「…なんですって?」



曽根アンナは顔を顰めて、携帯電話の相手に聞き返した。
昼休みになり、アンナは教職員に探りを入れようと先生方と一緒に御飯を食べていたところだった。
そこにいきなりの着信。
ディスプレイには一目蓮の名前。
先生方に断りを入れて、電話に出た途端だった。



『だから言ってるだろ?が倒れたから、家まで送って介護してやるって』



携帯電話の向こうから発せられたその衝撃的な言葉。
いきなりの展開に、アンナは眩暈を覚えた。



「ちょ、アンタ。いくらなんでも展開早いんじゃないの?」


『いい機会だろ。これで堂々と関わりが持てるってもんだし。ということで早退ってこと伝えておいてくれよ』



確かにいい機会ではある。
アンナは未だ納得出来ずにいるが、こうなってしまってはしょうがない。
流れに身を任せるだけだ。
頭を抱えつつ、アンナが思いついたのは忠告1つ。



「…襲うんじゃないよ」


『何の話だよ』



即行蓮に突っ込まれたが、これはしょうがない話。
あと一言二言話した後、アンナは携帯電話を切った。
フゥ、と小さく溜息を漏らして、すぐに先生方に一目蓮早退を告げたのだった。






「…ったく何の心配だよ」



携帯電話を切りつつ、一目蓮は顔を顰めながら呟いた。
薄暗い裏庭に座りながら、ちらりと隣を見やる。
未だ青い顔をして横になっているの柔らかそうな銀髪が風にさらりと揺れる。
そしてそのに寄り添うように頬擦りをしている子猫が一匹。
何故だかは分からないが、どうやらこの子猫がの失神の理由らしい。



「何やったんだよ、お前は」



子猫に語りかける。
が、子猫は何も知らずにに頬擦りをして「にゃあ」と鳴き声をあげるだけだ。
しょうがない、と蓮からは苦笑が漏れる。



『………おねが………来るな………しな、ないで……』



倒れる直前に呟いていた言葉。
恐怖と苦しみ、悲しみに満ちた表情。


(来るな…死なないで、か)


自分に関わることで、多くの人間が死んでいく。
好意を持つ人間も、嫌悪を持つ人間も、何も知らぬ動物も。
よく考えてみれば、それは。



「………辛い、よな」



さらり、と頭を撫でてやる。
ビクリと身体は条件反射的に動いた。
まるで拒否をするかのように、恐怖を思い出したかのように身体を縮める。
しかし何度も撫でていると、表情は穏やかになっていく。

柔らかい銀の髪と、温かい体温。
白い肌と、子猫が寄り添っているか細い指。



「…ん?」



ちらりと手首が目に入る。
長袖のYシャツから覗く瞳と同じ赤いリストバンド。
そこから白い手首と赤い線が見えた。
蓮は顔を顰めて、リストバンドをそっと取ってみる。

白い手首には無数の傷跡。
いわゆる、リストカットの跡。



「……自殺、試みたのか」



何回、という回数ではない。
この傷からみて何十回はあるだろう。
顔を歪めたまま、蓮はそっとリストバンドを戻した。
そして、ゆっくりと立ち上がる。



「…そろそろ送ってくか」



一応、車を持っていることになっている。
それでアパートまで送っていけばいいだろう。
さすがにおぶって歩いていくわけにはいかない(先生と生徒、というのもあるが、きっと人の目がいつも以上に痛いだろう)。
を抱え上げようと両手を彼女の身体を支えたときだった。



「………………離れたくないのか」



にぴったりとくっついて離れない子猫。
つぶらで大きな瞳はキラキラと輝いて、蓮をじっと見つめている。
まるで、と一緒に連れて行け、と言ってるように。



「……まぁ、いいか。どっちにしろ、俺たちは関わっちゃったんだから」



少なからず、関わってしまった。
もう後戻りは出来まい。
ならば、いけるところまでいくしかない。



「…ところでアパートはペット大丈夫なのか?」



その疑問に答える人はおらず。
ただ子猫はにゃあ、と鳴くだけであった。










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