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静かな沈黙を、雨が包む中。 何かが割れた音がした。 と六道が話している間に、悟空には異変が起こっていた。 三蔵が血を流し、動かない様に。 息切れを起こして。 身体を震わせて。 そして次の瞬間。 割れる音が、響いた。 「妖力制御装置が…!?」 次に悟浄と八戒の声が響く。 溢れ出す妖気に、と六道も振り返った。 「うあ、あぁああ!!」 「悟空!!」 「!駄目です悟浄、離れて…!」 妖怪制御装置である禁鈷が粉々に砕け散る。 遠くにいても分かる、誰もが身体を竦めそうになる妖気。 茶色の髪が長く伸び、爪も、耳も、妖怪へと変化していく。 「……悟、空……」 金晴の瞳が鋭くなっていく。 は、無意識に、歩を進めた。 「!」 グン、と後ろに引っ張られる。 いつの間にか八戒を通り越していたらしい。 しかし、の紫苑の瞳は彼を映したままだった。 「悟空…−あれが」 「『妖力制御』の封印から解き放たれた生来の姿」 雷の閃光が走って映される、真の姿。 溢れる妖力、妖気、それ以上の。 生命と魂の、輝きを放つ。 大地から、溢れるように。 「……悟、空、は…まさか……」 は、呆然とそれを見るしかなかった。 どこかで聞いたことがある。 この、魂の輝きのことを。 大地のオーラが集結し、巨石に宿った異端なる生命体。 名を。 「斎天、大聖…孫悟空……」 詳しいことは知らない。 ただ、そんな存在が在ることは知っていた。 まさか、悟空が。 自分と同じような。 『異端』な存在だったなど。 「ははッ」 皆が呆然とその姿を見る中。 自嘲のような笑いを零したのは六道だった。 「ーそれが貴様の真の姿か!!やはり化け物は貴様らの様だったな!!!」 「……」 ユラリと揺れる悟空の身体。 しかし、そこにはもう身体がなかった。 次の瞬間。 大きな音と共に、六道の顔を地面へと叩きつけられていた。 「な…!?」 驚くよりも速い、そのスピード。 六道はきっと、これには敵わない。 先程、手加減をしていた三人にすら、手こずっていたのだから。 あの妖力ならば、あの札も関係なくなる。 勝敗は明らかだ。 とりあえず、こうなってしまっては、悟空に彼を任せる他はない。 今やることは…。 「三蔵」 彼を、死なせないこと。 悟空のためにも、六道のためにも。 羽織りでどうにか出血を防いだとしても、やはり溢れているのだろう。 触ってみれば、まだまだ羽織りは雨ではない何かで濡れていた。 気がつけば、雨はもう止んでいる。 「…八戒、ちょっと見せて」 「……」 未だ呆然としている八戒と悟浄をよそに、はそこへ跪いた。 頬を鼻と口のある場所へと近づける。 息は、微かだがまだあるようだ。 心臓も、まだ動いている。 まだ、助かる。 「…俺には治癒とか出来ないけど…俺に出来ることは、する」 「何、を」 八戒が戸惑う中、はただ黙って二つの指を出した。 『死神』である以上、誰かの『魂』を使っての蘇生は出来ない。 また、本人自身の『魂』がここから出てしまっても、戻しての蘇生は出来ない。 死んだ魂を送り届けることこそが、仕事のようなものだから。 それ以上に、の信念が許さない。 死んだ者は死んだ者。 生き返らせるのは、魂が自然とその身体に宿っているときに、蘇生法だけで。 その他の、『力』での蘇生は、の信念を曲げる。 だけど。 魂と身体をしばらくの間、繋げることは出来る。 その間、蘇生法で生き返ることが出来る。 「…こんなことしか出来なくて、ごめんな。だから、踏ん張れ、三蔵」 三蔵の魂など、見送りたくはない。 は紫苑の瞳に彼を映しながら指を動かした。 額に触れた後、右肩、左肩と触れて。 お腹の中心に触れた後。 「生きろよ」 胸の中心へと、勢い良く二つ指を押し付けた。 