深夜になっても未だ雨は降り止まず。
雨の音が子守唄というよりも、激しい鼓動のように音を奏でる。

それは洗礼のものか?
断罪のものか?
ただただ全てのモノに等しく降るそれ。



「…………」



はただ、ぼんやりと起きていた。
部屋には規則正しい寝息と、悟空の鼾が響く。

いつもならば眠れる夜。
それなのに、今日は酷く眠れない。


(…酒が足りなかったかなぁ)


瞳を閉じれば、すぐに思い浮かぶあの魂の残像。
心を支配する感情。

そしてあの僧の、瞳。


ゆっくりと身体を起こして、壁へと頭を預ける。
小さく溜め息を吐く。
窓辺を見ると、雨はただただ降るだけ。



「……眠れないんですか?」



全員眠っているはずの部屋に響く、誰かの言葉。
真っ暗な闇の中に薄っすらと見える、影。



「…八戒も?」



八戒だ。
片方だけの眼鏡をかけたままなあたり、全く眠っていないのだろか。
彼は苦笑を零して、のベッドへと腰を下ろした。



「ええ、まあ」


「そか。酒でも飲む?俺持ってんの、ワンカップだけど」


「あはは、じゃあ遠慮なく頂きます」


「りょーかい」



近くにあった自分の荷物に手を伸ばし、中を漁る。
こっそりと、自分用に前の村で買っておいたもの三つ。
一つを軽く投げて、八戒へと渡した。

プシリと開く音を聞きながら、も自分のものを取り出して座る。
同じようにして開けると、甘い香りが鼻を擽った。
口に含めばいつも同様、苦い味。
アルコールが喉を焼いて通っていく。



