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苦しみぬくことが、罪滅ぼし。 それだけで終わればいい。 それだけ、で。 ピリリリリ…と無機質な電子音が鳴る。 携帯、電話だ。 担任と子猫を追い返してから数時間が経つ。 明るかった部屋はまるで、廃屋のように真っ暗な空間となっている。 無表情のまま、は部屋の片隅で鳴っているそれを手に取った。 「…何」 『また、自分に傷をつけているのかね、君は』 灰色の、面白みのないその携帯電話から聞こえた声は、低い男の声。 笑みを含んだようなその声に吐き気を覚える。 テーブルの上にはカッター。 刃先には血がつき、床には数滴血液が滴り落ちている。 の左腕には古い刃物で傷つけられた傷から…今まさに血を流している傷があった。 『まぁ、死ぬ程度ではないようだから、私共としては構わないのだがね』 クツクツと電話の向こうで喉を鳴らして笑う男。 生気の戻らない紅の瞳は、そこらに隠されている監視カメラをただ無表情に睨みつけた。 「…死のうとしたって死なせてくれない上に、俺を助けた関係者をまた、お前らは殺すんだろ」 『ククッ…良く分かっているじゃないか。死者を増やしたくなければ、死のうとも思わないことだ』 君は何度死のうとして、何度人を殺したのだろうね。 そう嘲笑う男。 手から滴り落ちる血液が、ポタリポタリと床に赤い湖を作っていく。 もはや怒りも覚えない。 自分に対する憎しみが増すだけだ。 早く電話を切ってしまいたい。 そう思いながら、部屋に備え付けてある監視カメラの一つをただ見つめる。 「……それだけを言いに?」 『あぁ、勿論それだけではない。報告があるのだよ』 報告。 その単語に、の手に力が入る。 体に寒気が走り、頭がまたグラグラと歪みだす。 表情は無意識に強張ってしまう。 の様子を見て、男は一通り大声で笑った。 そして、その口から残酷な事実を紡ぎだした。 『君に接触してきた臨時担任の一目蓮と、あの子猫だがね。一目蓮の脇見運転とスピードの出しすぎが災いして川に転落。今先程、彼と一匹は息を引き取ったよ』 ゴトっ。 の右手から携帯電話が滑り落ちた。 それと競うようにの体も崩れ落ちる。 (…………………センセイ……あの子も………死ん、だ………………) 心も体も冷えていく。 頭の中に、蓮の笑顔と、子猫の姿が映る。 分かっていたことだ。 彼らから逃げられないということは。 携帯から聞こえる大きな笑い声。 真っ暗な空間に響き渡るそれは、終わることなき苦しみ。 過去から紡がれてきた、束縛。 『苦しみ続けることが、俺への罪の償い』 その言葉で救われたのに。 でもやっぱり。 そんなことだけでは償いきれない。 それ以上に。 (………もう、会えない…………) 笑顔を向けてくれたセンセイにも。 懐いてくれたあの子にも。 光を、またしても自分が消した。 『残念だったなぁ、また関わってくれた人たちを、お前は消してしまったんだ…アハハハハハっ』 センセイ。 『っ!!』 あの猫も。 『、今日は父さんと一緒に買い物に行くぞ!』 『〜、ちょっとお母さんを手伝って!』 『姉貴、もうちょっと女らしくしろよな』 『元気出しなよ!そんな日もあるってば』 『、成績ちょっと落ちたんじゃないか?』 家族も友人も親戚も先生方も地域の人々も知人も知らない人も動物も生あるもの全てを。 俺、が。 「うわぁあああああああああアアアアアアアアアアあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁっ!!!!!!!!」 体に、無意識に傷が増えていく。 血が、部屋中に溢れる。 『ハハハハハ苦しめばいい!どうせお前は死ねない!!!私達がいる限りお前は殺人人形として一生生きていくんだよ…アハハハハハハハハハハハハっ!!!!!』 下品な笑い声と共に叫び声が響く。 真っ暗な世界に、の瞳と同じ色の液体が降り注ぐ。 目からは涙が溢れることはない。 表情も、変わらない。 それでも。 叫びは、止まることを知らなかった。 |