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時間は今より少しばかり遡る。 四人はのんびりと町の入り口方面へと戻っていた。 どこからか生まれてくる、理解できない不安と焦燥に駆られながらも、目的は荷物を返すだけ。 だからこそ、心は急いでいても足は急がない。 「今日は何食べましょうか」 「やっぱラーメン!!ギョーザにシューマイ!!」 「いつもどおりじゃねェか」 「猿だからワンパターンなんじゃねェ?」 「何おう!!」 暢気ないつもの会話。 各々、心は見せずに進むのみ。 白竜は八戒の肩に乗ったまま静かに首を伸ばして遠くを見ている。 それだけが、四人の緊張感を表していた。 いや、それだけじゃない。 先程より、町全体が緊張感に包まれている。 それに気付きつつも、四人は顔に表さない。 この緊張感の理由はわからない。 ただ、殺気立っている気がする。 この二十分間、いや、実質四十分間だろうか。 この間に、一体何があったのだろうか。 そんなこと、知るなど出来るわけがなかった。 しばらく歩いていると、商店街の方があからさまに騒がしくなっているのが見えた。 多くの人が集まっている。 笑顔が溢れているのだが、どこかが違う。 何か、が。 「…何だ?」 三蔵が怪訝に辺りを見回す。 雰囲気がどこか異なるそれに、すぐに気付いたのは彼だった。 他の三人も首を傾げる。 人が集まる中心にいるのは、見知った銀色の髪だった。 それを指さして、口を開いたのは悟空。 「?」 だ。 誰かに抱きついている。 後姿からして、それは宿屋へと導いてくれた青年のようだ。 琥珀の短い髪が見えるのだから。 彼は優しくの頭を撫でている。 嬉しそうに笑う彼女の顔は、に見せたものと同じ。 心を、許した者にだけの。 まるでそこだけ次元が違うような感覚。 彼らと四人の間に線が綺麗に引かれたようなそれと、何かの違和感に首を傾げるしか出来ない。 「何?ここ故郷か何かなワケ?」 「でもこの町の外では、あんな感じでは…」 予想できるのは、故郷だとか自分の見知った場所に帰れたという状況。 それを代弁した悟浄に、八戒が訝しげに顔を顰めた。 そう、違う。 町の外では緊張と不安を宿した瞳だった。 それは故郷に対する感情とはどこか違う気がした。 だが、今ではどうだ。 まるで幼い頃に戻ったかのような、顔だ。 大好きな人たちに囲まれて、幸せそうに笑う姿。 あんなに嬉しそうに抱きついて。 リンゴを見せて。 子供のように。 笑う。 「…今行ったら、お邪魔でしょうかね」 何にせよ再会を懐かしんでいるのかもしれない。 恐らく、町の外での表情はこれとは関係ないのだろう。 そう答えを出して、八戒が促していこうとする中、悟空はすぐに目を見開かせた。 嬉しそうなの傍に光るモノが見えた。 幸せそうな空間に。 金晴の瞳に映ったのは、銀色の光る刃。 「っ!!」 たまらず声をあげる。 三蔵達はその切羽詰った悟空の声にすぐに振り向いた。 三人の瞳にも映る。 が抱きついている青年の手に、刃が握られているところを。 それが、確実に彼女に向けられていることを。 当の本人は、腕の中から顔だけ覗かせた。 まるで知らない人を見つめているような、紫苑の瞳。 キョトンとしたまま、首を傾げている。 悟空はそれでも、大きな声を出した。 「っ!!逃げろっ!!!」 「え?なんで?」 紫苑の瞳はくりくりと幼さを示す。 いつもの警戒心やら何やらが全く見えない。 何も知らない、幼い子供のような反応。 危ない 心の警鐘が響き、たまらずに悟空は走り出した。 悟浄も舌打ちをして彼に続く。 急げば間に合うかもしれないという、小さな希望を抱いて。 ザッという音がいきなり響く。 それに伴い、二人はすぐに動くことが出来なくなった。 町民達が、足止めに動いてきたのだ。 笑みを、なくして。 「何だよお前ら!!どけよっ!!!」 焦りが声を大きくさせる。 二人の前の町民達は動じることなく、二人を睨みつけていた。 「アイツを知ってるのか?仲間か何かか?」 「死神と知ってて、動くのならお前らも敵よ」 殺気と狂気を纏う彼らは先程とは別のもの。 手には武器になりそうな斧や包丁が握られている。 一体何がどうなっているのか。 彼らにわかるはずもない。 「死神!?何の話だよ!はだろ!!?」 そう、この言葉すらわからないというのに。 何を分かれというのか。 悟空の言葉を聞いてどこか納得したような町民はそのまま、彼らの道を塞いだ。 「そうか知らないのか。なら手出しはしないでもらおう。これは俺達の復讐だ!!!」 「オイオイ、どういうコトだ。サッパリ分かンねーんだけど」 死神、復讐。 ただならぬ空気に悟浄までも声を出す。 しかし、その後ろからもっと威厳のある声が町民達へと届いた。 「…復讐、だと?」 三蔵が紫暗の瞳で睨みつけながら、代表のように立つ男の前へと進んだ。 