落ち着いたところで、神は壁に寄りかかっている三蔵を見下げた。
彼の状態は傷は塞ぎ、魂と身体はしばらく繋がったまま。



「−さてと、問題はコイツか。かなりこっぴどくヤられた様だな」


「傷口は塞いだんですけど、失血量がかなり多くて…こればっかりは」



そう、血液が足りない。
輸血の必要があるのかもしれない。
が、そういうふうに出きる装置や設備がない。

このまま死んでしまうのか。
誰もが顔を顰める中、観世音菩薩はニヤリと笑った。



「−まかせろ、この俺に不可能はない」



自信満々。
さすがにも口をポカリと開けた。
遠くでは八戒が、一緒にやってきた初老の男性に神様は皆こうなのかと訊いている。
どうやら、違うらしいが。



「よしっそこの血の気の多そうなお前!ちょい顔貸せ」


「ンだとコラ!!」



ビシリと指を指されたのは悟浄。
勿論、それで怒るのは仕方がない。
現れた途端に、堂々とした態度。
彼は声を荒げた。



「神様だか何だか知らねェが、えばりくさって…」



が、言葉は全て紡がれることはなかった。
悟浄の服が引っ張られ、そしてその先。



「!!」



口が、口で塞がれた。
悟浄のそれと、観世音菩薩のそれで。



「…わーお」


「〜〜〜〜〜」



いわゆるキス、というものだが。
それが長い。
こんなに長いものだっけ、とが首を傾げるほどだ。

汗を流す八戒と悟浄。
ゴクリという小さな音と共に、唇は離れた。



「…ま、こんなトコか。慣れてンなお前」


「…って、何をイキナリ…ッー!?」


「悟浄?」



あっさりと言い放つ観世音菩薩。
後、悟浄はすぐその場に倒れてしまった。
彼自身、わけが分からずに。
八戒が声をかける。

原因であろう神は、のんびりと立っていた。



「…あまり動くと貧血起こすぞ。今お前の身体から大量の血気を吸い取ったからな」


「あ・そ…」



どうやら血液の元である血気を口から吸い取ったらしい。
当たり前のように言い放つ観世音菩薩をよそに、悟浄は小さく文句を言った。
先に言えとか、そんなことだ。

それにしても全く、神様は不思議な力を持つ。
が感心していると、観世音菩薩とバッタリ目が合った。

途端、口の端が上がる神。

嫌な予感がする。
は顔を、無意識に引き攣らせた。



「……何すか」


「お前もヤるか?」


「いや、激しくエンリョします」


「エンリョすんなって。ヤツを助けるためだろーが?」



迫ってくる観世音菩薩。
は逃げようと身体を動かした。
が、腕を簡単に掴まれた。

迫る顔。
綺麗な瞳。
ニヤリと笑う観世音菩薩の口。

しとどに流れる汗。
手で無理に押しても、迫ってくる。



「ちょ、待て、俺、その、ファースッ!!」



もう言葉は、出なかった。

唇の感じる、温かくも柔らかいそれ。

紫苑の瞳を見開いていると、そのまま唇をペロリと舐められる。
驚いて、口を開いてしまった。
そこに、ぬるりと何かが入ってくる。



「ンゥ!?んん〜!?」



観世音菩薩の、生温かい舌。
驚いているをよそに、それは口内を探っていく。
はそこで、視界を遮断した。
さすがに恥ずかしすぎる。

そのまま歯を舐められ、舌をからめとられる。



「んぅぅぅ…む……」



息が出来ない。
眩暈すら起きる。
舌を入れたまま、角度が何度も変えられる。
最初は抵抗していた手も、力がなくなってくる。



「ふ……う……」



立っていられない。
そう思った瞬間、足がガクリと折れた。
そのままストンと地面に落ちる身体。
唇が離れて、ようやくまともな息が出来るようになった。

酸欠と恥ずかしさで顔が熱くなっているのが分かる。
ゼェハァと息を荒げるに、観世音菩薩はクツクツと喉の奥で笑った。



「下手クソ。息は鼻ですンだよ」


「し、知るか……!」


「ククッ…顔真っ赤にしちゃって。可愛いねェお前も」


「お、オン、このや、ろ…っ!?」



そう言ったところで歪む視界。
どうやら自分も血気を思い切り吸い取られたらしい。
頭もクラクラする。
座ってもいられなくなって、その場に倒れてしまった。



「立てなくなるほど、ヨかったッてか?」



未だにからかっている観世音菩薩に嫌気がさしてくる。
真っ赤になってる自分がバカみたいだ。



「……あー、もういいよ。さっさとその血気移してこいよ」


「なんだ、ツれねェな。ま、可愛いくてつい血気を多めに取っちゃったのは俺だけど」


「ツれてたまるか!可愛いくもない!もーお前はさっさと血でもナニでも入れてこい!!」



ビシィッと三蔵を思い切り指さして、大声を出す。
途端、また視界が歪んだ。
酸欠と貧血、どちらも起こしているためだ。

八戒と悟浄の視線が痛い。
未だ顔を真っ赤にさせたまま、できるだけそっちは見ないように心がける。
観世音菩薩は、またもや喉で笑って三蔵の方へと歩きだした。
代わりに八戒が悟空を支えながら近づいてくる。



