四人は一通りポカンとしていた。
もうの背中は見えない。
急な別れに、誰も思考がついていかなかった。



「…行っちゃったな」



ようやく悟空が声を出す。
その言葉に、止まっていた時間が動き出す。

溜め息を吐いたり、苦笑を零したりと様々な態度が露になる。



「いやぁ、本当に台風のようでしたね」


「別れも急だし、なァ?」



エンジンがかけられるジープ。
小さく鳴く声が聞こえる中、それはゆっくりと走り出す。
再び流れる景色。
目指すは、が何らかの反応を示したあの町。



「最後まで自由すぎじゃねェ?」


「お陰で苛つく原因が減るな」


「えー、俺はつまんなくなるかも!悟浄が後ろなわけだし」


「オイ!どういう意味だ猿!!」



普段通りの会話。
ジープの中がまた五月蝿くなる。

内容はさっきまで一緒にいた人物に注がれる。




本当に台風のようだった。
拉致して、そのまま一緒に三ヶ月過ごしたけれども。
一緒にいても迷子やら何やらで気がつけばいないし、捜せば必ずいた。

妖怪と戦うときものんびりと挨拶してから始めるし、面倒臭いが口癖で。
マイペースを崩さないで。
謎が多くて。
変なところで律儀で、子供のクセに大人のようで。

でも子供で。




『悟能なんて知らないな。俺が知ってるのは八戒だ』


『悟空は、悟空だろ』


『三蔵は、そうでなきゃ』


『イイ兄貴分じゃないの』




それでもって

どこか嬉しい言葉を、くれる


魔法のように、心の染みるそれ

拒否するまでもなく、すんなりと入ってしまったそれ

だからこそ、存在自体もどこか受け入れてしまっていた





そしていなくなった途端に分かる。
何かの物足りなさ。
焦燥感。

心の奥深くから響く、誰かの声。










『この手を、離してはいけない』


『離したら、もう二度と』











これは何を意味するのか。

誰にも分からない。
誰にも言えない。


そして脳裏を過ぎるのは、只ならぬあの雰囲気。
揺れない瞳は、小さく揺れていて。
戸惑いと緊張を隠しきれていなかった。

鋭くなった紫苑に映ったのは、一体何だったのか。
もうそれを知る術もない。



「…でもさぁ」



悟空が金晴の瞳を、ゆっくりと遠くへと動かす。
もう誰もいない、何もない岩場。
先程まで、の影があったそこへと。



「ほんとに、寂しくなるなァ…」



ぽつり、と呟いたその言葉。
言葉と表情が一体となって、悟空の心を表していた。


ぽっかりと穴が開いたようなのは、心だけではない。
いつもそこにいた、空席。
温もりはもうなくなっていて冷たいそこ。

悟浄はしばらく黙ってから、悟空の頭に腕を乗せた。
の頭に、それをやるように。



「…どーせ、また会えるっての」


「まぁ、町はあそこだけですし、泊まるとしたらその宿屋でしょうしねぇ」


「…あ、そっか!!」



これは一時の別れ。
八戒の言葉に、悟空はすぐに笑顔になった。

何とも現金だ。
三蔵は鼻を鳴らして紫暗の瞳に、町の看板を映した。
『蜂窩』と書かれたそれ。

門を潜り、琥珀色の町へと、ジープは入り込む。





岩場のときと同じ、どこか殺風景なもの。
妖怪の騒ぎが起きてから、ここも寂れたのだろうか。
そんなことすら考えられる琥珀色。

しかし、どこか穏やかだ。
旅人が珍しいのか、皆が目を見開く。
そして笑顔を見せる。
旅人への警戒が全く見られず、むしろ友好的だ。



「お、兄さん達、旅の人かい」



琥珀色の短い髪と、優しい青空色の瞳。
どこか物腰柔らかそうな青年が、笑顔で話しかけてくる。
八戒はジープを止めて、同じように笑顔を見せた。



「ええ、そうなんです」


「物騒な世の中で旅とは、いい度胸だねェ」


「あはは、そんなことないですよ。ところでこの町に宿屋なんかあります?」


「ああ、勿論。小さいやつだがな」



来いよ、と笑顔で迎えられる。
優しいそれに、四人共どこか安堵しながらついていく。
勿論、ジープに乗りながら一緒に。
青年には当たり障りない会話をしながら。

全体的に琥珀色のこの町は、やはり殺風景で、寂れている。
畑で取れた少量の穀物や野菜、そして牧畜で生活しているらしい。
他の町との交流は少なさそうだ。
小さくも、町の土地としては広い。
そんなことを思いながら、一つの宿屋へと辿り着く。



