過去のままだからこそ、現実の声は届くまい。
彼にとって、八戒が全て。

愛憎と、狂気こそが彼を成す全て。



「…我が過去で、悟能が今、ですか」



その声は酷く小さく、誰にも届かない。
しかし、はその口の動きで、どこか解読できた気がした。
それはきっと、に対しての言葉だったのだろうから。



「悟能、なんて知らないな。俺が知ってるのは、八戒だ」



三蔵一行の保父役の。

は自分のジーンズのポケットに両手を突っ込んで、軽く言ってのけた。
のんびりと、紫苑の瞳に清一色を映す。
その視線は前と、変わらない。
揺らがずに、しっかりと魂無き身体を見つめる。



…」



八戒の、変わらない優しい声。
過去に何があったかなど、知る由もない。

だからこそ、言える。
八戒には、今があるということ。
過去であろう悟能など、知らないということ。


清一色は三蔵一行とを見回してから。
自分を取り戻したように目を細めた。



「−あーあ、キレイに取れちゃいましたねえ。ま、足よか幾分マシですけど」



落ちた自分の腕を拾い上げて、清一色はそんなことを言う。
軽い溜め息交じりなのは、大してこの事をそんなに重く見ていないからだろう。



「−コイツ痛覚ってモンがねェのか…?」



悟浄が息を飲む。
しかしは冷静にそれを見やっていた。

勿論、彼の正体を知るからこそ。
清一色はそのまま、自分の腕を捨てた。
まるでゴミを捨てるかのように。



「…そうですねえ。貴方がたの生ぬるいおままごとを、眼の当たりにすると」



細められていた瞳が、ギラリと光る。
狂気を、殺意に変えて。



「痛みを通り越して、虫唾が走りますよ」


「−本性現しやがったな」



本性を、現す。
愛憎と狂気を纏った、それを。
笑みに、変えて。

空気に緊張感と殺気が纏う。
悟空は、小さく、息を飲んだ。



「−三蔵、やっぱりアイツなんか変だ。だって、生きてる匂いが全然しない」


「−!」



悟空の言葉に、八戒が何かに気付く。
過去に、何かヒントを見つけたようだ。

嗅覚で分かるというのも、脱帽だ。
らしいといえば、らしいそれに、は小さく笑った。



「…どういうことだ、それは」


「わかんねーけどッ腕もげても平気な顔してんなんて絶対フツーじゃねーじゃん!」


「−おい、ちょっち待てよ。じゃあ何か?清一色<あいつ>が、幽霊か何かだとでも言うのかよ−?」



そう、正解。
幽霊と言っても変わりない。

クツクツとは笑って、ポケットの中から牌を取り出した。
いつの間にか入っていたそれ。
白のそれを弧を描くように、清一色に軽く投げる。
彼は、それを簡単に受け取った。



「アタリ、だな。『白』」


「………」



お互いに含み笑い。
清一色は今度は、自分の中から一つの牌を同じように投げた。
それを、も同じように受け取る。

勿論、書いてあるのは『魂』。



「…、もしかして何か知って」


「−さて、雑談はそのくらいにして頂きましょうか」



悟空の言葉を、清一色はすぐに遮った。
軽い笑みを浮かべながら。
はそのまま、牌を、全く違う方向へと投げた。
誰もいない、そこへと。



「我もねェ、考えたんですよ。どうしたら猪悟能に喜んでもらえるのかなと」


「………」


「至極簡単なことでした」



深緑の瞳が真剣みを増す。
逆に、清一色の笑みが増す。
笑んだ瞳は、三蔵一行とをじっくりと見回した。



「お友達をいたぶるのが、有効だとね」


「うあ、最ッ低ー」



どうやらもカウントに入ってるらしい。
悟空の言葉を聞きながら、顔を顰めて大きくバツを作る。
自分は入ってない、とばかりに。

清一色はそれに一つ笑って。
素早く点棒を手に取った。



「最ッ高の誉め言葉ですよ!!」


「!!」



投げられる点棒。
それはまず、悟浄の脇を掠った。



「−赤い髪のお兄さんと」


「うあ!?」



次に悟空の足元にそれが飛ぶ。
避けたために、地面へと突き刺さるのが見えた。



「−金眼の坊やと」


「!」



の顔に飛んできたそれを、どうにか動かす。
動きが鈍いために、とにかく避けたが、頬を掠った。
生温かい血が、頬をゆっくりと伝う。
は冷静に、紫苑の瞳を彼へと向けた。



「『魂』の子には遊ばせて頂きましたが、次は−」



点棒が、三本。
それの向かう先は三蔵。

彼はそれを指の間でしっかりと捕らえた。
嘲笑うかのように、それをパラパラと地面へと落とす。
清一色は舌なめずりしながら、濃い笑みを零した。



「本当に彼のお友達が、減ってしまいますね」


「−やってみろよ」



低くも冷静な声。
紫暗の瞳を光らせる。

清一色の瞳が、三蔵だけを映す。
それを確認しつつも、は面倒そうに溜め息を吐いた。



「−おいッこの最低野郎!!三蔵に何かしてみろ。タダじゃ済まねえかんな!!」


「おやおや、お宅のペットは忠誠心が厚いですね−しかし、よく吠える」



点棒がまた、悟空へと飛ぶ。
地面へと刺さることはなく、左足へと。



「!!−ッつ…!!」


「悟空…!?」



変な方向へと曲がる左足。
痛みに、座り込む悟空を見ると、本当に骨は折れているようだ。
は小さく顔を顰める。



「立っているのもやっとの状態で、よく強がりが言えますねえ」


「…お前本当に骨折してたのか」


「だから最初っからそー言ってるだろ!?」


「うわぁ、足、変な方に曲がってる。イヤーン」




クツクツと笑う清一色をよそに、三蔵と悟浄は至って冷静にそれを見た。
どうやら信じていなかったらしい。
それもどうだろう、とは清一色の動向に警戒する。
八戒はその様子を冷静に見てから、三蔵に静かに語りかけた。



「………三蔵、二手にわかれましょう」



聞こえた声に、は思わず顔をあげた。
どうやら聞こえるとは思っていなかったようで、八戒が少しだけ目を見開くのが見える。
三蔵はその様子をしっかりと見てから、小さく声を出した。



「…フン、成程な」



三蔵は冷静に状況を分析していく。
骨折した悟空と、つい昨日撃ったために傷はまだ癒えないだろう悟浄。
そして、聞いてしまっただろう

紫苑の瞳がじっと八戒と三蔵を見上げている。
万全でないにしろ、ここに置いていっては清一色を引きつけることに失敗するかもしれない。
何せ、彼が意味深にを見ていることは明らかなのだから。
また、怪我している悟浄に動けない二人を見ろというのも負担がある。



「…俺の動きは鈍いだろうけど、四つの鎌はたぶん、できるよ?」



もそれを理解している。
ここにいては、悟空と悟浄が危ないことを。

だからこそ、自分の状態を告げる。
彼らがしっかりと、判断出来るように。
それに従うまでだ。



「…走れるか?」


「それは無理」



強がって無理をしても倒れるだけ。
正直に述べると、三蔵は紫暗の瞳を清一色へと向けた。
銃口と、一緒に。














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