「…大丈夫ですか?」


「………あー…色々大丈夫でない。ゴメ、今は俺を見ないでくれ。悟浄を心配してやって、ホント」



恥ずかしいのと情けないのとで一杯だ。
は大きくバツを両手で作ってから、それで枕を作りうつ伏せになった。
そして、小さくそのすき間から三蔵と垣間見る。

観世音菩薩は、彼の頭を力任せに引っ張り上げた。
何か小声で言っているが、聞こえない。



「…、あの神様とは、どういう…?」



八戒の声が、先程より近くに聞こえる。
ひょいと視線を上げてみれば、近くでしゃがんでいた。



「………知るかよ。この間初めて会ったばっかだし」


「え、そうなんですか?」



視線を外して、三蔵を見やる。
観世音菩薩が悟浄にやったように、口を口で塞いで、血気を送っている。

ぼんやりとそれを見て、溜め息が出た。



「オンにとっちゃ、俺はオモチャだろーな」


「…オモチャ?」


「俺が何か言うと、やたら笑うんだよアイツ。俺にはよく分からんけど」



大声で笑ったり、小さく笑ったり。
今回はやたらとからかったり。
全くもってよく分からない。

だが、それらのことをまとめると。
きっと『オモチャ』という単語が一番よく当てはまっている気がするのだ。

八戒が、の視線を追って観世音菩薩のもとを見る。
途端、ドン、という音が響いた。



「!」


「三蔵!!意識がー?」



意識を失っているはずの三蔵が、観世音菩薩を突き飛ばした音。
八戒が声をあげるが、彼はその後全く動く様子がない。



「…いや、今のは無意識の内で払ったんだろ。…本当可愛い奴だよお前は」



ククと小さく笑う観世音菩薩。
それの可愛い発言に、はどこか納得した。

観世音菩薩の『可愛い』は、そのまま受け取ってはいけないということを。



「とにかくこれで輸血の必要は無くなったから。スゲーだろ神様わ」


「……有難うございます」



何がスゴイってやる事がスゴイ、と小さく礼を述べた後に八戒が呟いた。
が、観世音菩薩には聞こえていない。



「礼なら身体で払ってくれ。俺は善意や道徳心で手を貸したんじゃないぜ」



視線が、へと降りてくる。
先程唇を奪われたためか、ヨコシマな発言に聞こえる。
しかも、観世音菩薩の、この笑み。



「…………………………」


「……………何だ、何も反応しねェのか?」


「…もしかしたらそれが狙いかもしれないから」



だからこそ黙った。
本当なら「誰が払うか!」とか言ってやりたいところだ。
グッと我慢して、ジッと見上げる。

観世音菩薩は、面白くないと言いながら、これまた小さく笑った。
どうやら正解らしい。
視線はから、八戒と、いつの間にか立ち上がった悟浄へと注がれた。



「…この旅の真の目的…牛魔王の蘇生実験を阻止する為だ」



三蔵一行の目的は、神の命だったことが明らかになる。
これが身体で払うということになる。

が、これは彼らに対する話。
には関係ないことだ。


本当ならば、も何か払わなくてはいけないのかもしれない。
だが、観世音菩薩にはそんな気すらなさそうだ。
ただニヤリと笑っている。



のは、いずれ払ってもらうかンな。しっかりと、身体で、肉体労働で」


「…………激しくエンリョしたくなる言い方やめてくんない?」



聞こえようによっては、貞操の危機にすら聞こえる。
未だに這い蹲っているは、引き気味だ。



「…まぁ、とりあえず、ありがと」



それでも礼だけは、忘れない。

例え、ファーストを奪われても。
口内を酷く犯されても、貧血と酸欠にされても。

三蔵を、助けてくれたのだから。


観世音菩薩は、を見下ろして。
またクスリと笑って、背を向けた。



「−じゃ、またな」


「あ、ちょっ…」


「じゃ。あ、おじさんも、さよなら」



ヒラリと手を振る観世音菩薩に戸惑う八戒と悟浄。
それをよそに、は同じように手を振った。
名も分からない、一緒にいた初老の男性にも。

背を向けて、目を合わせずに。
ザァ、と風になるように、二人は消える。



「−!」



冷たい風が、髪を揺らす。
確かに二人がそこにいた場所は、夜の闇になる。

雨も雷もない、ただの夜に。