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少年が戻ってきて数分。 食卓の上には美味しそうな匂いが立ち込めている。 それだけではない。 「これ、ウメー!!」 既に全員が手をつけていた。 悟空を筆頭に、飲むように食べていく。 というのも、あの薬の苦味から逃れたいということもあったからだ。 八戒や三蔵ですら、必死に食べている。 「やれやれ、お行儀悪いねぇ」 「でも皆、美味しそうに食べてくれて良かったね、おばあちゃん」 逆に老婆と少年はのんびりと、そして穏やかに口に入れていた。 嬉しそうに、にこにこと。 あの老婆も少年に絆されたかのように笑顔だ。 その向こうの部屋では高さを戻したベッドにが静かに眠っている。 白龍と亀が顔の傍に居座り、そのまま見守っていた。 「お姉ちゃんも、助かるんだね」 「ああ、もう息も脈もしっかりとしとる。二、三日すれば起きるじゃろ」 と同じ銀色の髪が光に揺れる。 笑顔も、まるでに会ったときのようなのよう。 本当に似ている少年を見ながら、悟空は御飯にガッついていた。 どうにかあの苦味が無くなってきた頃、少年はごちそうさまと席を立った。 食器を綺麗に片付けてから、の眠るベッドへと足を進めて。 その場に座っての顔を覗き込む。 近くにいる亀と白竜の頭を撫でながら。 「おばあちゃん、僕今日ここで寝ていいでしょ?」 「好きにしんさい。自分で床とるんだよ」 「うん!!」 笑顔のまま、の傍に座り込んだ。 まるで白竜と亀がそうしているように。 どこか不思議な光景だが、老婆は微笑ましく見守っている。 「…で、結局アンタ何者だ」 「おや、口が直ったかい」 四人のうち、ようやく三蔵の口が開いた。 一番濃い部分を飲んだであろうが、どうやら最初に味覚が戻ったらしい。 それだけ、お酒や何やらで見た目以上に頑張っていたからだが。 老婆はクツクツと喉の奥で笑って口を開いた。 「ワシは蓬希<ホウキ>。唯の薬師じゃよ。魔女ってのはそこらがそう騒いでるだけじゃ」 イタズラを考える子供のように紅の瞳を光らせる。 それに紫暗の瞳が窺うように睨みつける。 大した効果がない視線だが、八戒はようやく気力を取り戻して口を開いた。 「ええと、じゃああのお子さんは…」 「ああ、流音<ルオン>かい。ワシの孫じゃよ」 「じゃあ、蓬希さんと流音君二人でここに?」 「龍さん合わせて二人と一匹じゃよ。あの町のヤツらとは気が合わんでな、こうして外れにのんびり住んでるのさ」 のんびりとお茶を啜る老母、蓬希は食べ終わったらしい。 優しい眼で流音を見る姿はやはり祖母のもの。 しかしそれはにも注がれている。 何となく感じられる三人の関係。 八戒は確認のために再び口を開いた。 「…で、その、とはどういう…?知り合いのように思えましたが」 此方にを運んだときに、既に名前を知っていた。 しかも顔を見るなり「ようやく来た」とまで言ったのだ。 流音という少年もを知っていた。 あの町の人々が嫌う『死神』を受け入れて。 三蔵達を試すかのように覗き込んで。 と他人とは思えない。 全員の視線が集まる中、蓬希は肩を竦めてみせた。 「簡単に言えばワシはの祖母じゃな」 「…ハァァァァアアァァ!!?」 あっさりと何ともなさげに言いきった言葉に大声を出したのは悟空。 食べている最中に口が静止したのは悟浄。 三蔵はその声に耳を塞ぎ、八戒は苦笑を零した。 思ったとおりだと。 「あ、やっぱりそうだったんですか」 「え、何八戒気付いてたの!?」 「まぁ、空気で」 悟空が「気づいてたなら教えろ」やらギャイギャイ騒ぐ中、悟浄は口の中にあった食べ物をゴクリと飲み込んだ。 深紅の瞳はを覗き込んでいる流音が見える。 そっくりであり、また「姉ちゃん」と呼んでいるあたり恐らく。 「何、じゃああの流音ってのもおチビの弟か何かか?」 そうとしか思えない。 