雨音を消すには、それ相応の音が必要だ。
そして、長い、長い音が。


もしくは、声が





「きゃああああ!!」



女性の悲鳴が、一瞬の雷鳴のように雨音を切り裂いた。
そして、何かが割れる音も一緒に響く。
お酒を口に含もうとしていた三人は一斉に顔をあげた。



「−!!何だ!?」


「行ってみましょう」



お酒を各々テーブルの上へと置く。
そして、素早く着替え始めた。

といっても、何かを羽織るとか、それぐらいで済むことだ。
が黒い羽織りに手を滑らせているときに、寝ていた一人が起き上がる。



「お、悟浄おはよ」


「……あー?何だ今の?」


「たぶん、悟浄の好きなお嬢さんの悲鳴だと思うけど」


「…ハァッ!?お前それ早く言えよ!」



お嬢さんの悲鳴、と言った途端すぐに起き上がって着替えだす。
女好きなのか、フェミニストなのか。
そんな悟浄を見ながら、は自分のベッドの近くの悟空を叩いた。



「おら、悟空も一応起きろって」


「……ん〜…朝、飯?」


「はい朝飯だから起きろ〜」


「嘘をつけ、嘘を」



彼を起こすには、これが一番。
遠くから三蔵が何かつっこんでいたが、は気にせず悟空を起き上がらせた。

一番早く部屋を出たのは悟浄。
それに続いて八戒が出た。



「た…助けてェ!!」


「どうした!?」


「調理場に…妖怪が…!!」



女性が悟浄にしがみついた。
パニックに陥って、涙を流している。
息を切らせているのは走ってきたから。

調理場に妖怪。
悟浄は舌打ちして、さっさと行こうとするへと彼女を渡した。



「彼女を頼んだぜ、おチビッ!」


「…ええっ!?」


「僕も行きます!は後から着替えた悟空と三蔵と一緒に来てください!」


「え、ちょ!?」



どうやら女性には、一応女性と考えたらしい。
は彼女にとってはただの少年なのに、だ。

さっさか走っていく二人の後姿を見ながら、腕の中には、よりも少し背の高い女性。
甘い香りと、震える身体と、泣き声。
は戸惑いながらも、ゆっくりと背中を擦った。



「お姉さん、もう大丈夫だからな」


「う……うう……ッ」



擦っていくと、どんどん泣き声が小さくなっていく。
落ち着いてきたらしい。
だが、冷静になれば見える現実もある。
顔は急に、真っ青になった。



「あ…ッ!従業員が…」


「うん、じゃあ助けに行こうか。準備が出来たみたいだし」



くるりと振り向けば、準備万端の三蔵と悟空。
今すぐにでも走り出せそうだ。
はゆっくりと顔をあげて、彼女の顔を覗き込んだ。



「…一緒に、行く?」



無理強いはしない。
恐らく、誰かは死んでいるであろうから。

彼女は戸惑いながらも、真っ直ぐにを見て。



「…ハイ…ッ」



そう答えた。
強い、女性だ。

はニッと笑ってみせ、手を取った。
足を、動かし始める。



「じゃあ、走るよ」


「ええ」


「悟空は先に行け」


「りょーかいッ!」



三蔵の言葉に、悟空が元気よく頷いた。
そして、勢い良く走り出す。

彼の後ろ姿を見つつも、三蔵と、そして女性は速くもゆっくり走る。
彼女を守るように。
彼女のことを気遣いながら。


見える調理場の扉。
それは開かれていて、大きな音がする。
戦いに赴く、影も動いているのが見えた。



「あそこですッ!」


「みたいだな」



三蔵が当たり前のように賛同する。
手には銃を握って。

ということは、は今回、彼女を守る役目になるのだろう。
妖怪が狙うのは、ほとんど三蔵一行。
そういうことに、なっているのだから。


調理場の扉をくぐれば鼻につく、サビた鉄の匂い。
勿論、そんなものではなく、血の、あの匂い。
同時に内臓独特の臭いが漂っている。



「おらァ!!」



悟空が妖怪を殴り飛ばす。
大きな音と共に崩れる、その身体。
近くには殺された人間達の、無残な姿があった。

せめて彼女には見せないようにと、が扉の向こうへと動かす。
遠くからは見えないだろう。
臭いは、しょうがないとしても。



「寝起きイイじゃんかよ悟空ッ」


「たまにわねッ」



会話からして楽勝らしい。
三蔵も一息、小さく吐く。

しかし、はその横で身体を強張らせた。



「さてと、コイツらどーす…」



悟空の暢気な声。
それが途中で遮られる。

空気を裂く音。
強烈な殺気。

感じたことのある、この感じ。



「!」



目に映ったのは、妖怪達。
そして、その身体に張り付いた札。



『<オン>』


「ぎゃあああああああ!!」



低く、憎しみの篭った声。
しかし、それは酷く神々しくも聞こえる。


札が全てを吸収していく。

力も。
感情も。
思い出も。
断末魔の悲鳴でさえも。



「な…何だァ!?」


「……あ………っ」



戦っていた悟浄、悟空が声をあげる。
は無意識に、零れる声を防ごうと口を押さえた。
瞳は、恐怖に揺れて。



『ダマカラシャダソワタヤ、ウンタラタカンマン…』



シャランと、どこからか良い音が鳴るというのに。
心は落ち着かない。

隣で三蔵も小さく反応を示した。
が、今のはそれに構う余裕すらない。


見たくはない。
けれども、見なくてはいけない。


調理場の裏口に、誰かが立っている。
雷の雷鳴が響いて、閃光が落ちてくる。



「…我が名は六道」



閃光で見える、姿。
聞こえるのは雷鳴と同じような、声。

笠の影から見える、憎しみと狂気を纏った瞳。
札を身体に張り巡らしている彼。



「この世の妖怪は、一匹残らず俺が滅する」



その手には、多くの札と、僧がよく持っている杖。
言葉には信念すら見受けられる。




「こいつがあの、六道…!」



誰かが、驚きの声をあげる。
後ろにいたはずの女性が、身を乗り出す。
しかし、はその場から動くことが出来なかった。

(……彼、が)



“救世主”は、雷鳴と共に到来した。












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