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三蔵は片腕で、肩にを抱えて八戒の元へと歩き出す。 後ろ向きに抱えられては八戒らの様子は見えないが、しょうがない。 何せ、身体が動かないのだから。 「−おい、平気か八戒」 声で判断するしかない今、ただただぐったりと体重を三蔵にかける。 そして、どうにか動く首だけを、見えないのを承知で動かした。 戻ってきた悟浄と目が合う。 「…おはよう?元気そうで何よりだな悟浄」 「ここでソレ言うか」 面倒そうに挨拶するに、悟浄は苦笑を零した。 どこか嬉しげなのは気のせいだろう。 はのんびりと頭に血が上ってくることを感じながら、鉄棒の布団干し状態となっている。 「八戒も見えないけど、おはよう」 「…八戒?」 一応言っておこうと口を開くも、反応はない。 悟浄は訝しげに八戒の元へと動いた。 視界には誰も映らなくなる。 いや、見えるものはある。 清一色の、姿が。 「ッおい!しっかりしやがれ!−お前はッ猪八戒だろうが!!」 悟浄の言葉の意味は分からない。 だが、は分かろうともしない。 それが領域だと、何となく感じて。 紫苑の瞳はゆらりゆらりと揺れて、清一色を警戒する。 すると彼は、瞳を鋭くしてこちらへと音もなく駆けてきた。 「−ッ大丈夫です。スミマセ…」 「来る!!」 「−危ねェ!!」 の声と同時に、三蔵も声をあげた。 彼もしっかりと見ていたのだ。 清一色が動く瞬間を。 「な…ッ!!」 「悟浄!!」 悟浄と八戒の声だけしか聞こえない。 一体何が起こっているのか見えないために分からない。 不安になって、三蔵の服を握る。 するとどこからか、羽音が聞こえた。 「−ッ!!」 「ジープ…?」 声無き悲鳴。 八戒の驚く声。 そして、悟浄の安堵の息と清一色の舌打ち。 「な、何。何が起こってんの?」 助かったんだろうか。 ジープが助けてくれたんだろうか。 足りない情報の中、不安だけが募っていく。 三蔵は小さく「ったくうるせェな」と言いながら、を降ろした。 降ろした、というよりは悟浄に手渡しただろうか。 彼はそのまま、が見えるように片腕で支えた。 片腕で起用に抱けるのは、が小さく、悟浄が大きいからだ。 「…白、竜……」 紫苑の瞳に映ったのは、元気そうに八戒へと羽ばたく白竜。 何が起こったかは分からないが、皆無事なようだ。 そして視界にはもう一人。 「−大丈夫か!?」 白い霧の中から現れたのは、怪我をした悟空。 片手をあげて、元気そうな姿で。 「悟空…!」 「悪ィっ待たした!!」 紫暗の瞳がじっとその姿を見ている。 ということは、今更だがようやく彼が帰ってきたということだろうか。 とにかく安堵の息がの口から零れる。 その横で、を抱えたまま悟浄は足を彼へと伸ばした。 「おっせーんだよ、てめーわ!!」 「しょーがねーだろ、足折れてんだから!!ムチャクチャ痛ェんだぞコレでもっ」 一通り足蹴にされた後、悟空はそのまま地面へと座りこんだ。 一つ大きな溜め息と、お腹の音が響く。 「腹減ったしもー、サイアクッ」 全く緊張感がない。 台詞も、お腹の音も。 しかしどこか安堵する。 いつもどおりの、悟空の姿に。 「……これだよ」 「悟空以外の何者でもありませんねえ」 八戒の笑い声が、ようやく零れた。 精神的に圧迫されていたものが、彼が戻ってきたことによって和らいだらしい。 その笑顔を見て、は小さく笑みを零した。 また、三蔵がハリセンで殴り飛ばした。 