たった数分の話。
けれど、それはあまりにも長く感じられた。



六道の口から紡がれたのは、昔話。

先代三蔵が死した夜。
幼いながらも、玄奘三蔵が生まれた朝。

経文を持ち、山を下りたこと。


詳しくは分からないが、そういうことがあったらしい。
いや、本当は詳しく説明してくれていたのかもしれない。

にとって、彼の過去などどうでもいい話。
むしろ、知ってしまってはいけないもの。
だからこそ多くの情報を頭の中から排除していた。


重要なのはそこではない。
朱泱が何故、死んだことになっているのかだ。



「…その晩、お前は人知れず山を下りた」


「………」



とりあえず、三蔵が知っているのは、ここまでだということ。
その後に、彼を揺るがす何かがあったに違いない。
紫暗の瞳がじっと見つめる中で、彼はまるでヤツアタリをするかのように声を荒げた。



「だがその後すぐに、妖怪の夜盗群が再度攻め込んで来た…!!奪いそびれた『魔天経文』を狙って。お前が持ち去ったばかりとは知らずにな!!!」



三蔵に緊張が走る。
そこまで話が来れば、あとはなんとなく分かることだ。

先代三蔵でさえ殺されてしまったこと。
つまりは他の僧では太刀打ちできないことを意味していた。

なのに朱泱が生きていること。
札。
大きな法力。
それらが意味するのは、最も危険な力を、手に入れること。



「ーだから俺はついに、『禁じ手』と呼ばれる呪符で自らに呪いをかけた」



願いは、ただ一つ。
やってくる数多の妖怪。
多くの仲間の死が見える中での願いごと。



「『我に全ての妖怪を滅する力を』…!!」



禁じ手というものは、自ら危険に陥るからそう呼ばれている。
三蔵は、これらの情報で素早く理解した。
彼が手にとった、『禁じ手』の名を。



「……まさか、“阿頼耶<あらや>の呪”…!?」


「そうだ」



それは一体何なのか。
悟空達には分からないが、危険なものに手を出したことは分かる。
六道はクツクツと喉の奥で笑ってみせた。



「−そして俺は強大な法力を手に入れ、妖怪どもを倒した」



はらりと捲られる着物。
胸を露にする、そこに見える物体。



「だが一度解放した力を抑えることはできない…もはやこの俺の身体はコイツが妖怪の魂を喰らう為の道具でしかない…!!」



右胸にある札。
それはまるで根を張るように、身体を侵食するかのように、そこに貼られていた。
もう、それを取ることは出来ない。



「…………そういう…ことか…」



魂を喰らう。
そこではようやく全てを理解できた。


この間の魂の解放。
多くの苦痛。
死体を見たときの、気持ち悪さ。

何か違和感を感じながらも、分からなかったこと。


あの札が、魂を喰らっていた。
妖怪にも、人間にもある“正”の感情を。
幸せだとか、嬉しさだとか、そんな思い出さえもなく。

ただただ苦痛、悲しみ憎しみ、それらしか、の元にきた魂には、残っていなかった。



「この十年間…なんの罪もない妖怪どもを殺しまくってきた。この札と……この札がもたらす激痛から逃れる為に」



が過剰反応を示したのは、“正”がなく“負”ばかりだったから。
そしてその“負”が、六道を見つめていたからだ。



「妖怪どもがトチ狂って人間を襲い始めた後は、こんな俺でも救世主扱いだ。笑っちまうよ…!!!」



“負”は“負”に共鳴する。
彼らはしっかりと、自分と同じようになった彼を見ていた。
大きく笑いだす六道。
自嘲気味に言い放つそれは、後悔の嵐のよう。

だからこそ。
理性をなくした妖怪達の魂は、それを見て、苦しくて、悲しくなった。
自分達を、見ているようで。


(…そっか…だから……だから今回の魂の解放は…あんなにも悲しかったのか)


にはもう、恐怖を感じられなかった。
むしろ、悲しくなってくる。

理性をなくしてしまった妖怪も。
札を取ったために、人形と化してしまった六道にも。



「イッちまってるよコイツ…。−どっちが妖怪だってェの!!」


「どっちが妖怪か、確かめようじゃねえか!!」



悟浄の言葉に反応したのか。
妖怪という単語に反応したのか。

どちらにせよ、六道が向かってくるのは確か。



「外へ…!!−ここじゃ危ない」


「ゲッまた濡れんの!?」



調理場だけに、物が溢れていたりテーブルがあったりと、戦いには不向きな場所だ。
八戒が外へと促す中、悟空がブーイングをする。

しかし、そんなことなど構ってはいられない。
はとりあえず、六道の攻撃がこちらに来ないようにと三人から離れた。
勢い良く扉を開け放ったのは、悟浄。



「!!なんて雨だよ…!!」



暗闇なだけではなく、滝のような雨が降り続いている。
悟浄に続いて悟空、八戒が外へと出た。
視界が悪くなるのは、雨のせいか。

それとも、闇のせいか。


六道も外へと出てから、はようやく扉をくぐった。
自分に被害がないのなら別に良い。
それに、これは自分の問題ではないのだ。
きっと、これは。



「……ってあれ。三蔵は行かないの?」



恐らく三蔵の問題ではないだろうか。
そう思っていると、自分と同じく屋根の下にいる彼を発見した。
腕を組んで面倒臭そうに外を雨の中戦っている三人と六道を見ている。



「…そーゆうお前は雨に濡れなくていいのかよ」


「あ、うん。もう着替えないから…って俺関係ないじゃん」



全くもって戦う気ゼロ。
近くでは、身体が札と化しているとか、足場が最悪だとか聞こえてくるというのに。
まぁ、これも三蔵の問題だろう。
はしょうがないと溜め息を吐いて、目の前の戦いを見学し始めた。

屋根の下、二人で雨宿りしながらの見学。
気付いたのは、悟空だった。



「三蔵……ズリー」


「だって俺妖怪じゃねぇもん。応援はしとくよ。悟空、悟浄、八戒、ふぁいとー」



応援すらやる気がない。
三蔵は三蔵で、黙って見学中だ。



「どうした玄奘三蔵!やはり妖怪には手は貸せんか?」



見下すかのように言い放つ言葉。
六道は人の悪い笑みを浮かべて三蔵を見やる。

しかし、三蔵はただただ冷静に口を開いた。



「…違ーよ。俺が手ェ貸さなかろーがどうせ。死なねーもん、そいつら」



はスと、隣を見上げた。

声と言葉は、しっかりとしたもの。
紫暗の瞳は六道を向いたまま。


(……フーン……)


それは信頼とか信用とか、そんな言葉では括れない。
もっと、もっと固い何か。

四人の仲を、感じさせる。

瞳。



「…ま、そりゃそーだ」


「死んでもお経上げてくれなさそーですしねえ」



当たり前のように、笑ってみせる悟浄と八戒。
それは六道の心を逆撫でするには充分だ。
馬鹿にされたような感覚にすら、陥らせる。



「くッ…ほざけ…!!」



その声と共に、また戦いが始まる。
三対一。

はその様子をただ、ぼんやりと見ていた。












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