「−悟空!!」



悟浄が近づいて、声をかける。
はそれを見て、目の色を変えた。

まだ、彼は本当の悟空に戻っていないというのに。



「おい…大丈夫か?ご…」


「離れろ、悟浄!!」


「!!」



声は間に合わない。
悟空の拳が、悟浄の頬のすぐ横を通った。
当たってはいない。

が、音が鳴るくらいの速さの腕。



「駄目です!今の悟空には判別能力がないんだ」


「−ったく、トチ狂いやがって…!!」



妖力制御装置がない今、理性を失った妖怪と同じ。
だが、それ以上に。

あるが、ままに。



「…悟空!」



解放されて。
己を自制できない。

このままでは全員死亡だ。
だからと言って、武器を使用できない。
肉弾戦で、押さえるしかない。



「クソッ…」


「悟浄、避けろよっ!!」



ザッと下へと滑り込む。
そして、悟空の足へと自分の足を伸ばした。



「!!」



ガッという音と共に、足元を崩す。
倒れた途端に、は悟空の両手を押さえつけた。



「悟空!!このままじゃお前、沢山のモノを失うぞ!!」



金晴の瞳を捉えても、彼の瞳は何も見ていない。
力強いその力に飛ばされそうになる。
魂へ呼びかけてみても、それは返ってこない。

伸びてくる顔。
開かれる口の中には、鋭い牙。



「…っ!!ヤバ…っ!」



喰われる。
首元をやられたらおしまいだ。

せめて離すように、顔を引く。
だが、そうすると手に込めていた力がなくなっていく。
と、なると。



「うわっ!」



逆に、の上に悟空が乗る形になった。
頭を地面へと打つ。

ニヤリと笑う顔。
迫る牙。
両手でどかそうにも、押さえられて動かない。


(ヤバイ)


迫り来る痛みに、は目を瞑った。
せめて首には来ないようにと、首を竦めて。



!!」


「…そいつでなくて、これでも食ってな!!」


「!!」



八戒の声と、悟浄の声。
ガッという音が大きく響く。

しかし、には痛みがない。
おそるおそる目を開けると、そこには、牙と。
腕が。



「…!悟浄!!」


「ンのッ…!!」



血がの頬へと落ちる。
悟空の牙は、悟浄の腕へと噛み付かれていた。

そのまま、悟浄は後空の頭を押さえつけた。



「!が…ッ!?」


「悟浄!!」


「くっ…!」



は悟空に乗られたまま、両手を押さえつけた手の小指を、ギリと違う方向へと向けた。
緩む力。
その瞬間を逃さず、逆にはその両手を押さえつけた。

これで、手の攻撃は悟浄にもにも届かない。
力いっぱい、それを行うしか今は出来ることがない。



「…ゴメッ俺が出来るのこれぐらいしか…っ!悟浄、腕を離した方が!!」


「出来るか!!〜目ェ覚ましやがれッこのバカ猿…ッ!!」


「くそ……悟空!!!」



このままでは。
本当に。

彼の心は死んでしまう。
大切な人を失ったショックで。
金晴の瞳は、見開かれたまま。

誰も何も、見ていない。



『ーそのまま抑えておけ!!』


「!」


「!?」



このままでは駄目だと思われたとき。
どこからか声が聞こえた。

にとっては聞いたことのある声。
女性にしては、低く。
男性にしては高い中性的なもの。



「な…何だァ!?」


「ま、さ…か」



キィィィと、超音波のような音が響く。
それに反応したかのように、悟空は動きを止めた。
力も、噛むことも。



「−!?」



驚く二人をよそに、光の輪が悟空の額を囲んだ。
それは静かに、嵌っていく。
輪は、金鈷へと変わった。

カシィという音が響く。
妖力制御装置だ。

髪も耳も、何もかもが普段の悟空に戻っていく。
瞳も、閉じられて。



「悟…うわっ!?」


「悟空…!!」



意識を失ったであろう悟空が、へと倒れてくる。
ドサッという音と共に思い切り体重がかかった。
耳元に届いたのは、寝息。
声をあげると同様、悟浄は倒れた悟空を引き上げた。



