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フラフラとした身体は、弱った虫の如く。 捕まえられることは簡単だと知りながらも、飛ぶことをやめない。 生き抜くことを、諦めない限り。 「どけ、八戒!!」 声は大きくも、動きは鈍い。 振るわれた二つの鎌は避けられるどころではなく。 しっかりと、掴まれていた。 それを認識した瞬間、の視界は暗転する。 「っ!!」 三蔵と同じように、地面へと叩きつけられた。 二度目の背中への衝撃に、息が止まる。 両手から鎌の感触が消えたと同時に、首に絡みつく優しかった両手。 「……はっ……か……っ」 そこに、自分の両手を重ねる。 爪をたてて。 もがいて。 「…『死神』も、大したことありませんねェ。人間と同じ、弱い生き物だ」 「グッ…」 高みの見物とばかりに見下す清一色の顔は見えない。 見えるのは、八戒の顔だけ。 何も見ていないような、その深緑の瞳。 それが、酷く霞んで見える。 遠くから聞こえる、茂みを掻き分ける音。 聞こえる、聞き慣れた声。 「あ…いたっ!!」 「おい平気か八…」 彼らの目に映ったのは何だったのだろう。 血を吐いて、そこに動かなくなった三蔵の姿か。 悠々と立って、見物している清一色の姿か。 それとも。 「八戒!?お前、何やって…−三蔵!?」 「!?」 八戒の両手が、の首を締め付けている光景か。 それを確かめる術はない。 何せ、の紫苑の瞳には。 彼しか、見えないでいる。 遠のく、意識と苦しみ。 世界が、消えていく。 ゴキリ、という音が、森の中に響く。 悟浄と悟空の目には、の口から血が吐き出されて。 首にかかっていた両手から、力がなくなって崩れ落ちて。 全く動かなくなった姿。 そしてその隣に。 同じように動かなくなった三蔵。 呆然と見ているしかなかった二人は、ようやく、動き出した。 目の前の光景を、嘘か夢だと思い込んで。 そうと思わないと、壊れてしまいそうで。 「三蔵!!−三蔵ッ!?」 「!!どーなってンだよコレ…!?」 とにかく三蔵の元に、悟空が駆け出していく。 悟浄はその場に立ち竦むしかないでいる。 しゃがみこんで、顔を覗き込む悟空。 ピクリとも動かない、三蔵の身体。 「僕が、僕が殺したんです」 「−え?」 八戒の声が、聞こえたと思ったら。 次の瞬間、戸惑う悟空は彼の腕によって吹き飛ばされた。 「……ッ!?」 「−八戒…!?」 深緑の瞳は虚ろなまま。 彼らの声に、何の反応もない。 いつもなら謝る姿も、心配する姿もあるはずなのに。 そこには表情がない。 いつもとは違う八戒。 倒れたままの三蔵と。 そこに、思考は追いつかないでいる。 そんな二人の姿に、清一色は、酷く楽しそうに嗤った。 「−無駄ですよ。彼はもう我の人形も同然です。−ほら」 促されるままに八戒は動く。 瞳には何の感情も映さずに。 手の中には、気孔。 それが向かうところは。 「やめろ八戒ィ!!」 悟空のもとへ。 悟浄が声をあげても、その手は止まらない。 気孔が、音をたてて。 向かってくる。 全てが壊れていく音。 「!!?なッ…」 大きな音が、響く。 吹き飛んでいく身体。 血が、宙を舞う。 違うのは。 飛んだのは、悟空の身体ではないということ。 飛んだのは、振り向き際に振り向いた八戒によって攻撃を受けた、清一色。 深緑の瞳はしっかりとそれを見ていた。 「正気、だったんですか…!?」 「正気じゃねェのは」 驚く彼の耳に届いたのは聞こえるはずのない声。 低い声は清一色の後ろから聞こえて。 