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意図も簡単に掴まったお姫様はご立腹だ。 まるで猫のように捕まった彼女は頬を膨らませて三蔵を見上げた。 「降ろせよーっっタレ目!ハゲっ!!」 「…殺すぞマジで。だから誰がハゲだっつーの」 なんとも仲が良さそうだ。 頬杖をつきながらそんなことすら思う。 彼らの横では拍手が小さく零れていた。 「おっさすが三蔵」 「小動物の扱いはお手の物ですね!!」 「誰が小動物だよッ」 出たのは賞賛の言葉。 悟空は小動物、の意識はあるらしい。 もしかしたら白竜のことかもしれないのに、だ。 いや、白竜を手懐けているのは八戒だが。 「もーっっオイラ超ムカついたっ!!ゆるさないぞぉっ」 またパンチでも繰り出すか。 しかし手は出ない。 差し出された良い匂いに、彼女は笑顔を零した。 「食うか?」 「食べる。」 「あ、手慣づけた。プロだ」 八戒からプロ認定。 ここは喝采を送るべきだろうか。 肉まんを食べ始めた彼女を見ながら、はまたお茶を啜った。 「−そこまでだ」 聞いたことのある、低い声。 どこぞの屋根の上から聞こえたそれに、は顔をあげた。 そして、時は止まる。 「また会ったな、三蔵一行。我が妹…返してもらいに来た」 「紅孩児……!!」 紅の瞳と髪の持ち主の王子様。 李厘の兄である紅孩児。 その横にはこの間刺客にやってきた八百鼡。 もう一人は知らない男性が立っている。 しかし、の瞳に入ったのは三人ではない。 八百鼡の隣。 紅の髪を靡かせ、紺色の瞳を輝かせる女性。 彼女は目を細め、しっかりとを見つめていた。 促されるようには席を立つ。 白竜はそのまま飛び、テーブルへと着地する。 瞳は釘付けにされたまま、足はふらりふらりと無意識に動いた。 三蔵一行全員が李厘に対する不満を口々に言う。 しかし、それはの耳には入らない。 会いたかった 会いたかった その想いだけが心を占める。 紫苑の瞳が揺れ、涙が零れ落ちそうになる。 口は嬉しさを隠しきれずに、本当の笑みを浮かべた。 「………………久しぶりね、」 久しぶりに見る姿。 聞く声。 自分の名を紡ぐ言葉。 何もかもが嬉しく感じる。 「え、、あの人お前、の……」 悟空が何かを言いかけて、口を噤んだ。 の表情を見て、金晴の瞳を大きく見開かせて。 促されるように、三蔵や八戒、悟浄すら表情を見て驚きを隠せないでいる。 しかし、そんなことすら構っているわけにはいかなかった。 いつの間にか彼らを通りこし、前へと出る。 優しく笑む彼女の姿に、は手を、そっと伸ばした。 「…………」 彼女が目の前にいるからこそ、意味のある名前。 手を伸ばせば、彼女は微笑んで、ふわりと地面へと降り立った。 近づく距離。 触れ合う手と手。 温かい、細い指先。 それは真実だと、夢ではないと証明するかのよう。 「そう、私よ、……」 「………やっぱり、そっちに、いたか…」 「ええ。王子様達に、ついでで連れてきてもらったの。一目、会っておきたくて」 本当は抱きしめたい。 だが、それは全てが終わってから。 しっかりと手を握り、は屋根の上を見上げた。 紅孩児達は全く動く気配はない。 少し驚きながらも、事態を見守っているらしい。 例え妹を連れ戻しにきたついでであっても、嬉しいこと。 は表情を変えないまま、彼らに向かって微笑んだ。 「…有り難う、紅孩児」 ここは礼を。 心からの、お礼を。 紅孩児は一瞬驚いた後、フンと視線を逸らした。 「王子、私からも礼を言わせていただきます。帰りも宜しくお願いしますわ」 「ちゃっかり帰りも予約かよ」 紅孩児の隣の男性が溜め息交じりに突っ込む。 だが、彼女は肩を竦めてみせるだけ。 当たり前、という意味を込めて。 「……、やはりまだ三蔵一行と共にいたか」 「あーうん、行く方向が一緒なもんでね」 、と紅孩児から紡がれた名前に反応したのは、三蔵に掴まったままの李厘だった。 「うにゃ?もしかして、この人がお兄ちゃんが言ってた人?」 「あ?」 指をさされているあたり、を言っているらしい。 彼女の瞳はキラキラと輝き、凝視。 一種の居心地の悪さを感じながら、は首を傾げた。 「八百鼡ちゃん、助けてくれたんでしょ?」 「え、いや、あれは君のお兄ちゃんが助けてたんだけど。むしろ俺が助けられたんだけど」 「ええ〜?お兄ちゃん言ってたよ?って人が助けてくれたって!ありがとねっ!!」 どうやらが助けたことになってしまっているらしい。 お礼まで言われてしまった。 可愛らしい笑顔で。 上からは八百鼡が「その節はお世話に…」と頭を下げている。 「八百鼡ちゃんの借りもあるから、は殺さないであげる!」 「…あはは、ありがと」 これは意外なところで大助かりだ。 いつの間にか名前で呼び捨てされてはいるが。 彼女のクリクリとした瞳を見て、は笑みを零した。 その笑みが、また彼女の可愛らしい笑みを呼ぶ。 「それにお兄ちゃん、のこと気に入ったみたいだしね!」 「は?」 「李厘!何の話だ、何の!!」 全く本当に何の話だ。 が目を瞬かせる中、上から制止の声がかかる。 紅孩児も紅孩児で、勝手に誤解されていると分かっているらしい。 クスクスと笑っているのは手を繋いだだ。 とりあえず、三蔵は片手に持っている小動物が邪魔になったらしい。 その手をさっさと離した。 「とにかく、いーよ返すよ。別にいらねえから」 「うにゃ」 どさり、と李厘の身体が地面へと落ちる。 それを皮切りに、止まっていた悟空や悟浄、八戒がようやく動き出した。 の表情と、紅孩児の登場。 色々なものが重なって思考が追いつかなくなっていた。 動き出せば、簡単に回りだす脳。 悟空はのことを忘れながら、嬉しそうに紅孩児を見上げた。 「−おいっ紅孩児!!まさか妹引き取ってまたズラかるつもりじゃねーだろぉな!?この間の決着つけさせろよ!」 「−フン。いいだろうこの際だ」 どうやら戦いになるらしい。 ケンカを売った悟空はやる気満々。 買った紅孩児はいたって冷静。 は小さく笑って、の手を握り返した。 「どうやら時間が出来たようね。…、話したいことがあるの。お茶でも飲まない?」 「お、いいね」 三蔵一行でもなければ紅孩児一行でもない二人。 仲良く手を繋いで先程お茶を飲んでいた場所へと歩き出す。 悟浄が顔を引き攣らせて、口を開いた。 「オイオイ、そこ、緊張感無さすぎだっつの」 二人は顔を見合わせて。 綺麗に微笑みながら振り返った。 同時に、小さく口を開きながら。 「「だって俺(私)、関係ねーもん(ありませんし)」」 それは。 綺麗に、久しぶりに揃った言の葉。 |