蓬希は苦笑を零しながら顔を縦に振った。 「異母兄弟ってやつさね。ま、は流音を知らないだろうし、ワシのことすら覚えていまいよ」 「異母?あんなに似ててか?」 「ああ、そうさね」 異母姉弟、ならば普通、あまり似ていないはずだ。 例えるならそう、悟浄のそれのように。 しかし、あの二人は瓜二つだ。 蓬希はまるで遠くを見るかのように、目を細める。 どこか哀愁を纏い、紅の瞳はその異母兄弟を見やった。 全く同じ顔のようで、どこか違うと流音。 本当に異母かと思うほど。 見た目は似ていて。 「…こう見ると、息子そっくりじゃよ。どっちもな」 銀色の髪も。 紫苑の瞳も。 悲しげに揺れる瞳は、過去を映す。 多々の事情が脳裏を過ぎる。 が祖母である蓬希のことを覚えていないのも。 義弟である流音を知らないのも。 父である人物がここにいないのも。 異母であることすら。 過去は全てを知る。 「…なぁ、ばーちゃん。『死神』って、一体何なんだよ?」 姉弟、の話からずっと気になっていた『死神』の話へと変わる。 真っ直ぐな金晴の瞳に蓬希が映る。 幼さの残った悟空は静かに老婆の様子を窺っていた。 銀色の髪に、しわくちゃな肌。 少し鋭い紅の瞳。 それは緩やかに弧を描いて。 「…そうくると、思っとったよ」 優しく微笑んだ。 他の三人も同じような眼差しで老婆を見る。 それに応えるように、蓬希は両手を前に合わせて目を瞑った。 思い返すように。 表現をよりよく出せるように。 ゆっくりと、口を開く。 「…『死神』を一言では表せんよ。ただ、は人間とも妖怪とも違う、だが同じ形をしたイキモノさね」 見た目は全く同じなのだから見分けはつかない。 だが、どこか違う。 では何が違うと尋ねられたときに、答えることは出来ない。 「ワシ達人間や妖怪とは違う。見た目じゃ分からん。…見た目、ではな。じゃから、感じるのみじゃよ…気付くにはな」 感じるのみ。 違和感を。 それは目が感じるものじゃない。 心が、感じるもの。 無意識に。 『自分たちと、同じではない』と。 「…気付くには見た目と感じること。ってことは気付く以外に何かあるってことか」 「おや、察しがいいねぇ」 三蔵が冷静に、ゆっくりと口を開く。 瞳はギラギラと輝いたまま、一語一句見逃さない。 その様子に、蓬希は小さく笑みを零してから、瞳を真剣なものに変えた。 「そう、ある瞬間に立ち会えば確実に分かる。感じるなど不安定な要素ではなく…確実に『違う』と」 その時に分かる。 人間でも、妖怪でもない。 ただ、見た目だけ同じ容をした『違う何か』だと。 それは一体どんな時か。 四つの視線が真剣に蓬希を見つめる。 彼女はそれに応えるように、ゆっくりと、確実に口を開いた。 「…満月が天を高く昇る瞬間、を見たことがあるかね?」 静かに、唱えるように。 問いかける。 口はそのまま、瞳は見透かしたように四人を見つめた。 紅の瞳はしっかりと全員の表情を捉えた。 「…そういえば…」 「そう聞かれると…なァ?」 思い返し、考えて。 そういえばないと判断した表情四つ。 蓬希はそれを分かっていたかのように頷いた。 「何だかんだでいなかったよな」 「そういえばこの前、どっか行って戻らなかった時なかったっけ?」 「…どういうことです?これに何か関係が?」 最初は拉致した夜。 トイレに行くと出たっきり戻ってこないことに焦り、探しに行った。 二回目は、いつの間にかいなくて朝に戻ってきた。 三回目は…清一色のときだったから良く分からない。 だが、全部、いなかった。 見たことすらない。 満月が、天に高く昇ったときに。 八戒が真剣に視線を向ける。 勿論、他の三人も。 蓬希の口は、笑みもせず、ただ紡いだ。 「…その瞬間こそ、『死神』だと分かる瞬間。そして一番、無防備になる瞬間さね。…『魂の解放』の、その瞬間が」 『魂の解放』 それこそが 『死神』だという証 |