その綺麗な声に誘われるかのように意識をそちらへと動かせば。
湖のほとりに一人の少女と、老いた男性が立っているのが見えた。


少女は綺麗な、長い黒髪を風で揺らし。
黒が印象的なセーラー服をも揺らす。
瞳はと同じ、紅。
整った顔立ちに、美少女、としか言い様がない。

一方、老いた男性は優しそうな顔をしている。
見た目は一昔前の…そう、大正の頃のような格好。
和服姿に、洋風の帽子。
そして風に靡く、赤いマフラーが印象的だ。



「お嬢。輪入道」



一目蓮が声をあげる。
曽根アンナも、蓮同様に微笑んで彼らを見つめている。


(……彼女が…『地獄少女』……)


本能で分かる。
あの少女こそが『地獄少女』だと。
そしてもう一人が彼女に仕えている一人だということも、何となく理解できた。

彼女達が近づいてくる。
と、同時に、達も歩みを進めていた。
まるで誘われているかのように。



「…………貴女は」


「私は閻魔あい」



の声は地獄少女の声にかき消された。
少女は淡々と、無表情のまま己の名前を告げる。
は少しばかり目を瞬かせた後、ふわりと笑ってみせた。



「…あい、だね?そう呼んでもいいかな」



そう言葉を口にすれば、今度は地獄少女が目を細めた。
何故だろうと周りを見渡せば、一目蓮達は彼女とは違い、目を見開いている。



「…ごめん、俺何か変なこと言った?」


「…あぁ、いや。お嬢が名前で呼ばれることってのが、ほとんどなくてなぁ。ちぃと驚いちまったんだよ」



の問いに、輪入道と呼ばれていた男性が返す。
思っていたとおり、優しい声の持ち主だ。
の横では「いつもは地獄少女、と言われるだけだものねぇ」と曽根アンナが補足している。



「あ、じゃあ、地獄少女って呼んだ方がいいのか?」


「…どちらでも構わない。貴女の好きな方で呼べばいい」



やはり淡々と答える地獄少女。
は「そうか…じゃあ、あい」と名前で呼ぶことに決めた。



「…改めて。俺は、です。あい、貴女に会えて本当に嬉しいよ」



何度も求めた。
何度も焦がれた存在が目の前にある。

自然と笑みがこぼれる。



「じゃあ俺も改めまして。地獄少女の遣い、一目蓮だ」



一目蓮が名乗りをあげる。
それでは、と曽根アンナも隣から顔を覗かせた。



「アタシは骨女。曽根アンナは仮の名前だよ」



フと、骨女の姿が変わる。
赤いスーツを身に纏っていた彼女は、いつの間にか着物の姿に変わっていた。
着物、といっても少し着崩れしていて、どこか色気を漂わせている。
いきなりの変わり様には目を瞬かせ、何度も骨女を観察した。



「…凄い。骨、女さん」


「さん付けなんておよしよ。普通に骨女だけでいいさ」


「あ、俺も一目蓮だけでいいから」



何時の間にやら、は二人に挟まれる状態になっていた。
右には骨女。
左には一目蓮。


(…これが両手に花ってやつなんだろうな)


見当違いな言葉がの頭をよぎった。
フと視線を前に合わせると、輪入道がフワリと微笑んだのが見えた。



「あぁ、俺は初めましてだなぁ。俺は輪入道ってもんさ。宜しくな、お嬢ちゃん」



目の前では優しく微笑む老いた男性。
優しい声と優しい言葉。
普通なら癒されて微笑むところだが。


(お、お嬢ちゃん……)


だが、は違うところで反応していた。
このかた生きてきて、『お嬢ちゃん』と女の子扱いされたことがあっただろうか。
否、ない。

それが不慣れなせいもあり、なんだか恥ずかしい。
は照れて、赤くなる顔をおさえながら「よ、宜しくお願いします」と呟いた。



「おや、この子ったら照れてるよ」


「っ!骨女さんっ!」


「あ、本当だ。赤くなってる。何、ってこういうのが好みなわけ?」


「ち、違っ」


「こういうのたぁ、失礼だな。いやぁでも嬉しいもんだなぁ、照れられる、というのも」


「いや、あの、お、俺、『お嬢ちゃん』って女の子扱いされたのが初めてで、その!」



あらぬ誤解を招き、話は脱線していく。
がどうにか誤解を解こうと必死になっている傍ら、三人は話を盛り上げていく。
勿論、からかっているだけの話なのだが。



「一目蓮、骨女、輪入道」



話の途中で聞こえた綺麗な声。
それに反応した四人は、ピタリと会話をやめる。



「いい加減にしなさい」



声の主は、勿論、閻魔あい。
皆が彼女に視線を向ける。
特に怒っている様子でもないが、何やら逆らってはいけない空気を出している。
三人の彼女の遣いは「はぁい、お嬢」と大人しく引き下がった。


スイ、とあいの紅の瞳との紅の瞳が交わる。
お互いの瞳にお互いを映す。



「…これからのことを話すわ」



の瞳が、真剣味を帯びた。