曇り空は時間さえ分からなくしたまま、夜を告げていく。
夕日すら見えない中、恐らく夕方だろう時刻にジープは一軒の家の前に止められた。

崖の上。
ポツンと立つそれは、錆び付いていて、草木を絡ませている。
辺りに植物がないだけに、ある意味歪な存在。
お化けでも出そうなその窓からは、小さな明かりが見える。



「…うえ、あんま入りたくないかも」


「ンなこと言ってる場合かよ。オラ、お前は荷物持てって」


「わーってるよ!!」



悟空がブーイングしながら降りる。
同じように、八戒がフラフラしながら降りた。
気功を長時間治癒に費やしたのだから、無理もない。
ジープに寄りかかる姿を見ながら、悟浄はジープの後部座席で横になるを抱き上げた。

この軽さが嫌になる。
まるで、この身体には魂が入ってないかのよう。
若干温いながらも体温と、浅い息が聞こえるのが救いだろうか。



「チッ…」



悟浄が小さく舌打ちするのを、八戒だけが聞いていた。
荷物が降ろされると同時に八戒は寄りかかるのはやめて、ジープは白竜へと変わって羽ばたく。
一通り空を飛んだ後、白竜はの上へと降り立った。

顔を覗き込んで、心配そうに鳴く。
いつも白竜だけに笑顔をくれるの姿はない。



「行くぞ」



三蔵はそんな様子を見ながら、三人より早く家へと足を進ませた。
それに三人が続く。
近くで見ると、その屋敷は酷く年を重ねたものだということが分かる。
若干の不安を覚えながらも、三蔵は扉を叩いた。

それだけで屋根からパラパラと何かが落ちてくる。
全員が顔を顰める中、扉は古びた音をたてながら開かれた。



「ほいほい、誰じゃい……」



温かい光が包み込む。
外見とは違う、普通の内装。
四人が驚いて、目を見開かせる。
そのギャップが漂う中に、扉を開いた本人はいた。

銀色の長い髪を後ろに一つに縛り、紅の少し鋭い瞳。
腰は少し曲がり、杖をついて見上げる老婆。
玄関に立つ四人の青年を窺うようにじっくりと見やり、そして抱えられているを見やる。

を見た途端、一瞬だけ目を見開かせたが。
その後、納得したように細めた。



「…フム、ようやっと来たかい」


「え?」



八戒の疑問符を他所に、老婆はそのままくるりと背を向けた。
扉を開けたまま。
どうしたら良いのか、玄関で立ち尽くしたままになる四人。
老婆は振り向いて、顔を動かした。



「さっさとお入り。そこにベッドがあるから、をそこに寝かせんさい」


「え、なんでの名前…」


「いいからさっさとそうせんかい」



有無を言わせない。
悟空の疑問も無視だ。
全員が顔を顰めるが、反抗する時間もない。
四人は言われたとおりにすぐに中へと入って扉を閉めた。

外とは違う温かさ。
明るいランプ。
木で作ったテーブルや椅子。

一体このギャップは何なのだろうか。
辺りをぐるりと見回す。
向こうに、ベッドが一つあった。



「そこに寝かせて。ほれ、さっさとする」


「ンだよ、このばーちゃん」


「若造に言われたくないねぇ。早くしないと薬も用意できないじゃろが」



不満げに悟浄が言う中、老婆は一歩も譲らない。
仕方なく、をそのベッドへと寝かせる。
老婆はすぐに紅に染まった小袖を脱がせ始めた。
さらしをも、取り払って。

悟空が視線を外し、別の場所を見る。
未だに慣れていないのだ。
他の三人は何ともないように見ている。


老婆は傷口をうっすらとなぞる。
しわがれたその手はあちこちを診察し始めた。



「…ふむ、傷は塞がっておるか」


「はい、一応…でも血液が」


「ついでに内臓もちぃとやられておるな…どれ、薬を持ってくるでな、ちぃと待っておれ」



老婆はゆっくりと立ち上がり、動き出す。
杖をつきながら、部屋の奥へと消えていく。
全員がその姿を凝視した。

まるで医師のような動き。
それにまるで、占い師のような言葉。

一体何者なのか。
それを知る術はない。



戻ってきた老婆は、しっかりと薬を抱えていた。
どう見ても、美味しくなさそうな液体。
深い青い色の中に緑が混ざり、マーブル色を形成している。
ドロドロのそれからは、泡や煙まで出てきている。

さすがに四人は思い切り顔を顰めた。



「…ええと、それが薬ですか?」


「勿論じゃ。増血剤、内臓復元剤。それを混ぜたらこれじゃい」


「…イヤ、さすがにそりゃナイでしょーよ」



どう見ても毒だ。
匂いまで、強烈なのだから。
否定する悟浄の横、白竜が八戒の上で、臭いとばかりに鳴いている。

老婆はそれが気に喰わないようで、喧嘩腰で四人を睨みつけた。



「何じゃい。魔女と呼ばれたワシの薬が毒とでも?毒を持って毒を制す。それが薬の基本じゃろうが」


「ってそれ、毒ってことじゃんか!!?」


「うるっさいわ小童が!ワシを信じんかい!!」



己を魔女と呼んだ老婆は、大きな声で悟空に言い返す。
しかし、悟空の言うことが正しいように聞こえるのも仕方がない。
悟空と悟浄が「いや、やっぱダメだって」と再び言い返す。
他二人は顔を顰めてその様子を見やるだけ。