「この頭だろ」 「……!」 振り向く時間もなく、頭に穴が開いた。 銃声一つ。 森の中に響き渡っていく。 血を流して崩れていく。 その身体。 それを見下ろすのは、倒れたはずの三蔵と。 だった。 「−三蔵!!まで!!くっそーやっぱ演技かよッムカツク」 「そんなこったろうと思ったけどよお」 「うるせえな」 「あー、面倒くさかった」 「あははお騒がせしまして」 ブーイングたらたらの悟空と悟浄。 演技が恥ずかしかったらしく顔を顰める三蔵。 は面倒臭そうに溜め息を吐いてズボンのポケットに両手を突っ込む。 いつもの光景。 八戒はイイ笑顔で彼らのブーイングやら何やらを流す。 (もう大丈夫だ、八戒は) 口の端から流した血を拭う。 紫苑の瞳には頭から血を流した清一色がゆっくりと立ち上がっていく姿が見える。 さすが魂無き身体。 どこに傷がついていようが関係ない。 例え、銃弾が頭を貫通しても、痛みがないからこそ、彼は嗤える。 「悟能の咄嗟の演出に一枚かんだという訳ですか」 「指にさほど力が入ってなかったからな。−それ以前に」 まるでゾンビのような彼に、悟空が顔を顰める中。 三蔵は紫暗の瞳で、清一色を見下げた。 先程彼の首を絞めたのは確かに八戒であった。 しかし、その指には力が篭っておらず、これは演技なのだとすぐに分かった。 だからこそ、恥を捨てて演技した。 信じていた。 だからこそ、信じた。 「八戒<こいつ>は俺を絞め殺すくらいなら、舌噛んで死ぬだろうよ」 八戒は、自分を殺さないと。 「いやもうホント、三蔵ってば名演技でしたよ。本当にヤっちゃったかと思いました。あはは」 「…いつか本気で殺すぞお前」 笑顔で拍手する八戒に、三蔵は思い切り顔を顰めた。 勿論、コメカミには青筋だ。 吹っ切れたというより、もっと強くなったようにすら感じる。 それに、は安堵というよりも呆れを覚えた。 吹き飛ばされたときに痛めた背中を、さすりさすりと優しく撫でながら。 「の演技も、素晴らしかったですよ」 深緑の瞳が、今度はに向けられる。 笑顔の拍手と共に。 ある意味、厭味に聞こえるそれに、は半眼で溜め息を大きく吐いた。 「あーどうも。でも最初の吹き飛ばされたとき本気で背中痛かったから仕返ししたけど」 吹き飛ばされたときの、背中の痛みは本当のもの。 息をも出来なかったぐらいの衝動。 しかし、もうそこで、気付いていた。 八戒が、正気であったことに。 だからこそ、仕返しをしたのだ。 首を絞められたときに。 その腕に爪を立てて。 八戒の手には、朱の線が数本ついている。 それに、はビシリと指をさした。 背中を擦っていた、その手で。 「これで『おあいこ』な」 「はい」 憑き物が落ちたように微笑む姿は、いつもの八戒よりも、強く輝いているようにすら見える。 そんな顔を見せられては。 苦笑しか、零れないではないか。 「我の術にはかからなかったのですか」 清一色は笑みを浮かべたまま、口を開いた。 瞳には何の動揺も見られない。 ただ淡々と、そう述べる姿は感情を欠落しているとしか思えない。 笑みを、浮かべようとも。 「貴方言いましたよね。心の隙間に入り込むのはたやすいことだと」 心の隙間があるこそ、そこに入り込んでくる。 まるで侵食するかのように。 じわじわと、全てを占めていくというのなら。 隙間がなければいいだけのこと。 「残念ながら僕の心は隙間作っとくほど広くないもんで…ま」 八戒は、心からの笑顔で。 片手の親指を立てて。 下へと向けた。 「見くびるんじゃねェよってカンジですね」 その声はあまりにも明るく。 しっかりとしたもの。 |