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『はさ、だよ』 『死神とか、そんなの関係ないよ』 『在るがままに、在りなさい』 懐かしい夢を見た気がする。 過去、一番幸せだったあの頃の。 瞳を開ければ、ぼんやりと天井が映った。 上半身を起こすと、その部屋には誰もいない。 まだクラクラする頭を抱えて、は虚ろな瞳のまま足を床へと下ろした。 ブーツを適当に履いて、歩き出す。 足元はグラグラとふらついたまま。 (…貧血ナめてた…) しかし、行かなくては。 御飯を食べた後に、残っていたお金で黒い羽織りと服を買わなくてはいけない。 黒い羽織りは今回の止血で、なくなったも同然だ。 また、ぶかぶかの八戒の寝巻きの上と、悟空の寝巻きの下をいつまでも借りているわけにはいかないから。 それと。 は部屋を出て、隣の部屋へと壁を伝いながら移動した。 眠っていては困るかもしれないと、小さくノックしてゆっくりと扉を開ける。 隙間から覗けば、誰もいない部屋の中。 ベッドが一つ、膨らんでいる。 「…失礼しまーす」 返事が返ってこないことを祈りながら、部屋の中へと入る。 窓辺からは昼の光が零れている。 ヤカンが小さく音をたてて、煙を吐く。 そしてそこに響く、小さな寝息。 壁伝いでどうにか足音をたてずに、そこへと歩く。 ベッドの上。 そこには三蔵がグッスリと眠っている。 顔を覗き込むと、端整な寝顔。 「…うん、顔色良好。もう、すぐに動けそうだな」 傷は見ていないが、そんなことすら感じられる。 いや、感じるのではなく、確信だ。 よいしょーと小さく声をあげて、近くのタンスへと歩く。 中には、銃と銃弾、経文が転がっている。 「…どーせ、今晩辺りにさっさと行くんだろ?弾、入れといてやるよ。これ、昨日助けてくれたお礼ね」 昨日、自分を冷静に戻してくれたことの。 お礼。 弾の入れ方は分かっている。 は壁に背中を預けながら、銃創に弾を詰め込んだ。 音と共に、確実に。 「でもまあ、三蔵も大変だな。よく分からんけど」 適当に独り言を吐いて、銃創を仕舞う。 カシャンと乾いた音が静かな部屋に響いた。 銀色に輝く銃。 「お前の問題だし?俺には全く関係ないけどさ。一応俺の血もあげたわけだから、少なくとも生きて戻ってきてほしいもんだね」 本当は血だけではない。 黒い羽織りも止血のために駄目にした。 魂と身体を結びつけた…といってもこれはあまり、力を要しなかったが。 それでも、一応生きるように動いたのだ。 これで死なれてしまっても、これはの動き損。 「それに、六道の魂を解放できるの、きっとお前だけだし」 札に支配されている魂を解放するには。 死なせるしかない。 だが、自分を殺す相手によって、救われることがある。 今回は。 三蔵によって、きっと救われるもの。 「俺が言うのも何だけどさ」 弾を込めた銃と、銃弾。 そして、魔天経文。 それを両手に抱えて、フラフラ歩きながらテーブルの上へと置いた。 しっかりとそれらを確認して。 はまたフラフラと扉へと歩いた。 「…六道が、大切な人なら……魂、助けてあげてな。凄い、悲しい目してたからさ」 目を閉じなくても思い出せる。 憎しみや悲しみに染まった、あの瞳を。 札に侵されながらも、必死に残っている、彼の魂が泣いている。 その声が、聞こえる気がする。 扉に手をかけて。 ゆっくりと開ける。 「…じゃ、おやすみ。あと、早いけど、行ってらっしゃい。…頑張って」 きっと、彼は行く。 動けるようになる、この夜に。 彼を、助けるために。 だからこその挨拶は二つ。 それまで休んでほしいという『おやすみ』と。 後に行くであろう人に送る『行ってらっしゃい』を。 パタリと静かに扉を閉じる。 これで一つの目的は終了。 後は御飯と買い物だ。 そう言えば、自分の服は乾いただろうか。 さすがにこの格好で買い物は変な目で見られる。 はまた壁をつたいながら、自分の寝ていた部屋へと戻った。 「あー…だりー…たりー…」 どっこらせと、はそこらに干していた自分の服を触る。 ジーンズはまだ濡れているが、小袖はどうやら乾いているようだ。 せめて上だけでも取り替えたい。 未だフラつく足を感じながら、はどうにか八戒の服を脱ぎ、自分の小袖へと手を通した。 先程よりも見た目は良くなった。 が、やはり小袖に悟空の短パンは似合わない。 「……まぁ、いいか」 買ったらそのまま着させてもらおう。 八戒の服を折りたたんで、はまた踵を返した。 途端、揺らぐ身体。 歪む視界。 「…っ!」 このままでは倒れる。 は声を上げられず、重力にも逆らえない。 心の中でヤバイ、としか言えなかった。 だが。 そこに倒れることはなかった。 「……あれ」 「大丈夫か?!」 後ろからどうやら支えられているようだ。 そして、この声からして。 後ろを見てみれば、金晴の瞳とかち合った。 「悟空」 悟空だ。 どうやら精神的にも落ち着いたらしい。 いつもの、悟空だ。 の腹部を、しっかりと片腕で支えている。 力持ちだなと、全く関係ないことすら思える。 「さんきゅー。ちょいと貧血が…」 「分かってるって!八戒から聞いたから」 「あー、じゃあ、この下のズボンを」 「それも聞いた!」 どうやら全部八戒から聞いたらしい。 他に言うことを探してみたが、なくなってしまった。 とりあえず、その場に立とうとクラクラする頭を抱えながら上半身を起こす。 が。 「八戒が栄養のある御飯作ってくれたから、呼んでこいって!」 「おー。それは有り難いな。…っていうか、悟空が離してくれないと俺歩けないんだけど」 話しながらも、腹部の手は離れない。 力強いそれに手を置いて抗議しても。 しかも片腕だったそれが、いつの間にか両腕になっている。 一体何事だ。 どんどん、その腕は力強くを抱きしめて。 ついには肩に顔を埋め始めてしまった。 「え?何?どした?」 御飯ではなかったのだろうか。 質問の返答はなし。 首にあたる茶色の髪がくすぐったい。 少し身を捩らせる。 小さな、聞き取れない声が聞こえた気がする。 聞き返そうと口を開く。 途端、身体は宙に浮いた。 「うわっ!?」 「じゃ、行くからなッ!」 そのまま身体を回転させられて、肩に軽々と担がれてしまった。 顔は自然と悟空とは反対に向く。 遠くへと流れていく景色を感じるのは、悟空が走っているからだ。 あの間は一体何だったのか。 しかも危うく舌を噛みそうになった。 まぁ、触れなくてもいい話題だろうと決め込む。 「…悟空?俺歩けるけど」 「フラフラだろッ!俺が運ぶから!」 「…えーと。まぁいっか。じゃよろしく」 「おうッ!」 楽が出きるならそれでいい。 は悟空のそれに甘える形で、のんびりとこれからを考えていた。 恐らく、御飯を食べれば少しは貧血が良くなる。 そうしたら陽が沈む前に、服を買いに行って。 晩御飯を食べて、お酒を飲んで寝る。 これで今日のプランは完璧だ。 『ありがとう』だなんて。 聞こえなかったと言い聞かせながら。 |