「…あー、美味しい」


「知りませんよ?アル中になっても」


「そんときゃドンマイ」



まるでお茶を飲むかのような、和やかな空気。
そういえば二人共お酒が強いためか、いつも一緒に飲んでいる気がする。
のほほんとした空気に、雨音は激しさを増す。



は、雨好きなんですよね」


「うん。で、そう訊くってことは八戒は嫌いってことだな」



八戒が目を見開く。
しかし、は気にすることなく窓辺をぼんやりと見た。
暗闇に響くその音は、何を蝕むのか。
それは、には関係ないこと。



「…ええ。雨の夜がちょっと…」


「イイんじゃないの。雨が好きなヤツがいりゃあ、嫌いなヤツもいるわな」



全く気にしない。
誰だって苦手なものはある。
にも、ちゃんとそういうものはある。

満月だとか。
雪の夜だとか。

他にも虫などがあるが、それはまた違う話だろう。



「じゃあ八戒は、それで眠れなかったのか」


「ええ。は…?」


「…あー…恥ずかしい話、あの死体が脳裏に焼きついて離れなくてな」



彼が素直に話してくれたのだ。
こちらも素直に話すのが礼儀というもの。
酒を口に含んで、のんびりと頭を左右に揺らした。



「なんつーか、キョンシーに似てね?札だらけでさぁ。で、夢に出てきたらどーしよー的な、ガキっぽい頭が働くわけ」


「あはは、はお化けダメなんですか?」


「お化け屋敷とかアウトだな。信じてないもの見せられても、恐いものは恐いし」


「あーなるほど」



のんびりと話しながらお酒を飲む。
そうすることで恐れから逃げるように。

眠れない夜の楽しみ方の一つ。



「でも大変だなー雨の夜苦手って。今日とかずっと降ってんでない?」


「ええ…そのようですね」


「寝れるなら寝ときなよ。交通事故とか面倒だから」


「分かってますよ。も寝ないと明日も大変ですよ?悟浄や悟空に揉まれて」


「あー、そりゃ大変だ」



寝なきゃ、という話題なのに寝ないのは寝れないから。
ならば起きるのみ。
起きたままでのんびりと話し、朝が来ればいい。

悪夢に苛まれる、くらいなら。



「………っ」



誰かの息切れが聞こえる。
八戒とは目を合わせた後、その方向へと動かした。
窓辺の近くのベッドから。



「…三蔵?」


「………く……っ」



三蔵の声が微かに聞こえる。
だが、呼びかけてみても、それに対する反応がない。
二人で立ち上がり、顔を覗き込む。

寝汗が酷い。
表情は、辛そうなものだ。
布団を握り締め、顔を左右に揺らす。
でも瞳は閉じられたまま。



「…うなされてますね」


「…だな。……ちょっと八戒見てて。俺、水とタオル持ってくるわ」


「あ、じゃあお願いします」



辛そうな顔。
は小さく顔を顰めてから、踵を返した。

が傍にいると落ち着かないかもしれない。
まだ、お互い気を許したわけではないからだ。
だからこそ、彼にとって気のおけるであろう八戒が近くにいた方がいい。


水道の蛇口を捻って、コップの中へと水を注ぐ。
満たしたところで止める。
また、宿に置いてある真っ白なタオルも手に取る。



「−ッ!!」



声にならない、声が部屋に小さく響く。
三蔵が起きたのだろうか。
タオルも水もしっかりと持って、そこへと足を動かす。



「く…」


「…大丈夫ですか?」


「……起きた?」



闇夜に浮かぶ、二つの影。
一人は八戒。
一人は、ベッドから身体を起き上がらせた、三蔵。

未だ息切れしているそれを見てから、は傍にいた八戒に水とタオルを渡した。



「八戒。……と、か」


「ひどくうなされてましたから」


「大丈夫か〜?」



近づかないまま、遠くから声をかける。
虚ろな紫暗はゆっくりと八戒とを映した。
そして、そのままコップを受け取る。



「そうか…すまない」



その言葉には目を大きく開いた。
三蔵が謝ることは滅多にない。
自分のことがまず一番であるし、彼らを気遣うことなどほとんどないのだ。
だからこそ、珍しい。



「いいえ」


「…ほんと、大丈夫?頭おかしくなった?」


「…何の話だ」


「いや、だって、三蔵が素直に謝るとか…」


「死ぬか?」



八戒が普通に対応している。
が、にそんなこと出来はしなかった。
何せ恐ろしい三蔵が素直に謝罪だなんて。

それを素直にいったところで、元に戻った三蔵に睨まれてしまった。
両手をあげて降参せざるをえない。
八戒はクツクツと小さく笑った。



「実は僕も駄目なんです。雨の夜は」


「−そうだったな」



遠くを見るように、窓辺を見る。
窓を伝う雨は、まるで滝のようだ。
しかし、それを見ているわけではない。

もっと、遠くを。
過ぎ去った、ものを。


先程ののように



「…で、お前は」



瞳に、今度はを映した。
まさかこちらに飛んでくるとは思ってなかったのか、目を瞬かせた。
心の隅では「ああ、三蔵も雨ダメなんだ」とかどうでもいいことが過ぎる。



「…あー、俺は」


はお化けがダメだそうですよ」


「ってウォーイ。それ関係ないって。ただあの死体がどったらこったらの話だったろが」


「で、それがキョンシーだったらどうしようって恐くて眠れなかったんですよね」


「そうそう…って結局俺お化け恐くて眠れないってことになるのかよ」


「フン、くだらんな」


「あ〜、そう言うと思いました〜。いーよ、もう。面倒だからそんな理由でい〜よ」



なんだかどうしようもなく情けなくなってくる。
頭をかきながら、は小さく舌打ちした。
結局、お化けがダメで眠れないって話になってしまった。



「…あーあ。残ったお酒でも飲もう…」


「あ、僕も途中でした」


「…オイ、酒飲んでたのか?」


「寝付けにな。三蔵もいるか?ラストのワンカップ」


「………寄越せ」


「あいよ」



ワンカップを投げて寄越す。
いい音でしっかりと受け取ったと分かる。

闇はまだ、雨の音を響かせた。













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