「…ハクショイ!!…あー…」


「…もう少しマシなクシャミが出来ねェのか」



洞窟の入口。
二人はそこに立っていた。

冷たい夜だというのに、黒い羽織りを寝ている彼らに渡してからはクシャミの連続。
このままでは風邪を引くかもしれない。
親父臭いそれに三蔵が顔を顰めるが、はどうってことなさそうに鼻を啜った。

入口に立っているのは勿論、悟空が戻ってきたときに此方に誘導するため。
は勿論、満月をも見ているのだが。



「つかアレだな。三蔵と二人ってのは初めてかも」



よくよく考えてみれば。
八戒とも、悟浄とも、勿論悟空とも二人で歩いたり何なりあったが。
三蔵とは、一度もなかった気がする。

お互いに警戒していたからだろうか。
正体やら、領域やらで。

この清一色の件が終わったら別れることを決めているは、小さく笑った。



「ま、基本、三蔵は無口だから話すことないけど」


「話題がねェからな」


「だよな」



正体がどうでもいいとなった今、話題はない。
鳥肌のたつ腕を擦りながら、はどうでもよさそうに声をあげた。
夜の闇に消える紫煙を、ぼんやりと見ながら。

彼の下には、無数の煙草の後。
ここに来てから、それは長い時間が経ったことを現している。



「…心配でしょ」


「何が」



分かっているくせに言わないのは、素直じゃないから。
実際イライラしているくせに顔に出さないのは、眠っている彼らがいるから。

悟空が水を取りにいってから、もう数時間は経っている。
迷っているにしても遅い。
満月がこんなにも、この森を照らしているというのに。


満月はもう数分で高く昇るだろう。
そろそろ行かなくてはいけない。
肌寒いその空気に、は小さく溜め息を吐いて一歩前へと出た。

洞窟から出れば、湿っぽさが増す。
普通は逆だろうに、だ。



「…どこへ行く」



予想通りの言葉がかかる。
はその声の主を振り返って。

笑ってみせた。



「迷子を捜しに」



満月が昇りきるには時間があと数分ある。
ならば、出来る限り捜しておくのも手だ。
勿論、魂の解放の瞬間を見せないように時間を考えながら。

本当ならば魂を追えるはずなのだが、今はそれが出来ないでいる。

満月が、近いからだろうか。
いずれ自分に訪れる魂を、沢山感じてしまうのだ。


見つけられる確率は低い。
それを連れ戻す確率はもっと低い。
何せ、自分も狙われているだろう身だから。



「出来るだけ、早く戻るよ。そっちは宜しく。…特に、八戒は」



清一色の目的は八戒。
何があったかは知らないが、それだけは確か。
は奥に眠っているだろう彼を見やってから、三蔵を見つめた。



「また、自分を追い詰めさせないように」



きっと優しいから、自分を追い詰める。
自分のせいで悟空がいないだとか、どうとか。

それこそが、清一色の目的だ。



「じゃ」



は軽く手をあげて、背中を向けた。
紫暗の視線を受けながら。

満月の光が、銀色の髪を弾く。
それが闇の包む森の中へと消えていく。
まるで、溶けていくように。


消える、ように。



そんな後姿を、三蔵はじっと見つめていた。
顔を、顰めながら。











確か、ジープを止めたのはこっちだったはずだ。
同じ木が立ち並ぶ森の中はまるで迷路のよう。
勘に頼るしかないは、そのまま歩を進めるしかない。

今夜が満月でないならば、魂を辿ることが出来ただろうに。
全く、面倒なことになったものだ。


あちこちを注意深く見やり、悟空の姿を捜す。
しかし、茶色の髪は見当たらない。

勿論、清一色に対する警戒も忘れない。
満月の経過も。


コツッと足元に何かあたる。
石にしては、金属のような音。
そしてそれはコロコロと転がるものらしい。

下には、水筒が落ちていた。
足に当たったのはそれ。



「…!」



だとしたら、悟空は近くにいるだろうか。
しかしその人影は見当たらない。
ジープに預けていた荷物が、そこらに転がっているのも見える。



「白竜…?」



まさか、車ごと襲われたのだろうか。
荷物が放置されていることは、白竜がどこかへ行ったことを意味する。

辺りに血痕はないが、水筒だけが荷物から離れて落ちていることは、誰かが水筒を出したということ。
悟空はここに来たことを、意味している。
嫌な予感が、の脳を掠める。

逃げていればいい。
無事な、ままで。
悟空も白竜も。

八戒のためにも。



ぎゅっと水筒を抱きしめる。
せめてこれと毛布でも持っていった方がいいだろうか。
悟空が消えたことをも報告して。

しかし、それは風の音が聞こえなくなったことで、無理だと知った。




「…こんな、ときに…」



満月は昇りきった。
それはタイムリミットを意味し、自分は動けなくなることを意味する。

辺り一帯に、多くの光が取り巻いている。
ここ一ヶ月で死んだ、魂の輝き。
人間と、妖怪のそれ。



「…今回は、六道とか、いんのかな」



そんなことを、思ってしまうのは現実逃避だろう。
せめてこの中に悟空がいないことを祈る。
白竜は、人間でも妖怪でもないため、違う『モノ』が担当となる。

植物には植物の『死神』が。
動物には動物の『死神』が、いるように。


はゆっくりと持っていた水筒を置いた。
そして迫り来る痛みや苦しみを受け入れるために、構えるようにそこに座る。
自分の身体を、しっかりと抱きしめた。



「ほんとタイミング、悪いなぁ…」



しかしこれは逃れられないもの。
紫苑の瞳は諦めと、これからの覚悟で鈍く輝いている。
準備が整うと、魂達は輝きを増しながら、グルグルとの周りを廻り始めた。



「……………おいで」



その声が、声なき悲鳴に変わるのに、時間はかからない。
の身体は多くの魂の光に、包まれていった。





汗と涙は流れ落ちる。

叫びを出さないように、堪えながら。






の全て、



精神は、あの奈落の中へと














第3話<<    >>第5話