「っあああああああああああっっ!!!!!」


「…オイ、!!!」


「うるせェな!!一体何だっ!!」


「どうしました?」



頭の中が沢山のモノで溢れ出す。
この間の魂が残していった、数々の思い出も、感情も、痛みも全て。

大声で叫び、取り乱す。
その姿に、悟空と悟浄のみならず、全員がへと身体を乗り出した。


目を瞑り、ただただ叫ぶ。
恐ろしさと苦痛に蝕まれるかのような表情で。
涙を流しながら。
汗がしとどに流れ落ち、小刻みに震える身体を両手で抱きしめている。


いつも見ているただの死体。
だが。
今のとなっては。

自分がそれになったような、それに囚われて。



「いああああああああああああっっ!!!!!!」


「オイ!!しっかりしろよ!!」


「…オイオイオイオイ、一体どうしたってのよ」



力強く自分を抱きこむ手は、腕へと喰いこむ。
その身体を揺する悟空と、原因を探し始める悟浄。
治まりそうにない、叫び。

紅の瞳は、その死体を捉えた。



「…アレに反応してやがるのか?」


「…直接的な原因はそれでしょうが…」



だが。
それだけではない気がする。
この、尋常ではない、叫びは。

まるで、過去を

心の傷を見ているかのような。



「…チッ世話がやける…」



舌打ちをして、三蔵は手を伸ばした。
未だ叫び続けるの銀の髪へと。

悟空が一体どうしたらと慌てる中、彼は至って冷静に、その頭を引っつかんで顔をあげさせた。
グン、と急にあがる頭。
閉じられていた紫苑の瞳は、涙を流しながら開いた。

叫び声は止まない。
揺れる瞳は今、三蔵を見ていない。

過ぎ去った、自分のものではない過去を見ている。



「オイ。俺を見ろ」


「…あ……あああっ………」



叫び声は小さくなったものの、まだ取り乱しているのが分かる。
三蔵は掴んだ頭を思い切り後部座席の角へとぶつけた。
ガツン、という大きな音がの後頭部から響く。

現実の痛みに、は目を見開いた。
そしてそのまま、また髪を引っ張られて三蔵の前へと投げ出される。
紫暗の瞳が、紫苑の瞳をしっかりと捉えた。



「アレは、お前じゃない。過ぎ去ったものでもないだろうが」



深い、深い紫。
低い声が、しっくりと耳の中へと入る。
脳に浸透する言葉は、ゆっくりと身体全体に伝わっていく。


震えが止まり、呼吸が落ち着いてくる。
揺れていた瞳はしっかりと目の前の瞳を見て、涙は止まった。



「……あ………」



声が零れる。
それはまだ震えていたが、正気に戻っているのは確か。
もう、紫苑の瞳は恐怖に怯えてなどいない。

それを確認して、三蔵は頭から手を離した。
フンと、呆れに似たそれを出しながら。



「……大丈夫か?


「……あ……悪ぃ、俺……」



心配そうに顔を覗き込む悟空。
は、正気に戻ってきた途端、片手で頭を抱えた。

この間魂を解放したばかりのせいもあり、それに囚われた。
彼らの身体が、ここにあったから。
まるで自分がそうなったかのような幻覚に陥っていた。



「…一体どうしたってのよ?死体なんていつでも見てっだろうが?」


「…本当にな…」



ハァと溜め息が零れる。
手をあげて、はまたようやく顔をあげた。
未だに見える、多くの死体。
無残な表情、何かの文字が書かれた札。

未だ頭を過ぎる映像。
冷静になったは、ただそれに、顔を顰めるだけで終わった。



「あ、三蔵ありがとな」


「後で煙草買ってこい」


「………えー、気が向いたら」



『正体』と言わなくなっただけ嬉しいことだ。
だが、これもどうだろう。
後ろを振り向かずにパシリに行けと言う三蔵に、お礼の気持ちは激減。
半眼で、彼の背中を見つめた。



「はい、


「え?」



彼の隣から差し出されたのはハンカチ。
差出人は勿論、深緑の瞳の持ち主。

一体何のためのハンカチなのか。
全く分かっていないは目を瞬かせるばかり。
受け取らずに八戒とハンカチを見比べていると、それは頬へとあてられた。



「涙、流れてますよ?」


「え?嘘?」



離れたハンカチには、しっかりとした水滴の跡。
気付かなかった。
がポカンとしていると、八戒は苦笑を零した。
そして、そのままの手にハンカチをのせる。



「いいのに、ハンカチなんて」


「いいんですよ、僕の自己満足なんですから」



腕で拭えばいい話だというのに。
全く、紳士な人だ。
渡されてしまえば、もう受け取るしかない。
は苦笑を零しながら、軽く手をあげた。



「…ハンカチ、洗って返すな。ありがと」


「気にしないでください。じゃ、行きましょうか」



エンジンが再びかかりだす。
とっくに止まった涙の跡を、静かにハンカチで拭う。
いささか乱暴に拭うのは、慣れていないから。



「…おチビ、それハンカチの意味ねェよ」


「いいんだよ、放っとけ」


「つか、マジもう大丈夫なのかよ?」


「大丈夫。ありがと悟空」



グン、と勢い良く発進するジープ。
大量の死体を横目に、は小さく溜め息を吐き出した。



この前の魂の解放のときにいた、彼らの魂。
まだそこにあるということは、死んでから時間は数日ぐらいしか経っていないこと。


(…ってことは、あの坊さんがここにいるかもしれないってことか)


悲しみに揺れ、狂気に魅せられたあの瞳。
抗うようで、従順な心。
全ての妖怪を憎むかのような、表情。

札を放つときの、あの力。
法力と呼ばれるそれにしては、禍々しいもの。


(…もしかしたら、出くわすかもしれないな)


もし、彼が本当に全ての妖怪を憎むのなら。
妖力制御装置をつけている、彼らにも訪れるのだろう。

こっそりと、周りを見る。


運転している八戒。
なんだかんだで、少し気を使っているのか黙っている悟浄。
悟空は、まだ心配してくれている。


(また、面倒なことになりそうだ)


人知れず溜め息を吐いて、ハンカチをポケットにしまう。
今更ながら、三蔵に痛めつけられた後頭部が酷く痛くなってきていた。





暗雲は立ち込める。
雷はいまだに大きく音をたてている。

その様子は、これからの出来事を悟らせるかのように。
闇を増した。











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