後ろから八戒も続く。 四人揃って、彼らの前にしっかりと立った。 分からないからこそ。 目の前に立ちはだかる人々を睨みつけて。 「おい、どういうことか説明しろ」 鋭い瞳に、有無を言わせなくする。 声も鋭く、低い。 それが恐怖を増長させるのだろうか。 町民達はどこか怖気づきながらも、声を荒げた。 「アンタらは知らないだろうが、あいつは妖怪でも人間でもねぇ!!『死神』なんだ!!」 「あいつは一つの町を滅ぼした!!『蜂窩』を!!そして私達の大切な人たちを……殺したのよ!!!」 「…っ!?」 彼らの話に、四人は全員、言葉というものを一瞬忘れた。 瞳は鈍く光り、過去造られた闇を映しだす。 彼らを纏うのは、多くの感情。 大切な人を失ったときの、喪失感。 殺されたと知ったときの怒り。 憎しみ。 悲しみ。 抑えきれないほどの、何かが心を埋め尽くしていく。 どこか覚えのあるその感情。 八戒と三蔵がそれに顔を顰める中、悟空は負けるまいと喰ってかかった。 「がそんなこと、するわけねーだろッ!!!」 「アンタはアイツの何を知ってる!?『死神』だってことも知らなかったアンタが、アイツの過去を知るもんか!!!」 「な……」 今度こそ、言葉をなくす。 言い返そうにも、その言葉で自分の言えることはなくなってしまった。 目の前が、真っ暗になりそうになる。 町民の一人から発せられたその一言は、酷く心を抉った。 そう、知らないのだ。 『死神』だとか、それは清一色が言った悪口だと思っていた。 正体なんて、どうでもいいと旅をしてきたからこそ。 過去も、知らない。 何も知らない。 お互いに、干渉しないようにしていたから。 悟空が言葉に詰まる中、町民達が声をあげた。 あのときから止まった感情を爆発させるかのように。 「『死神』と貴方達がどういう関係だったかなんて知らない。けれど!私達はアイツを生かせてはいけないの!!!」 「あいつを殺さないと、また誰かが殺される!!それを阻止するために…復讐のために私達は集った!!」 「この町を作って、あいつを呼び寄せて!!殺すために!!!」 「死ね!!死神なんか死んでしまえ!!」 「大切な従姉妹の、怨みよ!!!」 一人一人の憎しみが、集まることで増幅されて。 大きな力となる。 『死神』とは何なのかも分からない。 だが、彼らの心は本当に復讐という言葉に呑まれたままで。 憎悪が全てを包んでいる。 大きな声が集まって、大きくなっていく。 感情と一緒に。 もう町民は誰一人、悟空達を気にかけなかった。 『死神』に対する復讐しか頭になかった。 ひたすら殺せと、死ねと叫ぶ。 嘆きと怒りに身を任せながら。 一体、どこからそんなエネルギーが出ているのかと、思えるほどに。 「……………」 人の波で、もう彼女の姿は見えない。 ぐらりぐらりと歪む視界。 色々なことがいっぺんに起こって、頭がついていかない。 それは悟空だけではない。 八戒も、悟浄も、動けないでいる。 面倒臭がりで。 女のくせに、全く女を意識してなくて。 自分の『領域』だとか『壁』を酷く意識して。 メリットをいつも考えていて。 誰かが死ぬのをいつも喰い止めようとして。 酒に強くて。 礼儀正しくて、変なところで律儀で。 賭けが、弱くて。 それが見せていたで? 『死神』で? こんなに多くの人の大切な人を『殺して』? これが、見せなかったか? 「死ねェェェ!!!!」 「早く、早く殺してェェェェェェ!!!!」 どれが過去で、どれが未来だ? 夢か?現実か? 真実か、嘘か? 目の前のこれは、何だ? いや、そんなこと どうでも、いいんだ 鉄の、錆び付いた匂いが風に乗って届く。 嗅ぎ慣れた匂い。 それは、誰のモノなのかなんて、状況を見れば容易く判別出来る。 町民が罵声を浴びせる中、聞こえたのは小さな声。 「生きて…て…よか……」 誰に対しての言葉なのかはわからない。 泣いているようで、微笑っているような声色。 たまらずに、悟空と悟浄は人を掻き分け始めた。 その後ろに八戒も続く。 「クソ…っどけよ!!」 「何だアンタら!邪魔すんじゃねぇよ!!!」 「『死神』の処刑の最中だ!!」 「知るかよそんなことっ!!」 人の波は掻き分けられない。 分けても、押し寄せてくるのは罵声の波。 銀色の髪は見えない。 「……さよ……な…ら…………」 消え入るような、声。 それが罵声の間を縫って、小さく紡がれる言葉。 律儀で、挨拶を大事にするから出たアルト。 それが、挨拶というのなら。 意味は一つだけなのだろうか。 「ーっっ!!!!!!」 微かに見えたのは、崩れ落ちる銀色の髪。 紅に染まったのは青年の、白いシャツ。 の血の、色。 その光景は酷く、心をざわつかせた。 『この手を離してはいけない』 『離したら、もう二度と』 誰の声だった? 誰の言葉だった? それが酷く、頭の中を占める。 青空の瞳が闇色に染まる。 時が、止まる瞬間。 |