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商店街を抜ければ、静かそのものの町。 誰もいない農場や牧場。 宿をも、通り過ぎる。 「…どうよ、八戒」 悟浄がのんびりとハンドルを切る中、静かに問う。 いつも五月蝿い車内は静まり返っていた。 カードやら喧嘩やらで盛り上がっていた後部座席には悟空と八戒が真剣な表情で座っている。 どうせ負けるんだから面倒だとゲームを強制的にやらされていたは、その二人の上に横たわっている。 青白い肌で、ピクリとも動かずに。 「…傷は、サラシのお陰もあり塞がりそうですが…やはり血が…」 ナイフで内臓を抉っていたのだ、血も必要以上に流れていたに違いない。 浅い息と弱い脈が、生死の境にいることを思わせる。 あのムカデのとき以上に、死に近いということも。 悟空は黙ったまま、の肩を抱きしめたままだ。 まるで願うかのように。 「とにかくこの町出るけど、それでイーんだよな三蔵」 「構わん」 一応、三蔵に確認を取る。 簡潔な返事に、悟浄は小さく「あいよ」と答えてハンドルをそのまま出口へと向けた。 どちらにせよ、この町の薬屋など信じられない。 いや、この町全体を信じてはいけない。 例え、次の町まで何日かかろうとも、ここにいては自分達まで危ないのは誰にでも分かることだ。 『死神』であり、彼らの復讐の対象を庇ってしまったのだから。 いや、庇ったなどという表現は違う気がする。 何せとは『関係』がないのだから。 ただそこまで一緒に旅してきた、だけなのだから。 言うなれば、『借り』があったから。 荷物を『預かって』いたから。 だから『生かして』おこうとしただけ。 「……にしても、なんか胸糞悪ィな」 そう、それだけにしても。 こんなにも胸糞が悪くなる。 『死神』 過去 人殺し 憎しみ わからないこと、ばかりで。 いや、はたしてそれだけなのだろうか。 「同感だな」 三蔵は紫煙を吐き出しながら、煙草を取り出した。 箱から一本出し、運転をする悟浄に差し出す。 珍しいその行動に、誰もつっこまない。 悟浄はそれを取り、差し出された火を点ける。 同じように紫煙を吐き出して、冷静になろうと試みる。 ニコチンが身体中に染み渡ってくる。 苛々が薄まっていく。 冷静になっていく。 「八戒、無理すンなよ」 「ええ、あともう少しですから…」 悟浄が今更ながら声をかけるが、手は決してやめようとはしない。 せめて、傷を完全に塞ぎたいと。 八戒の額から汗が、頬を伝って落ちる。 傷を塞いだとて、生きるかどうかは危うい。 何せ、酷い出血の量だったのだ。 早く輸血しなくてはいけない。 だが、この町では無理で、次の町までも時間がかかる。 どうするべきか。 悟浄と三蔵は冷静になりつつも、しっかりと考え始めていた。 町の入り口である門を、潜り抜けて。 死者に荷物を返すことだけは、避けたい。 それ以外の感情は、出さないように。 気持ちを押し込めて。 「ねぇ、待って!!!!」 静かな車内に、遠くから幼い声が届く。 後ろを振り向けば誰もいなかったはずの出口の門に、少年が立っていた。 悟浄は顔を顰めながら、車を止める。 すると、少年はそのまま懸命に駆けてきた。 その姿に、四人は目を見開かせた。 銀色の髪に、黒い羽織り。 極めつけは紫苑の瞳。 年齢は十ぐらいだろうが、その姿はまるで。 「…?」 悟空は自分の抱えているを見やる。 そう、にそっくりだ。 紫苑の瞳は開かないまでも、まるで彼女が幼くなったかのよう。 パタパタと音をたてて、しっかりと駆けてくる。 幼いその子は軽く息を切らして、ジープにしがみついた。 「お兄ちゃん達、『死神』を殺すの?」 純粋な瞳が、四人を見回す。 誰もが目を見開く中、悟空はすぐに身を乗り出した。 「殺すもんか!!!殺さないし、殺させねぇッ!!!」 悲鳴にも似た言葉。 を抱えていた腕に、力が篭る。 先程助けられなかった、だからこそもうさせやしないと。 幼い少年はジープにしがみつきながら、じっとその瞳を見上げた。 金色に輝く太陽のような、瞳を。 「助けるの?」 「…助けるために、頑張ってるんですよ」 優しい声に、紫苑の瞳がそちらを向く。 汗をかきながら、未だ治癒の気功を行っている八戒。 深緑の瞳は、まるで草原のよう。 「死体に荷物返すとか、嫌だかンな」 面倒臭そうな声に、紫苑はまた揺れる。 紅の瞳は夕焼けの色。 いや、トマトの色だろうか。 「…それだけ?」 「さぁな」 紫煙を吐き出す、鋭い紫暗の瞳。 幼い瞳にはどう映るのか。 ただキョトキョトと四人を見回して、見続ける。 四人とも、変わらない真っ直ぐな瞳。 そして、紫苑の瞳はそのまま、意識のないを見つめた。 気功によって傷は塞がっているだろうが、死に一番近い状態にいるのは確か。 小さな足はジープをよじ登り、自分と同じ銀の髪を、小さな手で撫でた。 