温かい、と思った。

手に感じる、温もり。

頭に感じる、誰かの優しい手。

温かくて、温かくて。



泣きたくなった。




「………ん」



明るさが目蓋の上から分かる。
柔らかな感触が自分の下から感じる。
美味しそうな匂いがどこからか入ってくる。

は声をあげて、ゆっくりと目を開いた。
見慣れた天井と、電灯が見える。
柔らかな感触は布団だ。


(……なんで、俺家に帰ってきてるんだろ)


ぼんやりとした頭で考える。
もしかしたら夢かもしれない。
自分の家であるのに、こんなにも温かく感じているし、美味しそうな匂いはするし。



「おか…あさん」



現実では会えない、母を呼んでみる。
しかし、母は顔を出さない。
己の手を引っ掻いてみれば、痛みと共に赤い線が出来る。


(夢…じゃない?)


だとしたら、家族がいるわけがない。
部屋もこんなに、明るいわけがない。


(…一体何がどうなってる?)


意識がなくなる前の記憶を辿る。
確かさっきまで自分は学校の裏庭にいたはずだ。
子猫がいて、誰かが自分の名前を呼んだ気がする。



「にゃあ」



猫の鳴き声。
はまだぼんやりする頭をフル回転させて身体をすぐに起こした。
辺りをすぐに見渡す。
すると、自分の眠っていたすぐ隣に、あの子猫がいた。



「………っお前……っ!!」



何故、どうやって俺の家に。
頭が混乱する中。子猫はそんなを露知らずとばかりに擦り寄ってくる。
避けようにも、身体は全く動かず。

触ることを許してしまった。




手に、柔らかい、温かいものが触れる。

この子猫の運命は。


決まった。



「…………バカ、やろう」



生きることを望んでいるくせに。
自ら死の道を選んでしまうなんて。

ペロペロとの指を舐める子猫。
の絶望的な表情とは逆に甘えている。



「お、起きたか」



1つの言葉。
台所から現れた人物。

それに子猫は心なしか嬉しそうに顔をあげて鳴き声をあげ。


逆にの表情はまるで、死んでしまうかのようにざっと青冷めた。




現れたのはエプロン姿の、担任。
右手にはおたま。
意外と似合っている、ということは今は置いておく。



「具合はどうだ?



柔らかい笑顔で近寄ってくる、担任の一目蓮。
はもはや、動くことは出来なかった。


今日一日で、子猫と、担任の運命を決めてしまった。


(………あぁ、また俺は…………)


絶望と同時に、感情は冷めていくばかり。
まるで他人事のように済ませてしまっている自分が心の中にいる。
紅の瞳は、もはや感情を映し出してはいなかった。



「裏庭でお前が倒れててさ、そのままではダメだろうからここまで送ったんだ。その子猫はお前にひっついて離れないから一緒に連れてきたよ」



の座っている目の前に、蓮がしゃがんで顔を覗きこむ。
倒れる前の青い顔はしていない。
だが、目はまるで氷のように表情を閉ざしている。
蓮はそれを見て見ぬふりをすることにした。



「とりあえず、御飯作ったけど食べるか?」



勿論子猫にもあるぞ、と微笑むと、子猫は嬉しそうに鳴き声をあげた。
現金な子猫に蓮は苦笑を漏らす。
同時に、は無表情ですっくと立ち上がった。



「お、食べれるか



行動の早さに蓮は驚きながらも笑顔で対応する。
が、の紅の瞳は冷めたまま。
担任であろう彼を冷たい視線で見下ろした。



「その子猫を持ってさっさとお帰りください」



自分に擦り寄っていた子猫を、ポイとまるでモノのように担任に投げつける。
蓮は持ち前の運動神経でとんできた子猫を受け取った。
いきなりの行動に、顔を顰めずにはいられない。



「なんだよ。担任にそういう態度なわけ?」


「俺にとっては担任だろうと猫だろうと、モノと一緒なんですよ。…お帰りください。そして、さっさと死んでしまえばいい」



凍てつくような言葉、声、そして視線。
それは本当に思っていることではない、と分かっていながらもその表情はあまりにも迫力があった。



「…いくらなんでも、そんな言い方はないんじゃないか?」



蓮は内心、ムッとしながら言葉に若干棘を含ませる。
庭に倒れたところを介抱し、家まで送ってきた人間に死んでしまえばいい、だ。
多少の心配もした自分に返ってきたのがこのような仕打ちだとは、やはり怒りが沸く。
しかし、はその棘を含む言葉に何の反応も示さず、さっさと玄関へと歩いてドアを開けた。



「貴方が出て行かないというのなら、俺が出て行きます。この家も勝手に使うといい。貴方が死んだ頃に、戻ってくればいいだけの話だ」



淡々と告げる。
本当に感情など失ってしまったかのように。



数十秒の沈黙が流れる。

一目蓮はその場を動かなかった。
子猫すらも動きもせず、鳴くこともしなかった。

担任と子猫はここを出て行くつもりはなさそうだ。



「……そうですか。では」



はドアを開けたまま靴を履き、外の世界へと一歩踏み出した。
湿った風が銀色の髪を静かに揺らす。
そしての顔が歪んだ瞬間。


ドアは閉ざされた。











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