一つの銃声が、また静寂の森を切り裂く。
それは、威嚇のために、地面へと放たれていた。



「−あ…」



過去を、また巡っていた八戒が現実へと戻ってくる。
銃を撃った三蔵は、鋭い眼光で清一色を睨んだ。



「−悟空はどこだ。次は当てるぞ」



清一色はそれに屈しない。
ただ笑みを浮かべたまま、口を開いた。



「さて、どうしたと思います?この霧の中をさまよい歩いてるか、あるいは…熊のエサにでもなってるかもしれませんねぇ」



怒りを煽るそれに、三蔵は構わずに銃を放った。
しかし、それは当たらない。
清一色は飛んで避け、また煽るようにクツクツと笑った。



「ククク。やれやれ短気なお人だ。この子に当たるかもしれないというのに」



の顔に指を滑らせ、舌を這わす。
密かに歪む、表情。
小さく、呻く声が届く。

それに清一色は笑みを深めて、指を鳴らした。



「カルシウム不足ですかね?」



それが合図だったように地面には多くの何かが這う。
次の瞬間、三人の身体はそれに埋め尽くされた。
うぞうぞと動くそれが、蝕むように。



「!?なんだこりゃあ!」


「ムカデか…!!」



幾千、いや、幾万だろうか。
まるで身体を全て包み込むようなそれは、這い上がってくる。



「チッ、どこから湧いて来やがるんだ…」



掃っても掃っても、それは泉のように湧き出る。
下半身は既に、飲み込まれたも同然だ。
清一色は、を抱きながらも微笑んだ。



「百眼魔王はムカデの妖怪でした。ムカデは大顎に持つ毒液で昆虫を捕らえるんです−ホラ、早く逃げないと、それだけの量に咬まれれば命にかかわりますよ?」



この子のように。

の身体を見せるように、清一色は広げてみせた。
身体中に浮かぶ朱の印。

呻いた声は、まだ息があることを意味している。
だがもし、それが本当にであり、ムカデに大量に咬まれたのならば命が危ないかもしれない。
清一色は、その身体をムカデの元へと放り投げた。



っ!!」



地面へと落ちるその身体。
すぐにムカデがぞろぞろとそれを包んでいく。
それは誰もの精神を蝕むが。
自分のせいでと揺れる精神は、蝕まれやすい。



「ーっ」


「八戒!!」



毒は最初に、八戒へと廻っていったらしい。
悟浄が声をあげるが、聞こえない。
清一色はそれを見計らって、歩みを進めた。



「憎しみが足りませんか?」



下を向く八戒の顔を思い切り引き上げる。
顎を、掬うように。



「−さあ、よぉくご覧なさい。貴方の姉を陵辱し、孕ませたムカデ野郎の、息子の顔を」



その言葉は、八戒の思考を止めるのに充分だった。
巡り巡る過去の姿に、傷口を見る。




身体は無意識に、動いた。



「!おっと」



清一色に差し出された拳は易々と受け止められた。
そのまま彼の肘が、八戒の腹へと入る。
血が、口から零れる。



「あ…」



その隙に、両手を後ろへと押さえて、うつ伏せの寝技へと持ち込む。
頭をも、地面へと打ち付けて。
動かない、ように。



「八戒!!」


「−ああ、だんだんイイ顔になってきた」



悟浄が叫ぶ中、清一色は酷く嬉しそうに笑みを浮かべた。
歪んでいく八戒の表情を、楽しんで。



「咎なき命まで奪った贖罪のつもりか知りませんが、貴方の健気なまでの偽善者ぶりは嫌いじゃありませんけどね。でも」



それが見たくて、ここに在るわけではない。
魂を奪われても尚。
ここに感情だけを残したのは。



「貴方の痴態と殺意だけが、我の心を満たしてくれる」



それだけを得るために。
それだけのために。







「……ま、だ…そんなこと言ってるの」



ムカデに埋もれた中。
聞こえたのは、小さな小さな、声。

清一色はそこへと、視線だけを寄越した。

ムカデで見えない身体に浮かぶ、顔。
その紫苑の瞳は、じっと、それを半眼で見つめている。
生と死を、行き来していそうなそれで。



…!?」


「…オヤ、まだ生きていたんですか。意外とシブといんですねぇ」



呆れにも似た清一色の笑みに、はニヤリと笑って見せた。
身体は毒が廻っているのか、動かない。
しかし、表情と口だけは、動く。



「ほんと、に…可哀想な『白』だ、あんたは」



ムカデで身動きが取れないは、それでも笑ってみせた。
もう同情などしない。
蔑むように、笑むだけ。

それが酷く気に喰わなさそうに、清一色は笑みを浮かべた。
指を小さく動かせば、ムカデは一斉に噛み付く。
その痛みに、は小さく呻き声をあげた。



「うっ……いっ……」


「我にとっては、猪悟能の殺意と痴態…それだけでイイ。だからこそ…貴方はそのまま死んでしまいなさい」



八戒の精神を壊すための、一つに。

それを意味する言葉に、は何も反応出来ない。
ただ痛みと、巡りくる死へと対抗するのみ。
呻き声と息切れが、自分のものだというのに酷く耳障りだ。



「−それ以上喋るな。耳障りなんだよ」



冷静なようで、怒りを含んだその言葉。
低い三蔵の声が、の耳に届く。
何故かそれで癒されるような心持ちになる。

小さく、は息を零した。



「俺がこの世で嫌いな物、ベスト3のうち二つ、教えてやろうか」


「是非、お伺いしたいですねえ」



そんな会話が交わされた途端、辺り一面は光に包まれた。
同じように、大きな音が響く。
巻物が奏でるそれに、三蔵の言葉が続く。



「変態と虫ケラだ」


「−と!」



声無き、魔戒天浄。
その荘厳な光に、は目を細めた。
身体を這い回っていたムカデ全てが消える。

ようやく、自分の身体を見れた気がした。


安堵した途端、誰かがの身体を支えた。
温かい腕。
それにまた、酷く安堵する。

見上げれば、金色の髪と紫暗の瞳が見えた。



「……うわ、雨降りそう」


「減らず口が」


「…嘘。ありがと。…あとおはよう?と、ただいまと悟空連れ戻せなくてごめん?」


「…間違いなく、だな」



律儀に挨拶するのは独特のもの。
それを、あえて清一色に言わなかったのは正解だろう。
これで本当かどうかを確認できる。

もし、腕に抱かれていたものが偽者であっても、それを言わなければ、わからないだろうから。


面倒そうに、そう言ってのける三蔵に疑問を覚えながら、紫苑の瞳を清一色へと移した。
悟浄の錫杖によって吹き飛ぶ腕。
その瞬間を、ただ感情なき瞳で。



「…なんかさー。久々にブチ切れそーだわ。スゲーな。この温厚な俺がよ?」



後ろ姿で分かる、怒りのオーラ。
確かに本気でキレたことがない悟浄のそれを見て、は面倒そうに溜め息を零した。


三蔵に抱えられ、宙に浮く身体を感じながら。














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