しばらく、三人は黙っていた。
話題がないからではない。
緊張感も関係ない。
お互い疲れているからというのもある。

だが。
ただただ、黙るしかなかった。

それが、心地よかったから。



真の静寂。
風もなければ、虫の鳴き声も何一つない。
まるで魂の解放の時のようだ。

だからこそ、その代わりのように心がザワつく。
はゆっくりと腰をあげた。



「静かすぎるな」


「ええ、不自然にね」


「来やがったか」



短い言葉のやり取りに、緊張感が増す。
何本目かの煙草を地面へと捨て、三蔵は銃を構えて辺りを見回した。
勿論、火の始末として踏みにじるのも忘れない。

深い闇の中、しっかりと目を凝らし、耳を澄ませる。
魂があの身体に入っていない以上、にはどこから来るのか全く予想がつかないでいた。
勿論、あと二人も同じだが。


小さな茂みの音にも敏感に反応する。
視線を走らせ、構えて。

横から聞こえた音に、三蔵が銃を向ける。
上からも茂みの音。
後ろからも。

一体どこを見れば。
しかし、この戸惑いこそが清一色の目的。
は一歩踏み出した途端だった。



「−!!」



雨のように降り注ぐ点棒が、地面へと突き刺さる。
一瞬のそれに、誰もが声無き悲鳴をあげる。
まるで楽しむかのように、三人の周りをキレイに避けて。



「上か…!」


「いつの間に…?」


「…くそ」



気付かなかった。
そのことに悔しさの感情が心を占める。
三人それぞれ顔を顰める中、静寂は嘲笑う声に打ち砕かれた。



「ククク…どうです、堪能して頂けましたか?」



見上げると、一つの木の枝には人影があった。



「最期の語らいのひと時は」



予想通りの嘲笑を浮かべる清一色。
鼻につくその声は、脳裏に残る。
三人は彼の姿をしっかりと確認し、睨みつける。

彼はそれをモノともせず、また小さく笑う。
小馬鹿にする、ように。



「…どうやら『魂』の子以外の貴方達は、猪悟能の過去を全てご存知のようだ」


「悪いか?」


「むしろ、過去知らなくて悪いか?」



三蔵と同様に、はどうでもよさそうに聞き返した。
ポケットに入れたまま、威風堂々と。
小さく、八戒の身体が震える姿を、横目で見ながら。

それに清一色は、狂喜に似た笑みを浮かべた。




「彼が歪んだ愛情の為に無益な殺生を重ねてきたことを」




清一色は、まるで暗示をかけるかのように。

その言葉をゆっくりと、語るように述べる。


はそれに、目を見開いた。



普段の、八戒からは想像できない過去。

いつも微笑んで、ほんわかしていて。
軽くかわしたり何なり、している彼とは。

遠く、かけ離れている姿。



「それがどうした」


「…貴方は良くとも、『魂』の子は、どう思いますかねぇ?」



即答する三蔵を見やってから、清一色は目を細めてを見下した。
どう反応するか、楽しむように。

は見開いた目を、半眼へと戻した。
ちらり、と隣の八戒を見ると、複雑そうな、多くの感情に捕らわれた瞳を揺らす。


(ああ、大きく勘違いしてんなこれは)


三蔵も横目でどうやら様子を伺っているようだ。
八戒の過去を聞いたの反応を伺っていたり、予想したりでその瞳を揺らしているのだろう。
全くもって余計なお世話だ。
大きな溜め息が零れる。



「………で?」



ハッキリ言って、面倒臭いと言ったらありゃしない。
過去などどうでもいい、と言ったばかりだというのに、彼らは何を期待しているのだろうか。
オヤ、と笑みを失くす清一色の姿が見える。



「あーもう、また言わなきゃ駄目?面倒臭いなぁ。八戒は八戒だっつったじゃん。過去なんてどうでもいいの、俺は」



例え無益な殺生をしようが、何をしようが自分には無関係。
確かにいけないことだろうが、どう足掻いても過去なのだ。
終わってしまったことはしょうがない。

それに、彼は充分反省している。
悪夢に魘されるぐらいに。


大きく溜め息を吐けば、深緑の瞳が見開かれるのが視界の端で見えた。
ただ、清一色が言ったことで面倒になったのは。



「たださぁ、聞かないようにしてたのにバラすってどーいう精神なの。また面倒になるだろうが」



『領域』と『壁』。
入らないようにしてたというのに、彼のせいで簡単に入り込んでしまった。
まるで不法侵入した心持ち。

不可抗力とはいえ、自分のことも明かさなくてはいけなくなったらどうしてくれよう。
それだけが、にとってのデメリット。

シラけたような表情で清一色を見上げる。
彼は、つまらなさそうに唇を尖らせた後、笑みを深く、濃くした。



「…クク…つまらない…と云うよりもまあ、当たり前の反応でしょうか」


「…………」



眉が、顰まる。
きっとこれは、八戒の過去を聞いたときの反応に期待していたことに対する言葉。
そして、後の言葉はきっと。

『死神』のことを、言っている。



「貴方の方が、よっぽど罪深い存在でしょうしね」


「そうだな」



しっかりと、は戸惑うことなく肯定する。
喉の奥で嗤う、彼を気にすることなく。

血に染まっただけではない、この身体。
穢れに、穢れたこれは。
罪などの言葉では括れない。

きっと、堕ちるだけでは許されない。


だが、それとこれとは別の話。
清一色の、細い目に、はしっかりと紫苑の瞳を向けた。



「ま、それは関係ねぇよ。過去が何だろうがどうだろうが、今、八戒は生きてる。それだけが俺にとっての真実だから」



それが、にとっての真実。

はっきりきっぱりと言い切った言葉。
清一色はその姿に、小さく笑って枝から降りてきた。
足が軽く、地面を叩く音が酷く大きく聞こえる。



「−良いお友達をお持ちですね、猪悟能」


「だから、俺友達じゃねぇっての」


「ああ、そうでした。…では、良い赤の他人とでも言っておきましょうか」



すぐさま友達を否定するに、清一色は笑みを深めた。
言葉が直ったそれに、ああ、それが合っていると頷く
良い赤の他人、というのもどうかとは思うが。



「どちらにせよ」



清一色の瞳がうっすらと、鋭くなっていく。
笑みを浮かべたそれは、殺意と殺気を纏う。



「実に、失い甲斐があるでしょう」



背筋を凍らせるような、微笑み。
いや、それは嘲笑だろうか。
過去から変わらぬだろう感情が、魂無き身体から溢れ出す。

三蔵とが瞳を鋭くして、戦いに構える。
どこからかかってきても対応できるように。

その三人の間に、彼は立ちはだかった。



「貴方に何を言われようと、僕は一向に構いません。…ただ」



背中から溢れるのは、覚悟と決意。
括りきれたであろう感情。



「この人達にはもう二度と、その指の一本さえ触れることは許さない」



揺るぎのないその言葉と声。
信じられるその心。

どこか安心をしながらも、は緊張感をそのままに清一色を睨みつけていた。