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マタ命ヲ奪ッテシマウンダ その言葉が頭の中を占めて、顔が歪んだ瞬間。 は外の世界からまたアパートの部屋のもとへと戻されていた。 視界には先程灰色の世界を映し出したはずの、ドア。 そしてドアノブにある男の、大きな、しかし綺麗な手。 誰の、とは愚問だ。 「……何のつもりですか、センセイ」 手の持ち主へと、言葉を投げかける。 が、絶対に振り向きはしない。 振り向いたところで、何があるというのだろう。 自分がもっと、傷つくだけだ。 「何のつもり、はこっちの台詞だ」 いつも、どうでもよさそうな、軽い声をあげていた担任。 音程は変わらない。 雰囲気も変わらない。 しかし、それでも怒気が含まれているのが分かる。 威圧感。 それが直に後ろから感じられるのだから。 「ったく。朝から他の奴等にあーだこーだ口出しされた上に、問題児が問題児だ。ああ、臨時とはいえ担任ってのは面倒だなぁ」 呆れと同時に溜息。 背中に感じるそれを他人事として受け止めているの瞳は遠くを見つめている。 蓮は、の顔を見ていないが、それを雰囲気で感じとっていた。 「おい」 「……」 「人が勝手に死んでるだけなのに、なんでお前が傷つくんだよ」 人が勝手に死んでいる。 その言葉にはドアを見つめながら思い切り顔を顰めた。 担任は一体他の人たちからの、何を聞いていたのだろうか。 あんなに顔を青くさせて忠告をするクラスメートや他の教員の、何の話を聞いていたのだろうか。 心に怒りがふつふつと沸いてくるのを感じながら、我慢するかのようにはグッと拳を握った。 「たまたまお前に関わった奴等が怪我しちゃったとか死んじゃったとか、そんな偶然を噂話にしたのを本気に取るなよ」 「……ハッ。偶然、ね」 担任の偽善的な言葉に笑いすら漏れる。 勿論、笑いといっても嘲笑う方だ。 『偶然』という言葉で括れたらどれだけ楽なのだろう。 偶然、自分に関わった人全員が。 偶然次々と事件に巻き込まれて。 偶然大怪我して。 偶然死んでしまった。 それだけで、終われたら。 ただの『噂話」で終われたら。 「…どんだけ、幸せなんだろうな」 「ん?」 担任の聞き返しを無視し、自然と、自分の足元に視線が移る。 少し古いスニーカーは泥にまみれて、玄関のタイルが少しはげているのが目に入る。 そして、自分の醜い影、さえも。 (…俺は知っている……俺の……『背景』を…) だからこそ逃れられない。 どれだけ死や、自由を求めたところで。 『奴等』と罪は、消えることはない。 そして今日また、罪が二つ、増えることも事実。 「偶然だと思っているのなら、それでもいいだろうよ。…どちらにしろ、貴方は死ぬ。俺に深く関わりすぎた」 感情のない声で、淡々と死を告げる。 話をするだけでも『関わり』。 もはやこの担任はそれだけでは済まない領域にまで踏み込んできている。 その、子猫と共に。 表情が見えないの後ろで、蓮は片手を顎へとやり、考え始めていた。 の今の言葉を。 もはや蓮と子猫は死ぬことは確実だという。 なら、何故彼女は自分達を遠避けようとしているのか。 答えは簡単だ。 人に、よくある思考なのだから。 「…成る程。それでお前は俺と、この猫をどうにか他人だと思おうとして尖ってるわけか。ただの他人でさえ辛いのに、自分の領域に入れてしまったら、もっと自分が傷つくから」 「っ!!」 確信をつく。 は体と心を強張らせた。 そう、全ては自分のためだ。 他人でさえ辛いのに、自分に近い者が死んでしまえばもっと深く傷つくことは、今までの経験からして明白の事実。 だったらせめて。 『死』が決まった人を『他人』にしてしまえばいい。 自分から遠ざけることで、自分を守れる。 そのためだけに、冷たい言葉を吐いた。 が黙り込む。 それは真実だと物語っているようなものだ。 蓮はやはり、と理解し、再び口を開いた。 「だったら俺は益々、お前と関わらなくちゃな」 担任の口から零れたのは、驚くべき言葉。 の目はそれに反応して大きく見開いて、勢いよく後ろを振り返った。 しっかりと担任の片目と目が合う。 彼は、優しく微笑んでいた。 「俺が関わることで、お前が苦しむ。それが、俺が死んだことに対しての罪滅ぼしってやつだろ」 軽く、言ってのける蓮。 しかし、その一言はにとって衝撃にしか取れなかった。 彼は死を覚悟してに関わっている。 が罪悪感を持っていることを見抜いている。 彼は、背負っていけと言う。 それが、にとっての罪滅ぼしだと。 その全てがその一言に含まれていることに、気付いてしまった。 (……そん、な…) 全くもって理解できない担任の思考。 よくありがちな偽善的な言葉ではあるのに、何故か頭から離れないでいる。 でも、自分の死を覚悟して、しかもそれを嘆くことが罪滅ぼしなどと言われることは初めてで。 は戸惑いと困惑で、何がどうなっているか分からないでいた。 「この猫も、そうだってよ」 ひょい、と子猫を未だ呆然としているの目の前に差し出す。 子猫は頷くかのように「にゃあん」と一声鳴いて、の服にしがみついた。 必然的に、抱いてやる形になってしまう。 蓮はそれに満足したらしく、満面の笑みで「さ、御飯だ」との手を引いて台所へと導き出した。 混乱する頭の中で確かな答えは2つ。 もう、戻れない。 二つの生が消えること。 そしてもう、『他人』ではなくなってしまったこと。 |