「…寝てるよ、悟空」


「−本当だ、寝てやがる…立てるか、おチビ」


「…おう。余裕」


「今のは一体…?」



悟空を運ぶために持ち上がらせて立ち上がる。
上にあった彼がどいたために、も無事に立ち上がることができた。

悟空も戻ってとりあえず、これで一段落だ。


八戒が疑問を言う中、は辺りをキョロキョロと見回した。

聞いたことのある声。
どこか、神々しいそれの持ち主は。



「−ったく、だらしないねー」



ザリ、と砂を蹴る音がした。
そこへとが、視線を向けた。



「…よォ」


「あ…貴女は一体…!?」



透けている服。
丸見えの上半身。
黒く、長いウェーブの髪は後ろで一つに結ってある。
額には、紅の印。



「……お…ん……」



自称、神。
三蔵達と巡り会った初日に会った、不思議な人物。

観世音菩薩。

が、呆然と声を出す中。
観世音菩薩は、ニヤリと笑ってみせた。



「…元気そうじゃねェの、


「…そう見えるなら、イイや」



は、ホウと小さく安堵の息を吐いて、近くの壁にもたれかかった。
信頼できる神だから。

観世音菩薩は、喉の奥でクツクツと笑って辺りを見回した。

血だらけで、壁にもたれかからせたままの三蔵。
寝息をたてる悟空。
少しばかり怪我をした悟浄。

そして、今度は鼻で笑った。



「−ふん。こんなところで足止めくらってる様じゃ、大したことないな、お前らも」


「なッ何者だてめえ!!」


「あー、悟浄。そういうこと言わないほうが」


「−おい貴様!」



一応神様なのだから、止めようと声を出したのだが。
間に合わなかったようだ。
観世音菩薩と共に現れた、初老の男性が声を荒げた。



「口を慎め!!この御方こそ、天界を司る五大菩薩が一人。慈愛と慈悲の象徴、観世音菩薩様にあらせられるぞ!!」



勢い良く、彼は言い切った。
ツラツラと言われた単語。

は何だか分からなくなってしまったが。
とにかく凄い神様らしい。



「か…か…観音様ァ!?コレが!!?」


「“自愛と淫猥の象徴”ってカンジなんですけど…」


「…ほら、オンが胸隠さないから淫猥な雰囲気に…」


「…いい度胸だ」



次々言いたいことを言っていくと、観世音菩薩のコメカミに青筋が増えていく。
とにかくがすんなりと隠せ、というと、イヤイヤながらも隠してくれた。



「あ…もしかして先刻<さっき>、悟空の妖力制御をつけ直したのは…!?」


「そう。…そのチビの金鈷は一般化されてる制御装置とは訳が違う」



前会ったときとは違う、真剣な雰囲気。
は唖然としながら、観世音菩薩を見上げた。

悟空の金鈷。
通常の物質ではなく、強大な神通力を固形化した『神』のみが施すことのできる特殊な金鈷らしい。



「つまり孫悟空の力はそれだけ桁外れだってことさ。…まだ天界にいたころからな」


「−え…?」



八戒が疑問の声をあげる。
が、はもっと沢山の疑問符を頭の上に浮かべていた。



「……おーい。理解してるか?」


「…駄目だ、オン。神様の言葉は理解できない。スルー希望」


「…ククッ。そうかよ」



は頭を抱え始めている。
観世音菩薩は、それにクツクツとまた笑った。

悟空の金鈷。
天界。
分からないことばかり。

とりあえず、このままでは拉致があかない。
もうすっかり忘れることがいいかもしれない。

のんびりそう考えながら、やってきた神を見ていた。











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