「ここだ」


「ありがとうございます。助かりました」


「良いってことよ。こんなとこだが、ゆっくり休んでくれ」


「はい」



ピラピラと手を振っていくその人。
どこか好感を持てる彼に、悟空と悟浄も手を振る。
さて、宿をと思ったときだった。



「あれ、これの荷物じゃね?」



自分達の荷物を取ろうとした悟空の目に入ったのは、のワンショルダー。
先程中身を確認していたから、見間違うことはない。
キョトンとそれを持ち上げる悟空の横で、悟浄が顔を顰めた。



「おいおい、別れを言った後にこれかよ。変なとこでヌけてんな、おチビは」


「後で渡しておけばいいんじゃないですか?」



ジープから荷物を全て降ろした途端、ジープは白い竜へと姿を変える。
八戒がのんびりとそう言ってのける中、慣れたように肩に乗って。
小さく、一鳴きする。

忙しなく、羽根を羽ばたかせて。



「ジープ?」



紅の瞳はじっと町の入口の方向を向いている。
小さい町だが、商店街と農地や畑があるために、それは遠い。
宿屋がこんなにも離れているのだ。
歩いて入口まで二十分はかかる。
というのも、先程案内してもらったときにそれくらいかかったからだ。

ジープはそこから目を離そうとしない。

まるで、を待つように。
いや、行きたいかのように。


悟空はそれを見て、ニッと嬉しそうに笑ってみせた。



「今、行くか!ジープ!!」


「ピーッ」



悟空の言葉に、賛同するかのように鳴く。
さすがに八戒も目を見開かせた。

ついさっき別れたばかりだというのに、何故今。
八戒だけではなく、悟浄と三蔵も溜め息を吐く。
せめて宿屋で少し休むとかあるだろうに。



「後ででイイだろーが、面倒くせぇ」


「今、行った方がいい気がするんだよ!何となく!!」


「せめてここで待つとかしたらどうでしょう?悟空は骨折まだ治ってないわけですし」


「でも!!!」



悟空は譲らない。
一体何が彼を動かすのか。
荷物を持つ手に、力が篭っているのが分かる。

金晴の瞳は、入口があるだろう場所をじっと見つめている。



「…何か、イヤな予感がする」



小さく紡がれる言葉。
三人が顔を顰めた途端、彼はしっかりと振り向いた。



「何か分っかンねェけど、イヤな予感がすンだよ。この町に入ってから」



『蜂窩』という琥珀色の町に入ってから。
どこかで警鐘がなっている。

寂れているからではない。
人々の笑顔が綺麗だからではない。
先程案内してくれた青年が疑わしいわけではない。


だけれど。
脳裏を過ぎるのは、先程の



の、様子もおかしかったし」



誰だって分かっていた。
『蜂窩』の町を見たときから、の様子がおかしかったことなど。
けれど、追いかけずにいたのは『の問題』だから。
何もつっこまなかったのは、別れたから。

もう自分達とは無関係。
そう思おうとしていたけれど。


荷物が、ここにあるのなら。

まだ、関係は築かれたまま。



「だから、行ってくる!!っていうか、俺が行きたい!」



この荷物を返すときに、普段通りのに会えたなら安心できる。
悟空の気持ちは、それだった。
ほとんど、自分のためだ。
心の警鐘を、落ち着かせるためだけに。

金晴の瞳は譲らない。
三蔵はそれを見下げて、小さく溜め息を吐いた。

何を言っても、ムダだと分かっているから。



「…しょーがねェなァ」


「ま、買い物も済ませてなかったですしね」



悟浄も八戒も歩き出す。
自分達の荷物を持ってで重いだろうに、誰も文句を言わない。
曇り空は色を濃くするばかり。

三蔵は懐から煙草を取り出して、口に銜えた。
火を点けて、いつもどおり紫煙を吐き出す。



「…三蔵」



悟空が三蔵を呼ぶ。
三人の視線が、彼へと注がれている。

拉致した本人が行かないでどうする。
そう言っている気がして。
渋々ながらも、三蔵は一歩前へと踏み出した。


不安と焦燥。
それは四人、共通するモノ。

それを悟られないように、ゆっくりと。

















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