ガウン!
森の中に響く銃声。



「がはッ」



羽織り越しに感じる、生暖かい血。
次に来るのは、腕の痛み。
痛みを堪えている悟浄がしっかりと噛み付いている。

その痛みを堪えながら、はしっかりと見ていた。
血管を張っていた根が消えていくのを。



「−悟浄!!」


「八戒、早く!!」



が叫ぶよりも早く、八戒が動く。
種を殺せることが出来たと確認すれば、あとやることは一つだけだ。
傷口を塞がなければ結局は死んでしまう。

八戒の気孔で、傷口はしっかりと塞がっていく。
の腕を噛んでいた歯に力がなくなる。
そっと腕を外し、息を確認した。



「−傷塞がりました。意識は失ってますが、脈は正常です」


「息もある。…これでもう大丈夫だな」



ようやく安堵できる。
がそのような息を吐く横で、悟空も大きくそれを吐いた。



「はぁ〜っ。こっちの心臓に悪いぜ、ったく!!」



ズキリと痛む腕すら、愛しく思えるのは命を救えたから。
黒い羽織りをめくると、腕から少し血が滴っていた。
それもまた、勲章。

フと小さく笑って、さてこれからどうしようと思い始めたときだった。
八戒が、全く動かずにいることを。



「…−僕のせいなんですね」


「八戒?」



悟空が聞き返す。
しかし、は瞬時に理解した。

八戒の、気持ちを。



『貴女ガ悪イノヨ』



その言葉が、脳裏を横切る。
はそれを振り払うように。
そして八戒の言葉に対して、首を横へと振った。



「そういう思い込みは良くねぇよ、八戒」


「でも、清一色の狙いは明らかに僕個人だ」


「やめろ」



三蔵も声をあげる。
ゆっくりと立ち上がる八戒の瞳には負の感情しか映らない。
正気を失っている彼は、三蔵に食って掛かった。



「でも三蔵!!」


「落ち着け!!ここでお前が取り乱したら、それこそ奴の思うツボなんだ」



胸倉を掴み、引きとめようとする三蔵。
殴ってでも止めようとしているのだろうか。

しかし、拳が飛ぶことはなかった。
グラリと力が消える八戒の身体。
それは重力に従って地面へと落ちていく。



「!八戒!」


「−!おい!?」



それを支えたのは勿論、三蔵。
彼は八戒の呼吸と脈を確認した。

表情からして意識を失っただけだろう。



「…水持ってこい、悟空!!」


「わかった!」



悟空はすぐに駆け出していく。
ジープのあった方向へ。

遠のく足音。
その森は酷く静寂を保っている。
聞こえるのは、小さな息のものだけだ。



「…八戒、は…意識失っただけ?」


「…ああ」


「そ…」



やはり精神疲労がきたんだろうか。
色々思いつめていたようだったし、それが今回のことで爆発したかのようだった。
でも意識を失っただけで終わってよかったと思う。



「ここ最近ろくに寝てなかったらしいからな。無理もねェか…」


「……」



独り言には、応えない。
八戒をそっと横たわらせる三蔵を見ながら、はのんびりと夜空を見上げた。

まだ満月が高く昇るには時間がありそうだ。
しかし、清一色はきっと今夜から明日までにまた奇襲をかけてくるだろう。
短いようで、長い時間をかけて精神的に追い詰めるのだ。


八戒の、心を。

壊す、ために。



「−クソッ!!」



ガンッと大きな音が森に響く。
視線をそこに戻すと、木にヤツアタリとばかりに拳をあてた三蔵がいた。
表情は、焦りに悔しさを露にしている。

無理もない。
何せ悟浄を撃った本人であるし、八戒の心は確実に蝕まれている。

全て、清一色の予想通りの展開だろう。
まるで躍らされているような自分に苛立ってしまうのだ。
まるで、麻雀の卓の上のように。



「……」



かける言葉が見つからない。
これは八戒の問題であるし、三蔵一行の問題であるからだ。

他人事のように「大変だな」とか言ってあげればいいかもしれない。
しかし、清一色の目的は八戒だけではあるまい。
彼の精神を壊すために、きっと三蔵達を攻撃してくる。

勿論、関係の無いだろうまでも。



「………面倒、くさいなぁ」



独り言を夜空に向けて呟く。
今日一日、明日にかけてきっと大変なものになるのだろう。
満月であることすら、面倒だというのに。

よりによって、清一色はこの機会を狙っていたとしか言いようが無い。

溜め息一つ吐いて、目の前で眠る悟浄を見やる。
そして、遠くで眠る、八戒も。



「……ま、死ななくてよかったな」



とりあえず、今はそれだけでよし。
またそのときが来たときに、考えればいいこと。
あっけらかんと言うを見て、三蔵は頭を抱えて大きく溜め息を吐いた。



「…てめェの楽観的な思考聞いてると、面倒臭くなってくる」


「いいだろ。冷静に戻れる」



が横目で三蔵を確認すると、普段のものに戻っていた。
先程は怒りと悔しさで溢れていたものが、幾分が落ち着いている。
クツクツと、はそれを見て笑った。



「三蔵は、そうでなくっちゃ」


「何だ、ソレは」


「面倒臭そうに冷静に状況を分析する。そしてすぐに良い判断が出来る。それが三蔵だと思ってるってだけだ」



勿論、子供っぽいところがあるのも。
素直じゃないところも。
全て承知の上。

しかし、我を見失わない限り、しっかりと判断出来るのが三蔵だ。
それが例え、残酷なものだったとしても。



「…フン、言ってろ」


「はいはい」



煙草に火を点けて、紫煙を吐き出す。
きっと状況を判断し、次の行動を考え始めているのだろう。
紫暗の瞳は、全く違う方向を見ているのだから。
ならば、その言葉を待つのみ。

冷たい、湿っぽい風が髪を揺らす。
紫苑の瞳はしっかりと満月を映す。



「…オイ」


「お、何か決まった?」



三蔵の声に、はすぐに彼を見た。
紫暗の瞳はすぐ傍にある洞窟を見ている。

成程。
外でこのまま二人を寝かせておくのも危険だ。
洞窟ならば、入口だけを警戒していればいいだろうか。
勿論、それごと崩されてはどうしようもないが。



「了解。じゃ、悟浄をよろしく。さすがに怪我してるのを引き摺るわけにはいかないし」



ヘタしたら傷口が開く。
ならば、怪我していない八戒を引き摺っていくのがいいだろう。
三蔵もそれを分かっているようだ。
舌打ちしつつも、ちゃんと此方へと向かってくる。

もすぐに八戒の元へと動き出した。
顔を覗き込めば、また悪夢に魘されていそうに、青ざめている。



「…よいしょっ」



自分よりも遥かに背の高い彼を引き摺るのすら難しい。
特に、意識のない人物を運ぶのは。
腕を肩にかけ、思い切り力を入れて運ぶ。
足は引き摺るが、しょうがない。

音をたてながら、ゆっくりと洞窟の中へと入る。
ひんやりとした冷たさが、身体を包み込む。
奥に岩のないスペースを見つけ、そこへとゆっくり身体を下ろした。
頭を打ち付けないように、ゆっくりと。



「……」



その横に、三蔵が悟浄を寝かせた。
少しだけ不器用に。
はそれを見て、己の黒い羽織りを二人に被せる。
冷たいこの洞窟の中でも少しでも暖を取れるように。

悟空が戻ってきたら毛布を取りにいったほうがいいだろう。
一つの身動きも取らない二人を見ながら、そんなことを、思っていた。














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