「『死神』は、お兄ちゃん達をも、殺すよ?」 さらさらと流れるような髪。 手の間から零れる細い糸のよう。 そのまま、小さな手は汗が流れる、青白い頬を撫でた。 冷たくなっている、その肌。 涙の痕を、ゆっくり拭って、紫苑の大きな瞳で四人を見上げた。 少年の言葉に少なくとも、目を見開かせる四人。 それを見上げながらも、言葉を続ける。 真実を。 「『死神』はね、『死神』だとバレたら、無意識に殺しちゃうんだって、おばあちゃん言ってた」 少年の言葉に疑問が次々と浮かぶ。 おばあちゃんとは誰なのか。 先程の町民の中にいるのか。 何故、そのことを少年が知っているのか。 それは本当か嘘か。 誰もが疑問を持つ中、瞳は真っ直ぐに貫いた。 少なくとも、嘘は言っていないと。 「それでも、助けるの?」 助ければ殺される。 殺せば、助かる。 どちらを選ぶのか。 メリットを選ぶのなら後者。 デメリットを選ぶのなら前者。 さぁ、どちらを選ぶ。 紫苑の瞳が試すように闇を映す。 これで、彼らを見定めるように。 紫苑の瞳が真っ直ぐに四人を見つめる中。 四人は同じ結論に至っていた。 少年の言っていることが全部本当だとして。 それでも、自分たちの取る行動は、一つだけだと。 言葉に出さずとも、それが同じであることをどこかで分かっていた。 「殺されねェよ」 「…え?」 三蔵は、ゆっくりと言い放った。 紫暗の瞳は真っ直ぐなまま。 目を見開かせた子供を見下げていた。 「そいつに俺達は殺せねェ。例え殺そうにも、俺達は死なねェよ」 ハッキリと紡がれるその言葉。 の頬を撫でる小さな手が、ぴたりと止まった。 意外な、その答えだったからこそ。 他の三人をも見回してみる。 確信を持つ言の葉に他の三人も、同様の光を瞳に宿していた。 死なない。 殺されない。 誰かのために死ぬ? 殺される? そんな定義、自分達に存在しない。 残された者の、苦しみが分かるからこそ。 生き抜く。 ましてや、のせいでなど。 死んで死にきれるものか。 そう、答えは一つだけだった。 「子供、お前の用はそれだけか?」 未だに目を大きく開かせたままの少年に、三蔵は疑うように声をかけた。 このような質問をするために走ってきたのなら、ご苦労様で終了だ。 とにかく、早く次の町に行かなくては。 悟浄がまたエンジンを入れる中、少年はジープにしがみついたまま。 彼らの出した答えに、心からニッコリと笑った。 「…お兄さん達、優しいんだね」 優しい、の言葉に若干四人の顔が曇る。 そういう感情ではないのだ。 同情だとかそんなのではなく、自分のため。 悟浄が否定するように、ゆっくりと首を振った。 「……そんなんじゃねーよ」 「ううん、優しい。有り難う。お姉ちゃん、幸せ者だ」 悟浄の言葉に微笑んだまま、少年はジープから飛び降りた。 小さな音が、地面を叩く。 いや、それよりも。 「『お姉ちゃん』…?」 その言葉の意味は、何なのか。 知り合いだからそう呼んでいるのか。 いや、それにしては似すぎている。 四人が目を見開く中、少年は可愛らしい笑顔のままで、ある一定の方角を指した。 何もなさそうな岩場。 そのもっと向こうに見える、崖の上にある、まるでお化け屋敷のような一軒の家。 「あそこね、魔女と呼ばれてるおばあちゃんと僕が住んでるんだ。この町の人たちと縁切ってるし『死神』とか関係ないし、安全だよ」 ジープで二十分ほどだろうか。 近く見えるが、どこか遠く見える。 歩いたら、きっと一時間はかかるだろう町外れの一軒家。 少年は笑顔のまま、入口へと走り出した。 「僕、町の人たちにお兄ちゃん達が出てったって言っておくから、そこに行ってて!おばあちゃんのことだから、薬も沢山あると思うから!」 「あ、おい!?」 「じゃあ、またね!お姉ちゃんをよろしく!」 悟空の制止の声も関係ない。 ただ少年は笑顔で手を振って、入口を潜っていく。 遠のく後姿に、全員がポカンとする中、八戒は気功を止めた。 流れる汗を、手で拭って。 「……なんなんだろ、アイツ…」 「さァねェ……八戒、大丈夫か?」 「ええ、傷は完全に塞がりました。…でも、急いだ方が良さそうです」 悟空の言葉に、悟浄が肩を軽くあげて見せる。 後部座席を覗き込めば、八戒まで息切れしているのが見えた。 眠っているの腹からは出血が完全に止まっている。 だが、やはり顔は青白く、息は浅いまま。 「…どーするよ、三蔵」 紫暗の瞳は崖の上を見上げている。 煙を口から吐き出し、冷静に考えているに違いない。 「…どうもこうもも、ねェだろ」 「デスヨネー」 選択肢は決められている。 この町に止まって殺されるか? 次の町まで走って死なせるか? それとも、あの家に行ってみるか? 取る選択肢は、賭け。 紫暗の瞳はすぐに前を向いた。 もう決まっている。 何を取るかなど。 悟浄はアクセルを、思いっきり踏んだ。 勿論、の怪我に響かないように。 ハンドルは、あの一軒家へと切られた。 |