|
ザアアア…という雨音。 それは雨自体のものではなく、地面を叩くことによって紡がれる音色。 二つのモノによって作られる共同作業。 それに、雷の音と光が共鳴する。 見ようによっては、それは幻想的なもの。 「…やっぱりあと一歩、間に合いませんでしたね」 白竜が小さくくしゃみをする。 そこに、はタオルを放り投げた。 ようやくついた町の宿。 その頃にはもう雨は、まるでバケツをひっくり返したかのように降り注いでいた。 地面へと落ちる雨が跳ね返り、足元もびしょ濡れになるほどに。 お陰では機嫌を取り戻していた。 雨に濡れることで、精神は落ち着いていく。 宿に着いたときには、いつもどおりのになっていた。 「ほい白竜、動くなよ。拭くからさ」 「ピーッ」 ワシワシと拭いてやると、タオルの間から小さな頭が現れる。 可愛いそれに、はクツクツと小さく笑った。 窓辺からは雷の光が零れる。 次の瞬間、大きく地震を起こすかのように音を響かせた。 「あ、光った光った。わーいっっ」 「近いなこりゃ」 「−ほら悟空」 窓辺で雷を喜んでいる悟空に、のんびりと悟浄が声を出す。 そこに、タオルを持って八戒が近づいていく。 「ちゃんと乾かさないと、駄目ですよ」 「むー」 が白竜を拭くように、彼もまた悟空の頭を拭く。 先程も、皆の濡れた服を乾かすために、部屋に干していた。 まるで母親だ。 さながら、悟空は子供。 は白竜を拭き終わり、タオルを取った。 「はい白竜、完了」 「ピーッ」 「そーいうお前も髪拭いて早く服着ろ」 「イタッ!」 悟浄に後頭部を殴られた。 今のの格好は、上半身はさらしのみ。 下は着替えたジーンズだ。 未だ髪は拭いてなく、ポタポタと滴が落ちる。 「おチビの貧相な胸見ても嬉しくねーんだよ、こっちは」 「そりゃ失礼」 「つか、もうちょっと羞恥心とか持てよは!!」 「何せペッタンコなんでな。もう男同様さ」 「…サラシじゃなくて、ブラにすりゃいんじゃねェの」 「俺に合うブラなんざねーよ。ま、デカいとそれはそれで邪魔みたいだし、いーんじゃね?」 ガシガシと頭を乱暴にタオルで拭きながら、は近くにあった小袖を取った。 これも着替えのもの。 真っ白いそれに腕を通して、紐で軽く結う。 終了。 未だ慣れていない悟空は、微かに顔を赤らめている。 八戒は、小さく溜め息を零した。 「知りませんよ?どんなに男っぽくても、身体は女性なんですから、一応」 「気にすんな」 ピラピラと手を振って、は窓辺へと腰かけた。 未だ天地を揺する雷雨。 タオルを肩にかけ、その光景をのんびり見やった。 コンコン、と扉が叩かれる音がする。 次に開かれるそれから、女性の顔が現れた。 「温かいお茶をお持ちしましたー」 「あ、ども」 「あ、ありがとうございます」 宿屋に働いている人だろう。 短いウエーブの髪と、可愛らしい瞳の女性。 お盆の上には湯気を出すお茶が五人分。 彼女はにっこり笑ってお盆をテーブルの上に置いた。 「災難でしたねェ。急に空荒れちゃって。でもしばらく続くみたいですよ、雨」 「げーマジかよ」 ウンザリとした表情で悟浄が溜め息を吐く。 雨は確かに命を育むが、あまり降りすぎると逆に危険に晒す。 それは嫌だなぁと、のんびり外を見る。 「−ちょっと、ここに来る途中妖怪の死体と大量に出くわしたんだが…」 疑問を投げかける三蔵の声は落ち着いている。 が、は窓に目を奪われながら顔を顰めた。 今でも鮮明に思い出せる特徴的なあの死体。 