どうやら彼も安心したよう。 普段どおりの三蔵一行が、戻ってくる。 (…やっぱり、こうでなくちゃ) 四人の、関係は。 彼らの、生き様は。 太陽のように、輝いていなくちゃ。 八戒の肩に乗った白竜が、首をの頬へと伸ばしてくる。 朱に染まった傷口を、小さな舌で優しく舐めた。 「…有り難う」 涙が、何故か溢れそうになる。 温かい、場所に。 まだ完全には動けない。 しかし腕を、ゆっくりと、震えながらも伸ばして彼の頭を優しく撫でた。 そして、ゆっくりと顔をあげる。 「…八戒、良かったな」 皆が無事で。 それが何よりも、彼にとっての支えだろうから。 そういう意味を込めて、彼の胸をトントンと軽く叩く。 八戒は本来の笑みを向けた後、静かにの顔を覗き込んだ。 目に見えるのは、朱色の傷口無数。 そこに、少しばかり顔を顰める。 「…は、大丈夫ですか?」 「そうだぜェ?何だかんだで、お前重症じゃねェの?」 あちこちにムカデに咬まれた朱の痕。 悟浄も便乗して覗き込む。 さすがに痛みもあるし、身体も充分に動かない。 悟空は今更それに気付いたようで、驚きに目を見開いた。 「え、何!それどーしたんだよ!?大丈夫か!?」 「あ、悟空。忘れてたけど、お帰り」 「あ、おう、ただいま…って違うッつの!!」 ついにツッコミが出来るようになったのだろうか。 思いっきり空中に裏手をする悟空を見てから、はのんびりと自分の身体を見つめた。 ところどころに朱色のそれ。 ある意味斑模様で気持ち悪いが、見ようによってはどこか。 「あー、何か、犯されたっぽい」 「はぁああぁッ!?」 見ようによっては、そう見える。 服の中までその色で染まっているのだ。 しかし、これは例えだ。 が、悟空にはまるで「犯されたらしい」としか聞こえない。 その状況に悟浄は小さく笑い出し、八戒も苦笑を零す。 三蔵は頭を抱えた。 「大丈夫そうですね」 「見た目気持ち悪いけどな」 未だに戸惑う悟空は三蔵にお任せだ。 幾分か、白竜を撫でる手が滑らかに動くようになってきた。 クルクルと足を回せば、ゆっくりだがどうにかなりそうだと気付く。 「…ん、もう大丈夫そう。悟浄、降ろして大丈夫。ありがと」 「どんだけ回復早いのよ、お前。さっきまで死にかけっぽかったのに」 「そら早いよ。清一色に『お前が死ねば八戒の痴態が』どったらこったら言われたら死ぬに死ねねーし、いつまでも担がれてちゃダサいし」 ゆっくりと降ろしてもらえば、地面に足がつく。 久しぶりの感触に、は悟浄を掴みながら、しっかりと立った。 まだふらつくが、どうにかなりそうだ。 勿論、完璧に動けるわけではないが。 「ん、よし」 一人で、動ける。 はそのまま、くるりと八戒の元へと振り向いた。 深緑の瞳を、しっかりと覗き込む。 もう、少ししか揺れていない、その瞳。 はそれを見て、ニヤリと笑った。 「…うん、『八戒』だよ。いつもの、三蔵一行の」 「え?」 「三蔵一行の保父で、優しくて、ほんわかしてるけどときどき毒舌と腹黒で、イイ笑顔の八戒」 いつもどおり。 瞳が元に戻って、現実をしっかりと見つめているから。 過去の、きっと清一色の言う『猪悟能』ではない。 「八戒は、八戒だ」 キョトンとする八戒に、はいつもの表情に戻して清一色を見やった。 一時的な狂気を纏ったままの、彼の視線。 彼は今も、過去のまま。 八戒とは、違う。 「八戒は過去じゃ、ない。今、ここに在る。清一色、お前の時間は、止まったままだ」 白い霧の中。 はそこに凛と立つ。 紫苑の瞳に、光を灯して。 |