終わりそうにない大声の口論に、ベッドの傍にあった大きな岩がもそりと動き出した。
突然のことに、悟空と悟浄が構えを取る。



「うぇぇ!?岩が動いた!!」


「はぁ…岩じゃないわい。すまんね、龍<ロウ>さん。起こしてしまって」



老婆は何ともないように岩に話しかける。
四人はそのまま岩を凝視した。

岩から出たのは、四本の足。
尻尾。
そして、のんびりと出された顔。
黒い瞳は薄っすらと細められた。



「か、亀…?」



岩だと思っていたのは甲羅。
悟空が代表して驚きの声をあげる中、亀はそのまま、のそりのそりと動き出した。
短い首を伸ばして、ベッドの上を見たいかのよう。

その様子に、老婆は小さく微笑んだ。



「…やはり分かるかい、龍さん。アンタのお仲間だよ」



老婆は近くに薬を置いて、ベッドの横にあるハンドルを回す。
どうやら高さを調節できるらしく、回せばベッドはどんどん床へと近くなる。
腰を曲げる状態になっているために、老婆は辛そうだ。

ハンドルを回しきると、まるでベッドが布団のような高さまで降りていた。
亀はそのまま前足をそこに乗せて、の顔を覗き込む。
本当に、意思を持っているかのように。
黒い瞳に、銀色が映る。



「…仲間…って何の」



どう見たって動物と人間でしかないのに。
疑問の声が亀を見つめる悟浄から窺うようにあがる。



「決まってるじゃろ。『死神』のじゃよ」



当然、とばかりに老婆は言ってのける。
腰を痛めているために、それをとんとんと叩いて。

『死神』の言葉に驚く四人を他所に、白龍は八戒の肩から離れ、大きなその甲羅の上へと降り立った。
長い首を伸ばして、同じようにを覗き込む。
亀はその姿を見上げてしっかりと見つめ、目を細めた。



「龍さんは爬虫類の『死神』でな。の何百年も先輩じゃて」



老婆は床の上にゆっくりと腰を降ろした。
龍と呼ばれた亀と、を見ながら。

まるで愛しむかのような表情に、三蔵がようやく口を開いた。



「…ばーさん、アンタ一体何者だ」



紅の瞳は彼を見上げて。
ニヤリと笑う。
どこかイタズラを思いついたかのような顔。

『死神』を知り。
を知り。
あの少年と住み。
魔女と謳われた老婆。



「さてねぇ…それはこの子の治療が終わってからにしようかね」



老婆はそのまま、へと視線を戻した。
亀はゆっくりとその場をどける。
空気を読んだかのような行動。

しかしから離れないように、傍らに座り込んだ。
勿論、邪魔にならないところに。



「さ、飲ませるよ」


「…三蔵、大丈夫かなぁ、アレ…」


「知るか。俺に聞くな」



不安はつきない。
だが、今は信じるしかない。
あの気持ち悪そうな色の、ドロドロの液体を。

老婆は薬を取り、の口へと流し込んだ。
ほんの少しを。

だが。



「…げほっげほげほっ」


!」



意識はないというのに、すぐに吐き出した。
それだけ身体のダメージが酷いということだろうか。
それとも、美味しくないということだろうか。

顔は思い切り顰められていて。
いや、だけじゃない。

老婆もだ。



「ったく…ワシの作った薬が飲めないってのかい」


「飲みたくもねェよな…」



タオルで口元を急いで八戒が拭う。
悟空が同情するかのように遠くを見つめた。

老婆はそんな悟空を睨みつけながらも、をじっと見つめた。



「…この薬を無理やりにでも飲ませなくちゃ、この子は死んじまうよ」


「…っ」



静かなその声は、真実を物語るかのよう。
青白いままの肌。
全員が顔を顰める中、浅い息だけが空間を包んだ。

どうすれば、それが出来るのか。
薬を信用するしかない。
老婆を信頼するしかない。
この状況で、を救う手立ては決まっている。


悟浄が舌打ちを大きくして、床に思い切り座り込む。
そして老婆から薬の入ったコップを奪い取った。



「……クソッ!飲ませりゃあイイんだろ、飲ませりゃあ!!」


「悟浄!?」


「マズそうだから、これ交代だからな!!起きたら絶対おチビに酒でも奢らせてやる!!」



これしかない。
薬を無理やりに飲ませる方法。

三蔵が六道にやられたときのように。
それを助けてくれたあの観世音菩薩がやったように。
















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