紫苑の瞳が一瞬、鋭く光った。 ドン、と小さく音が鳴る。 風が、ふわりと銀の髪を靡かせた。 「…今、のは……」 「…内緒。それよりも、まだ息がある。やること、あるだろ?」 終了。 何か変わった様子はない。 が顔をあげると、八戒が訝しげに尋ねる。 しかし、はすぐさま深緑の瞳を見つめて、言うことを言った。 八戒がすぐに、息を確かめる。 後出来ることがあるとするなら、一つだけだ。 「…マジかよ…」 近くでは悟浄が唖然としている。 深紅の瞳には、生来の姿を取り戻した悟空。 そして、打ちのめされる六道があった。 「感心してる場合じゃないですよ」 「八戒」 「…まだ息があるんです。雨に体温を奪われてる。出血だけでも止めなきゃ…!!」 例え魂と身体をしばらく繋げても、結局怪我がそのままだと死んでしまう。 やることは、傷口を塞ぐこと。 黒い羽織りが濡れたままということは、まだ血が流れていることを感じさせた。 「どうするんだ?」 「気功で傷口を塞ぎます。急所を外してるだけ、まだマシかも…」 に出来て、彼らに出来ないことがあるように。 その逆もある。 八戒が集中して、気功を傷口へと放った。 温かい、淡い光。 それは優しく、塞いでいく。 「…うん、息が整った」 まだ顔は青いままだが、息が安定する。 は、一時の安堵の息を零した。 「ー三蔵は僕が何とかします。悟浄が悟空を止めてください。…そして…、出来ることなら、貴方も…」 『三蔵一行』である悟浄には簡単に頼めること。 だが、は違う。 だからこそ、お願いする形で言う。 はそれを分かっていたからこそ。 しっかりと頷いた。 「…分かってる。…今は止めないと、俺にも被害が出そうだからな」 だからこそ協力する。 そう言葉を出すと、八戒は苦笑を零した。 悟浄も、立ち上がる。 「ああ。−だけど、どーすりゃいいんだよ!?」 妖力制御装置は壊れてしまった。 付けようにも付けられない状態だ。 しかも、かなり強くなっている。 悟浄、が、怪我をさせずに悟空を捕まえられるかすら、難しい。 「僕だって知りません。三蔵でないと…−でも、今の悟空は明らかに正気を失っている−このままじゃ」 そう、このままでは。 悟空の行動を見れば分かる、未来。 「あまりに強大な己が妖力を抑えきれずに、全てを破壊するまで暴走を続けてしまう…!!」 理性をなくした妖怪よりも。 もっと酷いことになる。 全てを、全てを破壊し続けて。 「うぎゃああぁぁぁあああ!!」 「!!」 六道の悲鳴が夜を切り裂く。 彼の肩を、悟空が喰いちぎったのだ。 惨い、とばかりのその光景。 このまま彼を喰ってしまうのではないかとも、思わせざるをえない、状況。 しかし、それは拒否された。 「!?」 六道がかけていた数珠。 それが悟空から守るように、輝いた。 輝くだけだったら、ただの目くらましにしかならない。 だが。 「うああああ!!!」 悟空が悲鳴をあげている。 頭を抱えて、超音波に苛まれるように。 その隙を、六道は逃さなかった。 「くっ…『消』!」 一枚の札を持って、そう唱える。 瞬間、彼の身体は消えた。 煙も、影も形もない。 「六道っ!?」 「逃げやがった…!?」 『−逃げはせん!!覚えていろ、必ずや戻ってくる』 と悟浄が声を上げると、消えたはずの六道が声を出した。 姿は見えない。 だが、近くにいる。 『その時は貴様らを、貴様ら妖怪すべてをこの呪符の肥やしにしてくれるわ…!!』 しかし、もう追えない。 彼の血の臭いすら、感じ取れることは出来ない。 魂、すら。 気配も、もう言葉もない。 どこかへ逃げてしまったのだろう。 (…可哀想な、人…) きっと今度会ったときは。 彼が、死ぬときだ。 濡れた小袖をギュッと握りしめ、は前を見た。 六道は去った。 彼に対する警戒は今は不必要。 今、必要なのは。 悟空を、止めること。 |