖怪達の的にならなくて済む。 …勿論、それを理解する妖怪達なら、だが。 淡々と言い切るのは彼の特徴だろうか。 とにかくは頑張って見上げながら話をしていた。 「…ハッキリ言わせてもらうが、お前が行動したから俺が間に合った。礼を言う」 「…ええーと、あ、いや、恐縮です?」 妖怪達のカリスマが自分に礼を言う。 未だに抱えられたままだが、何ということだ。 ありえない状況だ。 状況の整理に、頭をグルグル回転させているが役には立たない。 しかし、確実に分かることが一つ。 八百鼡は、大事な部下の一人だということ。 「その、折角指の手当てしたのに自殺されたら嫌だからとかそんな自己満足だから」 「そうか」 あたふたした様子で言うも、相手は冷静だ。 そうなると、取り乱している自分が馬鹿みたいに感じる。 とりあえず息を整えて、これからどうしようかと下を見た。 ピタリと止まっている三蔵一行。 どうやら彼らもどうしたらいいのか分からないらしい。 一部は、紅孩児の仲間ではないかと疑っている人すらいる。 勿論、三蔵だが。 そこまで思い返してはようやく思い出した。 ナイフを握った手で、自分を抱えていることを。 助けてくれたのは、彼だということを。 「…こっちこそありがと。紅孩児、だっけ。ナイフ掴んでくれなかったら、俺死んでたかも」 ジッと自分を抱える腕を見る。 腹の下にある手。 ナイフの刃を握るそれは、まだ血を滴らせている。 「借りは返す性質だからな」 「あ、マジ?俺もなんだ、一応。とりあえず下ろしてくれる?そしたら俺が借り返せるかも」 「…そうしたら、俺にまた借りが出来るだろうが」 「気にすんな」 「…お前らはダチか何かか」 のんびりと話し続ける二人に、三蔵からツッコミが入った。 本気半分、冗談半分だろうか。 いや、本気部分が大きい。 しっかりと紅孩児が違うと言い切る。 もイヤイヤと手を振って否定し、下ろしてもらった。 下ろした途端、彼は八百鼡を抱えなおす。 お姫様抱っこだ。 しかも、ナイフを未だ握ったまま。 中々良いヤツだ。 だからこそ、妖怪達が忠誠を誓うのだろう。 そんな事を思いながら、は自分のバッグを漁った。 |