脳裏を未だに横切る、彼らの心。 今の雷雨のような、感情と苦痛の嵐。 「ああ、それはきっと、六道様だわ」 彼女は全く気にも留めないようで、あっさりとその人の名前を出した。 ということは、彼女らには危害がないという証。 「『六道』…?」 「誰ソレ」 「お客さん達は東からいらしたからご存知ないでしょうけど、最近この辺では“救世主”とまで呼ばれているお坊さんです」 お坊さん。 その言葉にピクリと反応して、部屋の中の女性へと視線を移す。 彼女は嬉しそうに説明をし始めた。 妖怪を退治する為に、各地を転々としているため姿を見た者はほとんどいない。 だが、情報によると、札を身体中に貼りめぐらせた大男。 彼の呪符にかかれば、いかなる妖怪も滅するという凄まじい力を持った法力僧だそう。 「札…そう言えばさっき見た妖怪達の死体にも札がー」 八戒の声に、は無意識に拳を握りしめた。 外見上の特徴。 噂ではあるが、法力を使い、札を操る僧。 間違いはない。 魂が残してくれたそれと、一致する。 (…嫌な予感がすんな) 話では妖怪退治の名目であるのだから、人間には被害が及ばない。 だが、ここにいる三蔵一行の三人は妖怪だ。 それに、は。 (もし『正体』が謎に包まれていたら…攻撃してくるかもしれない) 恐らく、あの札は通じないまでも。 力が強いということは明らかだ。 軽い怪我一つ二つで済むような戦いではなくなることは確か。 「−へえ、住み込みで働いてんだ。部屋どこ?教えてよ」 「えー?どうしようかなあー」 (そう、住み込みだからどうしようか……ってアレ?) はた、とはそこで考えるのを止めた。 何か今、別のことを心の中で言ってしまったような。 一体どこからそんなものが出てきたのか。 視線をあげると、悟浄が女性に詰め寄っているのが見えた。 「外も雨だし、俺達も濡れようぜ」 「…………ウワ、キモ」 「おいセクハラ河童」 すごい台詞を色気たっぷりの声で。 さすがのも呆れを通りこして引いた。 鳥肌すらたっている。 三蔵もハリセンを持って彼の背後に立つ。 彼はどうやら怒鳴りに行ったらしい。 ナンパを遮られた悟浄は、不機嫌そうに後ろを振り返った。 「何だよッ俺が何しようと関係ねェだろ!?ってかおチビ!キモッて何だキモッって!!」 「この前の紅孩児の一件から個人行動はひかえろと言ったばかりだろうが!!」 「あ、ごめん、つい正直に」 どうやらの言葉も聞こえていたらしい。 三蔵が怒鳴る中、も弁解した。 といっても、軽くだが。 八戒がのんびりとお茶を啜る中、悟空は目を輝かせた。 「紅孩児ッあいつ今度いつ来んのかなあ?な、!」 「俺に振るのか。…いずれ来るだろ。借りは返すって性質だっつってたし、包帯返しに来るのかな」 「そかッ!楽しみだな!!」 「ダチか、お前ら」 嬉しそうに話す彼に、は面倒そうに返している。 が、紅孩児の第一印象が良かったため、も小さく笑んでいた。 そこに悟浄が呆れながらに言葉を出す。 の頭に腕をのせ、そこに思い切り体重をかけて。 というのも、ナンパは失敗し、女性が逃げてしまったためのヤツアタリだ。 また、まだキモ発言にご立腹らしい。 首が沈むことを感じながら、は目を半眼にし、面倒そうに溜め息を吐いた。 「とにかく…雨があがるまで、ここで休むことにしましょう」 「ああ、そうだな…」 どちらにせよ動けない状態。 雨が窓を叩く。 三蔵の紫暗の瞳が、それを、ぼんやりと見ていた。 |