一方、行方不明となっていた悟空は、身体中を走る激痛に呻き声をあげていた。

白い霧が漂う場所。
しかし森とはまた別の景色。
岩肌と、遥か下には地面、上にも地面。

崖の中腹に、いた。



「つ……いててて…。あーもーちっっくしょ〜。ドジったあ…」



自分の失態に溜め息が出る。
背中を壁となる岩に預け、自分の身体を見つめた。



「…内臓痛えし、左足…絶対折れてンなコレ。着地しくじったからなー…」



あちこち痛みが走る。
それでも冷静に分析できるのは誰のお陰だろうか。
のんびりと、上を見上げれば大きな岩の壁。



「まあ、あそこから落ちてこれくらいならまだマシか」



この崖から落ちたのだ。
上を見上げれば改めて分かる、あの高さ。
死ななかっただけ、大怪我しないだけマシだというもの。

皆が捜しているだろうか。
もしかしたら先に出発しているかもしれない。
考えられるそれに、何だか虚しくなる。


清一色に後ろから襲われ、必死で逃げたために、逃げ場をなくして足を滑らせた。
あの、崖の上から。

お陰で捕まらなかったが、この怪我だ。


必死で逃げたのは、初めて。
死体と同じ匂いのする彼に恐怖を覚えた。

八戒と何かあったのかは分からない。
自分や悟浄に攻撃をして、何をしたいのかすら分からない。
悟空の頭では、理解が出来ない事柄だらけ。


これからどうすればいいのか。
そう思ったときに、近くから聞き慣れた声がした。



「!!ジープ…!?」



岩の陰から出てきたのは、白い竜。
車と化していたはずのそれは、パタパタと白い翼をはためかせた。



「お前もしかして、俺の後追いかけてくれてたの!?」



コクコクと頷くそれは、悟空へと近寄っていく。
ということは、三蔵達は出発していないことが分かる。
それだけでも悟空の心を、安堵させた。



「エライッ!どんな腹減っても、お前だけは喰わねーぞっ!!」



どこか間違っている気がするが、彼にとっては精一杯のお礼。
抱きしめられる白竜は少しだけ焦っている。
どうやら苦しいらしい。

そして何か言いたげに、また翼をはためかせた。



「ん?」



離れた白竜はそのまま、悟空の服の袖を懸命に引っ張り始めた。
彼の力では、服しか動かない。
けれども、精一杯に引っ張る。



「…ジープ…」



まるで、早く行こうと言っているように。
悟空はそれに、笑顔を浮かべた。



「−だよな。助け待ってんのなんて、カッコ悪ィもんな。…登るっきゃねーや」



左足は変な方向に曲がり、引き摺る形となる。
崖へと手を動かすと、内臓が痛みを発した。

しかし、一度決めたこと。
彼は精一杯に、手を伸ばした。
岩へと、手と足をかけて。


太陽があるだろう場所へ。











白い霧。
それは人影を薄っすらと映す。



「−!オイ!!あれ…」



気付いたのは悟浄だった。
真っ直ぐに此方に向かってくる影二つ。
駆け足でやってくるそれは、見覚えのあるものだ。



「あーいたいた!!置いてかれたと思ったぜー!」


「よ、お待たせ」


「悟空!!!!」



笑顔で走り寄ってくる二人。
茶色の髪に銀色の髪、どう見ても彼らだ。

悟浄はやってきた悟空へとヘッドロックをかけた。



「〜ンだよ!何やってたんだてめ〜らわよぉ!!」


「あいたたた!!水取りに行ったはいーけど迷っちゃってよぉー」


「それを俺はずっと捜してたってわけ」


「このバカ猿!!てめーのせいか!!」



はのんびりと、笑ってその光景を見ている。
苦笑で言い訳をする悟空。
三蔵はそのまま、溜め息一つを吐いた。



「じゃ、清一色にヤられたんじゃないんだな?人騒がせな」


「−悟空!!」



八戒が洞窟から騒ぎを聞きつけて出てくる。
二人の姿を見て、安堵の息を吐く。



「…よかったあ…あんま心配かけないでくださいもー」


「うんゴメン」


「いやー、悟空見つけておかないと帰れないかなとか思って」



笑顔で受け答えする二人。
三蔵の紫暗の瞳が、ゆっくりと細められた。



「……おい、ジープはどうした?」


「え?いや俺知らねぇけど。は?」


「俺も知らない」



フルフルと首を横に振る
お互いに目を合わせ、疑問符を浮かべている。



「霧が明けたら、ジープも戻ってくるだろ。こんな森早く出よーぜ」


「なんか気持ち悪いしな、ここ」



二人仲良く歩き出す。
先導するかのように。

二人から、いつの間にか八戒と悟浄が距離を取った。
三蔵は逆に、ゆっくりと近寄る。



「…悟空、


「え?」


「何?」



二人が振り向いた矢先。
そこには、白い霧の中、銀色に光る銃。
その口が、悟空の頭に向けられていた。



「な…」


「え、何やっちゃってんの三蔵」


「お前らじゃない。俺が呼んだのは、あのバカ猿とチビだ」



ゴリッという音と共に、悟空の眉間に食い込む銃口。
冷や汗を流すのは、突きつけられた彼だけではない。
隣に立つすらも、驚いている。



「どうしたんだよ、三蔵!?ジョーダンやめろって。俺だよ三蔵!」


「いやほんと、どうしたの?コイツすら分からなくなったの三蔵?」



紫暗の瞳は変わらない。
しっかりと、二人を睨みつける。
不機嫌極まりないとばかりに。



「もうひとつ付け足す。気安く俺の名を呼んでいいのも」



響く銃声二つ。
脳天を打ち砕かれる。
溢れる、血。




「あのバカ猿と、チビだけだ」



倒れた二つの身体。
それはボロボロと欠け、最後には白い牌へと変わっていく。
彼の、式神だということを意味するかのように。

悟浄はそれを見て口の端をあげた。
八戒も冷静なまま、あちこちを見回す。



「…出てこいよ、清一色。三蔵様はかなり御立腹だぜェ?」


「カッコいいなあ。見くびってましたよ、貴方達を」



白い霧の中から、彼の声が聞こえる。
この式神の主の。
厭味ったらしい、その声が。

白い霧の一部が開ける。
一つの岩の上に、その姿はあった。



「ごきげんよう」



清一色。
彼の腕の中には、横たわるの姿。
瞳は閉じられたままの。

それを冷静に、三人は見やった。



「良くできた人形だったんですけどねえ。どこでバレました?」


「勉強不足なんだよ」



悟浄は紫煙を吐き出した。
銃口が、清一色へと向けられるのを確認しながら。

悟空の性格は、上手い方だった。
だが、彼の口癖が出なかった。



「悟空<ヤツ>の第一声は、『腹減った』だ」



いつも言う、その言葉。
何せ半日、食べてないというのなら。
出ない方がおかしい。



<ソイツ>のは、問題外だ」



そして、は。
最初から違和感があった。



「第一声は『面倒くさい』だし、<ソイツ>は、ンな顔で笑わねェ。ジープを放っておくってのも無理だ」



悟空と一緒に駆けてきたときの笑み。
笑うとしても、いつも面倒そうに笑う。

あんな、のんびりと、優しく笑わない。
あれは、がいたときだけのもの。

心を、許したものだけへの。


そしてジープ、白竜はのそれだ。
だからこそ放っておくなど難しい話。
いないとなれば、必死で捜しに行くかもしれない。

清一色に抱えられているはホンモノなのか。
そんなことは、分からない。

しかし。



「難しいなあ」



清一色に対する怒りは、膨れ上がるだけだった。














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